海田京と倉敷壱
海田京とその仲間達が帰った後、三人から聞いた情報によると、海田京とは頭はまあまあ良く、イケメン、鈍感、運動神経と魔術は抜群によく、魔術などは魔力を天使のネットワークに組み合わせて強化することもできるハーレム系チート主人公らしい。
「魔力を注入出来るって七大魔術師並みじゃねえの?」
壱は消しゴムを弄りながらそう呟く。
基礎魔術を全て会得し、自己魔術を極めたとされる魔術師達の総称が七大魔術師だ。
「だいだいさあ……世の中おかしいよ。顔の基準値なんて誰がどうやって決めてんだっつーの。そもそも運動神経がいいとか魔術が出来るとかでモテる時代なんて小学校だけだろーが……いやできるに越したことはないけれども」
うだうだ。うじうじ。
世の中の不条理を感じる壱は煤けていた。
「まあ頭おかしいくらいに図抜けてるししょうがないんじゃない?」
と宥めるように綾瀬が言う。
遊星はうんうんわかるわかると涙ながらに頷く。
「人間やっぱり内面だよな!」
「ならアンタは最底辺の人間になるけど?」
ジト目で遊星を睨むクリス。
「やーすみませんでした! あの時は猛烈な笑いの衝動が……!」
壱は机にだらしなくへばり付きながらポケットからケータイを取り出し時刻を見る。
「もう五時か……帰ろうぜ? 勉強は後でやっとくよ」
綾瀬は少し胡散臭そうな顔で壱を見た。
「やるとは思えないけど?」
「基本的な所は勉強するって」
そう言って立ち上がり、腹の調子が良すぎることを再確認させられた壱は三人に言う。
「あートイレ行ってくるから先帰ってて」
★★★★★★★
海田京とその取り巻き達はSクラスの担任であり理事長である沙耶と廊下で出会った。
「あれ? 何ですかその紙?」
京は沙耶が手に持っていた紙を指差し尋ねる。
沙耶がにんまり笑うのを見逃さなかった京は逃げようとしたが、捕まった。
「あーその紙については何も言わないし見ないし触らない! この前は沙耶先生の裸だったし! どんだけコイツらにやられたか――!」
京はその時のことについて思い出す。
あの時は酷かった。
ボコボコなんてモノじゃなかった。
並みの人間なら死んでたね間違いなく。
写真? もちろんあいつらに燃やされた。
そんなことを回想し終えた京に沙耶は悪魔のような含み笑いをし、
「いやあれ合成写真だから」
「え?」
京の表情が固まった。
「で。この紙は大会の対戦相手が書いてあるの」
沙耶はひらひらと薄っぺらい紙を振りながら笑みを浮かべる。
大会に海田京は出る。
というのも海田京は可哀想なことにこの担任と綾風達に大会の申し込みを勝手に出されたのだ。
「どうする?」
ようやく混乱を終えた京は小悪魔のような笑みを浮かべる沙耶に怒るタイミングを見失う。
「俺に教えようってんですかそれ?」
「まあそうね」
「嫌すっすよ」
と京は首を振る。
「何でですの? 訊いておけばいいじゃありませんか」
キセヤ・フラットが不思議そうに訊く。
京はそれに答える。
「俺だけが知るなんてフェアじゃないだろ? 皆この時の為に頑張ってるんだしよ」
京はそう言いキセヤ・フラットの頭を撫でた。
顔を赤く染めるキセヤ。
「まあ、そうですね」
京は顔を赤くするキセヤに疑問を感じ、言及する。
「どうしたんだよ一体?」
キセヤと綾風ははあ、とため息を吐き、
「毎度ながら無自覚すぎて……」
「もう怒る気も失せてきましたわ……」
「ま、それでも二回戦で当たる子の名前はどう足掻いたって教えるけどね」
沙耶は悪魔のように微笑む。
「もしかして生徒会長?」
「うんにゃ。この時期に転校してきた子」
京は首を傾げる。
「誰か転校してきたのか?」
「「転校してきたでしょ」」
呆れたようにため息をつくキセヤと綾風。
「ふーん。で、相手はソイツな訳か」
「そ。名前は倉敷壱。もしかすると君以上の逸材だから遠慮は無しでいいわ」
沙耶の言葉にキセヤと綾風は目を丸くして驚く。
「は? 京以上の逸材?」
「あり得ないでしょうそれは」
「お前ら言い過ぎ。けどそれなら全力を出していいってことですよね?」
★★★★★★★
沙耶の下に次に来たのは倉敷壱だった。
但し、次は廊下ではなく階段で。
そしてこと正確に言うならば耳に来たのは壱の歌声だ。
「たらったたらったっーちゃらちゃららー走れーこの高速で~定こーくまで四時間~」
音痴爆発な歌に笑いそうになりながらも階段を下りてきた壱に手を上げて挨拶する。
「こんな時間まで残ってたの?」
壱は少し気まずそうに顔を伏せ、そして次の瞬間ふと思い出したように顔を上げて言う。
「あ、そういや勝手にエントリーさせて……!」
「まあまあ。そういえば勉強はどうだった?」
「訳わかんなかった。あれは無理です」
「でしょうね。偏差値三十七とか言ってたし」
「でもあげてくれるんですよね?」
「まあ留年にはしないけど。そこら辺は理事長である私に任せなさい」
「よかったあ……勉強はするけど一年で縮めれる量じゃないですねアレ」
「ま、そんな高待遇を反故にされたくなければ出なさいって所ね」
そう言って手に持っていた紙を渡す沙耶。
「ふざけないで下さいよ……反故にされたら留年大決定になりますって……」
壱はそう文句を言ってその紙に目を通す。
「一回戦は対戦者無しか……ってこれ対戦表っすか?」
「まあそうよ」
「ふーん。って海田京が二回戦の相手かよ!」
「ま、頑張ってね」
やっぱり壱の方が可愛げがあるわねーと沙耶は思う。
「はあ……明日はフレアと対決だし海田ともかよ……」
壱はそう言ってから、フレアにギブアップして負けるから大会自体出れないんだけど、と心の中で付け加える。
流石に大会に出ないからって約束を破り、留年決定ということはないだろう。
思考が途切れ、不意に思い出した。
あの銀行強盗のことを――。
まるで疑問にずっと布を被せられていたかのようだ。
「あ、そういえば銀行強盗って何で俺のことを狙ったんだろ?」
「へ? ぎ、銀行強盗?」
沙耶の形の良い眉は一瞬、それも壱が気づかないくらいに少しだけぴくりと動く。筋肉が硬直した。
「そうそう。何で俺のこと狙ったんだと思う?」
沙耶はおどけたように笑いながら言う。
「さあ? 私はそのお陰で壱を発掘できたんだから感謝だけどねー」
大きな胸を顔面に当てるようにして壱の頭を持ち、引き寄せて抱き締める。
壱は苦しそうに胸に顔を埋めたまま、左右へぐいぐい動かす。
「ふぉい(おい)! うぃきがうぇきらい(息が出来ない)」
「ちょっ!? そんなに動かないで!」
予想外にアクティブな動きをする壱に沙耶は驚き声を上げた。
声が胸に当たり、何か変な感じがする。
「ましてうぃきがあ……」
更に上下に動き、ようやく息をする権利を得た壱は大きく息を吸う。
「死ぬかと思った……」
と、真上を見てみれば何故か沙耶は顔をほんのり赤らめていた。
「どうかした?」
沙耶は壱を絶妙な力加減で突き飛ばし、唾を飛ばす勢いで言う。
「私、男性経験皆無なのにー!! 初めて――」
何か言いたげだった言葉を呑み込むようにして沙耶は更に言った。
「わあああん!! 壱君の、壱君の馬鹿ああああああ!!」
暴言を吐きながら自称永遠の十七歳――実質二十代の可哀想な女性はそのまま駆け去って行った。
「俺、何かしたっけ? つか銀行強盗の話は?」