壱、天界到着
地面が柔らかいものに変化した。
ワープが終了したのである。
壱の視界には信じられないものが映っていた。
真っ白でふわっふわな地面に高層ビルが立ち並んでいる。
真っ白でふわっふわは雲であり、ビルはコンクリート製ではない。
雲の加工品だろうか? ともあれ、壱は実感なく呟く。
「……つーかマジでここ天界なの? 天使とか住んでんの?」
カフェっぽい場所もある。
て言うか全体的に人間界っぽかった。
違うのは人間界ほどビルが密集したりせず、雲の丘があったり数千年は経っているであろう樹木が立ち並んでいることだろう。
そして、もう一つ大きな違いは……。
羽の生えた人間――つまりは天司が大量に居ることだ。
羽が生えた人間達がばーっと飛んだり跳ねたりしながら各々の目的地へと急いでいる。
中には楽器を演奏して自分の世界に浸っている天司も居た。
「う、うーん。平和そうだ……」
ともあれ、天司がクレアを奪ったのは事実。
気を引き締めてかからねばなるまい。
「つーか、どっから手を付けたもんか……」
うーむ、と迷うこと数秒。
「ちょっとお兄さん。天司じゃないよね? 不法侵入?」
声をかけられた。壱が振り向く。
偉そうなマントをつけた強面の天司がずずいっと壱に詰め寄る。
「たまーに居るんだよねえ。君みたいな不法侵入者が」
どう答えたものか迷うが単刀直入にいくのが良いだろうと判断。
「うちのクレアを誘拐した天司が居ましてですね……。クレアを取り返したらすぐにでも帰りますはい」
「天司が? 誘拐? ……なるほど」
強面の天司が何か電波とチャネリングでもしているのか、生真面目な表情で遥か天空を見る。
壱も釣られて上へ視線を向けた。突き抜けるような青空がある。
「天界も青空なんだなあ。不思議」
と言うか、天界と天空は違うか。地上とは何が違うんだ? 次元?
もうそっから分かっていない壱。
まあ、外国の都市の名前を知らなくても外国は旅できるし、外国の気象を知らなくても金さえあればOKなのだ。
要するに天界のことを知らなくても大丈夫な筈だ。
「天界法十条。上位天司の人間誘拐は合法。即ち、これは合法だ」
強面の天司が壱に向き直ってそう言った。
訂正。全然大丈夫じゃなかった。頭狂ってる。
「おう……えーと。そっかー。その天司の名前とかって教えてくれたりはできないですかね?」
「プライバシーに関することだ。……そして貴様はその上位天司の命により天界追放だ!」
いきなり殴りかかってきた天司。
が、
「なっ?」
壱の粒子により拳が止まる。
壱はぼんやりと何か考え事をしていた。
「うーん。どうしよう……。とりあえずソイツの居場所が分かんねえし……」
強面の天司が連打したり、何やら必殺技を撃ったりするが全て粒子で無効。
「天司の名前は無理でもどのくらいの大きさか教えてくれません? 天界って」
「ふはぁふはぁ……」
強面の天司が肩で息をする。
「貴様……! コケにしおって!」
「そう言われても……」
赤ん坊が大人に歯向かってくるようなものだ。負けるほうが難しいし、善戦するのも難しい。何なら戦うのすら難しい。
「で、天界の広さのことだけど」
「誰が教えるかあ!」
怒鳴り散らす天司に壱は背を向けた。
てくてく歩き出す。
「しゃーねえ。誰かに聞くかあ……」
日本くらいの広さであれば最悪、走り回って捜し出す策もありだ。
ユーラシア大陸なみなら情報をちまちま集めていくしかないだろう。
げっそりとした気持ちで壱は歩き出す。