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終結

すみません

誤爆しました……

 その一瞬の戦闘は見る者――いや、見えざる者の全てを混乱へと導いた。

 なぜ、壱が倒れ、焼け焦げているのか。

 なぜ裸なのか。

「ってきゃあー壱さん裸見えてる!」

 空気の読めない発言をした綾風文は愛利の魔術により、昏倒。当然の報いである。

 空気読もうぜ。俺もまだ完全には読めてないけどさ、と海田京は気絶から目を覚ませて思う。

「壱がやられて――あいつが勝ったって事か……?」

 壱が勝てないんじゃ、悔しいが自分が勝てるはずが無い。

 海田達は、見えない暗闇に襲われているような今までにない感覚に戸惑いを感じた。


◆◆◆◆◆◆◆


「ふん。馬鹿な奴だ……。自分を犠牲にしてまで救おうとするとはな」

 視界の中心に居る時雨を見る。壱は戸惑い、それでも身体が動く。

「あ? お前、なんで立てんだよ? 普通死ぬだろ? いや、何で立つんだよ。もうお前は戦えねえよ。それくらいわかんだろ!」

 時雨の苛立った声。

 呆然としていたクレアが壱に駆け寄る。

 そして、壱の傷ついた身体を癒すかのように抱きついた。

「え……?」

 壱は一歩、二歩、退り下に居るクレアを見る。

 身体の感覚など、当の昔になくなっている。それなのに、この抱擁で痛みが和らぐかのような錯覚が起こった。

 まだ戦えると、そう強く思える。

「そう、ですよ! 壱さん! 何で立つんですか!?」

 泣きそうな顔でクレアは叫ぶ。

(何で……?)

 何で、ってソレは、クレアを護りたいから。

「何で、負けるに決まってるのに! 私のことはもう、いいんです!」

 負けるに決まっている、確かにそうだ。

 負ける戦をして、手放す事がもう決まっているのに渡したくなくて戦っていた。

 もう、時雨との戦いは一ナノ秒すら持たないだろう。

(正に一瞬で俺は殺される……)

 それでクレアが泣くなら、自分のした事はなんだったのだろう?


 偽善? 自己満足?


 精神的にクレアの心をズタズタにしているだけではないのか。

「お願い、します……。私を、笑顔で送ってください。ボロボロの壱さん何て見たくないんです……」

 鈍い壱にはコレくらい言わなければ伝わらないと思ったのか、大事に――本当に大切なものを全ての悪意から護るようにクレアは壱を抱き締める。水を吸うスポンジのような柔らかい声音が、涙が溢れるのを我慢している声が壱の耳朶を叩く。

 壱はさっきまではこの行動が正義だと――正解だと信じて疑わなかった。

 綺麗な自己犠牲。

 自分よりも他人を優先するヒーローのような、行為。

 けれど。


 ヒーローとは敵よりも強い事が確定している人間のことを指すのではないのか?


 弱い人間が警察官の制止を振り切って、大事な人を銀行強盗から助けに行けば、無残に殺され、状況の悪化を招き、そして何よりも大事な人が涙で濡れる筈だ。

 ソレは懸命な判断でも勇敢な行動とも言えない。

「俺は……」

 絶対に勝てる、何て都合のいい事は言えない。信じてくれとも。

 一発逆転の秘策も無い。

 あるのは、引いてクレアを笑顔で引き渡す事だけ。

 そして、クレアに「ありがとう。頑張れよ」とでも言えば完璧だろう。

 意識が遠のけばいい、壱は自分の拳を潰すように握り締める。

 さっきまでは、意識を保つのが、意識を手繰り寄せるのに命だって賭けていたのに。

 クレアは何かを期待するように、顔を焼き爛れた身体に引っ付ける。

「汚いから、どけよ……」

「嫌です。私を送り出すまでは……」

 目頭が勝手に熱くなり、クレアを手放したくなくて、腕をゆっくりと持ち上げる。

 二十センチもしない内に、手が止まった。

 油の差していないカラクリ人形のように動かない。

 もう、護る事を挑戦することすら出来ないのだ。

 涙腺から、涙が膨れ上がる。

 それでも、壱は涙を流さなかった。

 一番傷つき、この先の未来が闇へと確定している少女が涙を流していないのだから。

「ゴメン……俺は、まだ、アイツに勝てねえから」

 壱は、懸命に笑ってみせる。

 感覚が戻りつつある身体が悲鳴を上げるが、それでも、笑う。

「だから――」

「うん。分かった」

 クレアは壱の身体から遠のく。

「私は大丈夫ですから。頑丈だから――だから、いつでもいいです」

 クレアは他人を気遣う笑みを浮かべて、壱から去っていく。

 ただ、壱は己の無力を呪う。

 中途半端な力を身につけて、護りたい少女の一人も護れずに去って行くしか出来ない自分を呪う。

 激痛が瞼を刺激し、開ける事も叶わなくなる。

 クレアの綺麗な金髪が、残像として瞼の裏に焼き付く。

 膝が笑い、立っていることすら困難になるがクレアが部屋から出るまでは崩れ落ちたくなかった。

 クレアの心配する顔はもう見たくない。

「壱さんは大丈夫ですよね?」

「ええ。私たち『魔術師』たちを治すための病院へ運ぶから」

 こんな時にまで、人の心配をするクレアに壱は声を荒げそうになる。

 やがて、ドアの開閉する音が聞こえた。

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