とある昼下がり
挨拶運動も終わり、授業を昼休みまで四時間するのだが当然着いて行けない。
「何言ってっかわかんねー」
数学が英語っぽいのはデフォルトなのか。
先生の言葉はまるで呪詛だ。
「わっかんねーな……」
壱と遊星は乾いた笑みを浮かべあう。
しかし、壱と遊星の学力は天と地の差がある。
無論、壱が下だ。
「そういや鞍馬って不良ボッコボコにしたのか?」
「ああ、したした」
「軽いなお前」
「でも事実だし……っつかお前あの程度の奴らに金渡す事ねえのによ」
「いや六百円しかなかったし。ボコボコにするのは……。そういやお前は寮に住んでたんだっけ?」
「ああ。寮だけど?」
「お前部活してたよな?」
「ふっ……文芸部……別名自堕落部だ」
「何だそりゃ?」
「てっきとうにダラダラする部活だな」
「くそみたいな活動内容だなオイ」
パン! といい音がほぼ二つ同時に響いた。
「いってえええ!!?」
「あ、先生」
壱と遊星の反応はあからさまに違う。
教科書の角で殴られた遊星は痛がり、壱は粒子のお陰でケロッとしている。
「っ! 倉敷! 粒子で防御は止めなさい!」
「え? あ、はい……」
唇を噛み締め、身体中の力を入れる。
ゴガン! と鈍い音が炸裂した。
「うごっ!!? 痛いっすよ先生!? 明らかに音も重厚だったし!」
「うるせえ! ムカつくんだよ! その力!」
「よかった……一発目喰らっててホントよかった……」
ЖЖЖЖЖ
基本的に昼休みはクレアを待ちつつ綾瀬達と喋っている。
今日は村井くんも一緒である。
とはいえ、特別意味のあることは喋っていない。
そんな平和で無意味な時間を過ごしていた壱に平和な時間を潰す刺客がやってくる。
その名は海田軍団である。
「おにいちゃん! 京おにいちゃんに勝ったからって調子に乗るなよゴラア!」
何か幼女が居た。
年齢にして十歳くらい。
「え、と……貴方は誰?」
と、綾瀬が問う。
「私を知らないとは無知なババアだ」
「……あっはっは……ババアだって壱いい……私はまだピチピチだよね? 最近はお肌を気にして早めに寝る事にしてるし!」
「そんなの知るかよ」
「まあいい。おにいちゃん達! そしてババア達! よく聞くがいい! 私の名前は七草弥生だ!」
『……』
「……ゴホン! 京おにいちゃんはホントに強いんだからな! 壱おにいちゃんなど一瞬で塵と化すだろう!」
「予言風喧嘩の売り方パート1~戦いの果てに~」
と小さく呟いて壱。
「踊るおにいちゃん大作戦」
と遊星が言い、そしてフレアに目をやる。
「……え? ああ……え、と……意味は盲目の信頼」
「タロットか!」
と、遊星。
「うう……」
そうフレアが自分の何かに絶望したような声を出した瞬間、プルプルと肩を震わしていた幼女改め弥生が切れた。
「無視すんじゃねえーゴラアアアアア!」
「ああ悪い……で? 何のようだったっけ?」
悪気なく壱は問い直す。
面倒くさげに空を見上げ、海田を恨む。
何だこの刺客は。
「京おにいちゃんと再戦しろお! ふざけた勝ち方しやがってえええええええ!!」
「ヤダ」
「何で!」
ドンドンと地団駄を踏む弥生。
海田って幼女にまでフラグ建ててんのかーと半分感心し、半分寒心する。
「いや、戦うの嫌いだし……そして俺は負けたし」
「この臆病者! ばか! 間抜け! アホ面! そうだ! 私は今日聞いたぞ! お前が不良なんて奴らから金を巻き上げられたのを! この弱虫!」
「聞いた? どこで?」
「華麗にスルーするなあ! ……新聞部の人たちが号外配ってた」
「マジかよ……はー」
ゴッガアアアン! と派手な音を立ててやってきたのは海田ハーレム要員達だった。
「あんだよ? っつか海田の元へ帰れ」
しっしっと壱は美少女達を無下に扱う。
「不良に襲われたって聞きましたけど大丈夫でしたか!!?」
とキセヤが心配そうに言う。
は? と壱は声が変に漏れ出た。
だって、おかしい。コイツらは海田に無様な格好をさせた壱のことを恨んでいた筈なのに……。
「あっ! そうだ! 私、お弁当作ってきたんです!」
フライン=カネットが重箱を手提げ鞄から取り出した。
「いやークレアが弁当作ってきてくれるし……」
「クレア?」「誰ですのそれ?」「壱君? 説明して」「まさか、彼女?」「う……さっさと倉敷の魅力に気づいていれば……っ!」「わ、わああああん!!!」「大丈夫。略奪愛でも大丈夫」
「お前ら怖い……クレアっつーのはアレだ。俺の相棒というか……」
ま、それはどうでもいいから帰れ、と壱は七人のハーレム要員に対して言う。
キセヤ、麗那、フラインに至っては第一ハーレム要員だ。
こんな所で油を売っていると海田が誤解するのではないだろうか?
というか、この展開は壱自身が勘違いしそうだ。
俺のこと好きなんじゃね? みたいな。
「悲しいわ私……ぐすっ……壱くんに拒絶されて……」
と麗那が嘘泣きする。
「はあ……あのさあ……告白っぽいぞソレ。海田に聞かれたら誤解するんじゃね?」
「告白だけど?」
「……へー。俺のこと好きなの?」
「うん」
「へー」
「……何か言えよ!」
と遊星が壱を叩く。
「何か? ってなに? ああ……返事?」
「当たり前だろ」
「無理」
「……そ、そう……でも私は諦めないからあああああああ!!!」
そう言って逃げ帰った。
ふいっと六人を無表情で見る。
「まさかとは思うけど……お前らも?」
『ち、違います!』
更に六人+すっかり影が薄くなった弥生が帰って行った。
「ったく……どんだけ惚れっぽいんだよ神風さんは……」
愛や恋をしたことがない男――倉敷壱は憂鬱そうな顔で空を見上げた。
「はあ……壱ってホントそういうのに冷たいよね」
綾瀬がなぜか悲しそうな顔でそう言う。
「何が? つーか前まで海田のこと好きだった筈なのに俺って……」
「……でもそういうのだってあるでしょ? 今が好きだったらいいじゃない」
「……けっ!」
遊星は気になったのかクリスとジャンケンをしながら聞く。
「……もしかして敷って頭かてえ方?」
「壱って恋したことないんだよね」
『え? マジで!?』
とフレア、クリス、遊星。
「驚く事ないだろ! つーかお前らあんのかよ!」
「私は絶賛進行形……というか……」
とフレアは顔を赤らめつつ、壱の方を熱っぽい視線で見る。
「私も進行形かな~っていうか意外と純なんだ~」
くくっと笑いながらクリス。
「まあ、わかるけど」
「俺は小学校のときに先生を好きになって……家までつけたりしたなあ……ってクリス痛い痛い痛い! つーか嘘嘘! 純粋なる性欲でしたすみません!」
「そっか……クリスは鞍馬で鞍馬はクリスで……フレアはよくわかんねーけど好きな人いんだな……」
『誰がコイツって言った!!?』
「誰がよくわかんないんですって!?」
「したことないのって俺だけ?」
激怒する三人を軽く無視して自分を指し示す壱。
「ほら異常でしょ?」
と綾瀬は肩を竦める。
その言葉には棘があり、何か含んだものがある気がするのだが壱にはわからない。
「まあ愛とか恋とか信じてねーし。いいんだけどな別に……」
そう。麗那みたいに簡単に心変わりのする『愛』や『恋』なら知らない方がマシだ。
壱は自分自身、小学生か中学生みたいなアホで純な考えだとは思う。
「そんな事ありません!」
突如、教室に入ってきた人物が言い放った。
壱たちが視線を向けるとクレアが居た。
両手には壱の分の弁当とクレアの分の弁当がある。
因みに皆にはクレアと壱の関係は全く喋っていない。
言及はされているが、壱はその気配を感じ取ると別の話で逸らすのだった。
「あん? クレア?」
「そんな悲しいことを言わないで下さい壱さん。人を愛するというのはとても素晴らしいことです……アーメン」
「初めて『らしい』所を見たな……」
まあ、アーメンはシスター何かの台詞だと思うがそこはツッコミを入れない。
「つか、お前は恋したことあんのかよ?」
「……はうわっ!? い、いや私は皆さんのことを『愛してます』よ? でも、恋とかそれは別物で……あ、あのですね……」
「あーはいはい。お前はそんな感じだよなー」




