宣戦布告
「財善事高校から来た倉敷壱です。よろしくお願いします」
内心泣きつつ、へらっと笑いながら自己紹介をしたのは勿論、倉敷壱だ。
三日前のことだった。
転移魔術により銀行から強制移動させられた倉敷壱は家へ招待させられたのだ。
その時はまだ、両親は反対してくれるだろうと高を括って沙耶を招待したのだが……。
『授業料免除! 寮生活無料! 制服代、教科書代だって無料にします!』
そんな沙耶の特待生もびっくりな破格の待遇に両親が乗らないはずもなく――壱は強制的に学園に向かい入れられたのだ。
全くもってふざけてる。
しかし、不幸中の幸いと呼べるものが二つあった。
一つ目の幸運はこのクラスは一年二組――要するに実力的には普通のクラスということだ。
S(special)クラスというクラスは将来有望な奴らが纏めて収容されている所で、理事長である沙耶は壱をここに入れたかったらしい。
理事長権限をフル活用しすぎてSクラスに入れることは先生方に阻止されたのだとか。
そして、もう一つの幸運は沙耶先生がここには居ないことだ。
沙耶はSクラスの担任も受け持っているらしい。
化け物みたいな体力をしている先生兼理事長である。
「じゃあ、倉敷君はあそこに座ってね」
斉藤先生が指差す先はよく知っている少女の隣の席だった。
よく知ってる少女だった。
幼い頃の裸さえ知っている少女。
黒髪を長く垂らし、瞳は綺麗な漆黒。
万人受けしそうな美少女だった。
胸は盛り上がっており、引越しで別れてから三年で成長したらしい。
「うわああああ!? 壱!? え? あ、嘘?」
その少女は驚きで呂律が回らなくなっている。
名前は辻綾瀬。
一足先に驚きと混乱から抜け出した壱は手を振って隣の席に座る。
途中でお前、辻の何なんだ? と好奇心と嫉妬の入り混じった視線を送られたが何とか無視してかわしていく。
「久しぶりだな」
綾瀬は頬を赤く染め嬉しそうに頷くと、疑問をぶつけて来た。
「何で転校してきたの? この学校、転校なんてあり得ないのに」
まあ、確かにそうだ。
世界で五つの魔術科高等学校はアメリカ、中国、インド、ロシア、そして我らが日本にある。
この四つの国のどれかから転校してくるのが普通だ。
日本の普通科高校から転校してくるなんてことはまずあり得ない。
「あーいやーその……えと……見込まれちゃって」
「見込まれた?」
「理事長に」
「ああ、あの理事長に……そっかばれちゃったんだ。壱の能力」
と何故か満面の笑みを湛えながら言う。
「まあ別に隠してた訳じゃねえけど」
そう軽口をたたく。
まあ、あの理事長には知られたくなかったが。
「なあ、オイ。お前ら何なの?」
前の席に座っていた男子が振り向いて訊いて来た。
野性的な瞳をした顔立ちの整った男子だ。
「もしかして幼馴染とか?」
「よくわかったなあ」
「ま。んなのあり得ないよな。大方中学のときのクラスメーえ? 何つった? 今?」
「いや、だから幼馴染」
「代わってください。僕の幼馴染は料理べたで掃除をすれば何か一つは破壊するという最悪な女の子でしてぶらあ!?」
突如飛来してきた魔術で作ったであろう鉄製の円盤が綺麗に男子の後頭部に入った。
「誰が最悪ですって!?」
ガタン、と立ち上がる綺麗な少女。
金髪碧眼だった。
「クリス! テメエのことに決まってんだろうが! 辻さんとチェンジだ!」
「私だって海田京とチェンジして欲しいわ! 死ね! バーカ! 遊星のくそバカ!」
「海田ぁ? あのハイスペックで主人公並みに鈍感でハーレム建造中のアイツ!? 馬鹿じゃねえの? アイツがお前なんか相手するわけねえだろ!」
「うるっさいわね! アンタだって辻が相手してくれる訳ないでしょ!」
二人の言い争いを先生は無視して連絡事項を伝える。
「魔術模擬戦大会が一週間後にある訳ですが、誰か出たい人は居ませんか?」
「魔術模擬戦? 大会? それ何?」
綾瀬に訊くと、言い争いをいつの間にか止めていた男子生徒――遊星が答える。
「あれだよ。魔術を使った戦闘」
「危ないだろそれ」
「危ないとか言ってられないじゃないか?」
遊星の言葉に呟き返す。
「戦争か……」
戦争。
魔術がこの世に現れてから三十数年。
五年前に土地を創り出す能力を持った子供が産まれた。
二つの国の国境の上――飛行機内で産まれたらしく二つの国がその子供を巡って対立。
そのまま戦争に突入した。
当初、国連などが余りの事態に割って入ったらしいが子供の能力に危機感を抱いた国連に加盟している一つの国が子供を殺害しようと目論み、泥沼化。
それを哀れに思ったのか、または別の目的があったのか最終的に子供は大天使が掻っ攫って行ったという呆気ない終わり方になった。
しかし、その煮え切らない終わり方のせいでか、または国のトップが無能だったせいか冷戦状態に突入。
次にそんな能力を持った子供が産まれてしまえばどんな事態になるか想像もできない。
そんな訳で全ての国は自衛できる最低限の戦力と――日本は――戦力と信用のある国同士の友好関係が欲しいのだった。
「なるほどなあ……」
壱は大変だなそりゃ、と他人事のように呟き机にへばりつく。
先生がふと何か思い出したのか掌を打つ。
「あ、そうだ。倉敷くんには問答無用で出てもらいます」
「え?」
思わず背筋を正す。
「え? 何がっすか?」
「理事長があの子はマジで凄いから入れといて、と」
「そりゃ、ねえよ……」
はあ、とため息を吐いた。
あのクソ理事長が! と罵詈雑言を浴びせたくなる。
(でもまあ断るくらいの権利をあるだろうし……)
と先生に断りを入れようとした時、後ろの方で座っていた女子生徒が突然、席を立った。
「ちょっと待ってください」
背中まで伸びている銀髪を揺らしながらその女子は胡散臭そうな瞳を壱にやる。
「この、倉敷壱という方は強いんですか? とてもそうは見えませんが」
『まあ確かに』
とクリス、遊星、綾瀬に壱本人。
『弱い』と自分で言うのはいいが、人に言われると嫌なもんだな、と壱は思う。
「ということでこの方がどれだけ強いのか私に試させて下さい」
「何でそうなんの!?」
壱は思わずツッコミを入れてしまう。
「まあいいでしょう」
先生は一つ頷く。
「先生?」
この展開はまずい! 危機感を覚えた壱は立ち上がり、
「では二日後の放課後四時きっかりに実習室で」
先生は壱が文句を言う前にぱっぱと決めてしまった。
壱は転校生で遠慮がちな所もあり「ふざけないで下さいよ先生!」と強く言えない。
「いや、ちょっと……危ないかなーとか綾瀬さん! 助けて!」
綾瀬は笑顔を向けてきた。
(その反応はおかしくね?)