クレアの感情
「大丈夫か!?」
「ふぇい!?」
壱が血相を変えてやってきたのでクレアは思わず素っ頓狂な声を出す。
同時。
齧っていたお煎餅に歯を立てるところだったが、歯元が狂い舌を噛んだ。
「うっぎゅうううううううううう!!?」
ドスドスバタバタ、と口を押さえながら転がる少女を見て壱はほっと息を吐く。
「よかった……」
「よかったくないです! 痛いです!」
舌を蛇のように出して抗議してくるクレア。
「あー悪い悪い」
笑顔を浮かべながら言う壱にクレアは少し疑問を感じる。
「何笑ってるんですか?」
「あ、いや……無事でよかったなあ、と……」
あはははは、と壱は表情を引き攣らせる。
「あ、そうなんですか……」
自分を心配してくれた事実がクレアの心中に渦巻き頬が勝手に赤らまるのを感じた。
初めての感覚に少し戸惑う。
「どうしたんだ? 顔赤いぞ?」
「……私にもわかりません」
ぶはっ、と壱は噴出した。
「何だそりゃ……熱はねえんだな?」
「はい。それは大丈夫です! 私は健康には自信があるんです!」
クレアはわからないまま、やけにハイテンションな声音で壱に言う。
なぜかそれが、言い訳のように感じて――クレアは『?』と首を傾げる。
壱は安心しきったような感じで腰を降ろす。
「まあ何だ。とにかくよかった」
「そういえば、休み時間でしたよね。今」
「あ」
忘れてた、と壱は呆然と言う。
それからすぐに掌を返したように言った。
「ま、いいか。特に授業もわかんねーし。理事長も知ってるだろうしな」
「?」
小首を傾げるクレアに壱は手を振る。
「何でもねえよ」
安心と焦燥が同時に胸に沸いて、熱くなる。
痛い。
どうしたらいいのだろうか?
クレアが狙われているのが事実だとすれば護るためには学校に着いてきて貰うしかないだろう。
流石に大人数の前では動かないだろうし。
だけど。
相手は大会社だ。
国に大きなコネだってある筈だし……。
と。
そこまで考えた所で思考が中断された。
理由はインターホンのチャイム。
「すみませーん。大和製鉄の者ですが。今日はお話をしに参りました」
ぞくっと緊張が一気に喉元までせり上がった。
思考回路がショートしたかのように空白で埋め尽くされる。
その空白を一つずつ埋めていくように再思考する。
(居留守を使うか? いや、実力行使じゃなく話なら何とかなるかもしれない。相手は『会社』なんだし……だけどとりあえずクレアはどっかに隠しておかないと)
と、ここまで考えて壱はクレアを問答無用でトイレに押し込み、クレアが不満の声をあげる前に手で口を押さえる。
「お前はここに隠れてろ。いいな? 物音一つたてるなよ」
そう一方的に言い放ちクレアが頷くのを見てから手を離し、ドアを開けた。
平和的に引き下がってくれると、心のどこかで思いながら。