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壱とクレアの想い

 闘技場へ足を踏み入れた瞬間、後ろの扉が完全に閉まった音を聞いた。

 真横で心底心配そうにしているクレアを見て壱は言う。

「クレアを離してくれねえかな。怪我するかもしれない」

「お前が全力を出せない方が俺には都合がいいから無しだ」

 余りにも当たり前な返答に一瞬言葉が詰まる。

 しかし、断られることも考えていたので特に駄々はこねない。

 壱は余波から身を護るための粒子を必要最低限クレアに与える。

 一万もの粒子は流されるようにクレアの身体の周辺に浮いた。

 直後。

 陣の拳が壱の顔面ギリギリに迫った。

 恐らく本気の海田と同レベルの速度。

 壱は油断していたこともあり、焦って掌底で顔面を狙う。

 コッチは防御は音速の拳くらいなら跳ね返す自動防御がある。

 攻撃に徹すれば勝てる。

(殴りたくなんかねえけど……)

 陣は薄く、小馬鹿にするように笑う。

「お前、何躊躇してんだ?」

 掌底が風に巻かれた。

 風を阻止しようと掌底を行った右腕に粒子が移動しようとしたが、遅かった。

「……ッ!!?」

 それに伴って身体までぐらつく。

 腹部に拳が打ち付けられるが、粒子が咄嗟に防御する。

 風で拳が巻かれてから〇・〇二ミリ秒――十万分の二秒しか経っていない。

 これが意味するものは、空気の凶器の完成。

 衝撃波は室内を蹂躙し、対衝撃用の銀の壁が悲鳴を上げた。

 クレアにぶつかろうとする凶器は粒子が完全に跳ね返す。

 次の瞬間、『世界の瞳』を敵に発動していたクレアは見た。

「壱さんッ!!」

 クレアが鋭く叫ぼうとした。

 そう、しただけだ。

 二人の戦いは音速すら超えている。

 故に声は届かない。

 ただ一音すらも。


 上から下へと襲い掛かってきた拳を粒子を受けたその瞬間、風が真下から吹き上げた。


 スコップを模した風だ。

 粒子が耐え切れずに弾け飛ぶ。

 そう。

 壱の粒子は完全に無敵ではない

 耐久力。

 俊敏性。

 それらは壱の思考外の働き――つまり自動で動いている時は意識して働かせている時よりも質が落ちる。

 つまり、壱の能力は無敵ではない。

(俺の防御が破れちまった……ッ!!?)

 初めての経験に壱は咄嗟にするべき選択肢が見つからない。

 す、と。

 余りにも呆気なく壱の腹部が裁かれた。

 風の刃だ。

「……くあ……ッ!!?」

 壱はすぐさま後ろに飛び退いた。

 クレアの叫びが聞こえる。

 痛み。

 それは壱にとっては常人よりも慣れていないモノだった。

 それが襲い掛かってくる。

 圧倒的な恐怖と暴力性を秘めて。

「……はあ、はあ……っ」

 腹を押さえて、粒子で治療を開始する。

 しかし、陣はそれを許さない。

 音を置き去りに壱の鼻を蹴り飛ばした。

「……っ!!?」

 治療に集中しすぎたせいか防御が発動しなかった。

 粒子で身体能力を上げていなかったから潰れたトマトのように消滅していた筈だ。

 鼻を押さえてうずくまる。

「い、ってえ……ッ!」

 戦いたくない、と強く思う。

 痛い思いなんかしたくない。

 壱は思わず泣きそうになりながら思う。

 だけど。

「うぜえ!!」

 すぐ近くで鈍い音がした。

「え?」

 クレアが倒れる所が遅く、遅く見えた。

「何で、クレアが?」

 何、やってんだよ、と壱は呆然と呟く。

 戦う力なんてコイツにはないのに。

 粒子は絶対の防御じゃないって今のでわかった筈なのに。

「壱さんには手を出さないで下さい」

 クレアはそれでも、戦う力も護る力もないのに立ちあがって壱を護ろうとする。

 震える指先を壱は見る。

 戦いは怖い。

 傷つけるのは嫌だ。

 痛めつけられるのも嫌だし、怖い。

 だけど。

 クレアを失うのはそれより嫌だ。

 もう無理だ。

 痛められず、傷つけずクレアを助け出すなんて。

 そんな甘いことは言ってられない。

 これまで通りなんてもう夢だ。

(覚悟を、決めろ……)

「テメエ、殺されないからって調子乗ってんじゃねえぞ」

「乗ってません。私はどうでもいいから壱さんを、もう殴らないで下さい」

(クレアは護るんだ……。じゃなきゃ、俺が『力』を持ってる意味がない)

 壱は迷わない。

 どれだけ痛い目に遭おうとクレアを助け出す。

「いい。ありがとうクレア。俺、もう倒れねえから」

 クレアの肩を押して、前に出る。

「でも、私のせいで……それに、壱さんはこの人に殴られて……っ」

「大丈夫だって。俺はクレアを護る。もう倒れない」

 言葉を口にする度に斬られた腹が痛む。

 まだ腹が治っていないのか血が滲み出す。

「約束する」

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