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吐露

 ヒーローにはなれなかった。

 今思えばクレアを一度助けてくれたのもあの天司なのだろう。

 ヒーローは、アイツだ。

 壱は悔しそうに眼を伏せ、拳を握り締める。

 青白くなっている拳を見つめたまま壱は黙り込む。

 海田が壱に言う。

「テメエはどうする気なんだ?」

 壱は小さく呟く。

「何が?」

「何がじゃねえよ。テメエは主人公なんかじゃねえかもしれねえ。けど助けたい女を守ろうとすることは悪い事じゃねえだろ! 何で助けに行くって一言いわねえんだよ」

 海田が噛み付くように吠える。

「俺なら行った! 俺の仲間が連れて行かれたらすぐに飛んでいく。テメエの覚悟はそんなもんなのかよ!?」

「アイツは帰ったんだよ!」

 壱が叫ぶ。

「アイツは天司なんだろ!? クレアが言ってたんだよ! クレア自身が! いつか私を迎えに来るって! 俺は――そんなアイツに俺が何を出来るんだ!」

 拳から血がにじみ、シーツを汚すことも構わず壱は叫ぶ。

 遊星が壱に怒鳴りつける。

「壱がクレアを護りてえんだろ! だったらクレアに会いに行けよ! ヒーローだとかそんなの知るか! 俺は力なんざねえけど、ここまで来てクリスを護りきったんだ! お前に出来ない筈がねえだろ! 目覚ませよ!」

 壱は俯き、叫ぶ。

 護るべき対象を喪失してしまった拳を握り締めて。

「俺は二回も失敗してんだ! もう一度だってクレアを失いたくねえんだよ! ヒーローなんてなれやしねえ! 綾瀬の笑顔も! クレアの記憶も! 俺は護れなかった! 何でだよ!? 何で俺はこんな中途半端な力手に入れちまったんだ! 全部護りてえに決まってんだろ! あの爆発からお前ら守れるんだから守るに決まってんだろ! 何でだよ! 俺は一度だって殺し合いなんて望んでねえのに! ただクレアと一緒に居たいだけだったのに! あの野郎は全部笑いやがった! クレアを護る覚悟がないって! ヒーローにはなれねえって! 当たり前だろ! 俺はヒーローになりたかった訳じゃない! 隣にクレアが居て綾瀬やお前と一緒に授業受けて――それだけで良かったのに! 何でクレアが狙われなきゃなんねんだよ!」

 ただ、純粋な想いを吐露していく。

 世界の悪意からクレアを護ろうとし、悪意に当てられ続けた者の末路。

 この場に居る全ての者は想いに当てられ、動けずに居る。

 壱は更に続ける。

「クレアを護れたとして俺は何年アイツと一緒に居れるんだよ!? あと何十年だ。年老いて力もなくなってクレアを護り通すことなんて出来なくなる日がきっと来る……。アイツの目の前で俺はどうなるんだ? 殺されるのか? それとも寿命で死ぬ? 残されたアイツはどうする? クレアは俺らよりも天司と一緒に居る方が良いに決まってる。あの野郎とずっと一緒に居る方が……護ってくれるし、俺ら人間よりも何百倍も長生きなんだよ」

 壱が日々思っていた事実。

 人間と天司は基礎からして違う。

 圧倒的なほどの格差。

「記憶を失って、俺との思い出の過半数が消えて――だから、それでいいじゃねえか……もうそれで」

 記憶を失ってからの壱とクレアの関係はぎこちなかった。

 クレアは良い想いを持っていなかった筈だ。

 自分に言い聞かせるように壱が呟く。

「クレアとはぎこちなかった。アイツが天界に帰って幸せに暮らしてたら俺のことなんて忘れるに決まってる。俺との思い出なんて天司からしたら数分に感じるだろうからな」

 クレアの幸せ、ココに居る全ての者――世界のバランス。

「全部考えた上での結論だ」

 壱は唇を強く噛み、言った。

「アイツを助けるなんて俺の我侭だ。そんなのは助けるなんて言わない。コレが、一番良い結論なんだ。全部、幸せに終わるんだよ」

 壱は断じる。

 全ての人間がゆっくりと壱の結論を飲み込もうとし――綾瀬が壱の頬を張った。

 乾いた音が病室に鳴った。

「どこが、幸せだって?」

 綾瀬が声を震わせて壱へと対峙する。

「全部幸せ? なら何で私も! 壱も! 辛そうな顔すんのよ!?」

 壱が呆然と綾瀬を見やる。

「だから、我侭なんだよそんなのは」

「何でクレアの想いを低く見るの? クレアに拒絶されるのが怖いの? いつか来る別れが怖いの? だから壱はクレアを見捨てるの!? 良い訳ないでしょそんなの! 壱と居てクレアは幸せそうだった。私だってクレアと居て楽しかった! こんな唐突に! ぽっと出の天司なんかに大事な人を奪われて! 幸せにされて! 悔しくないの!?」

 綾瀬が涙でぐしゃぐしゃになったまま言う。

「クレアは壱と一緒に居たいに決まってる!」

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