銀行強盗と勧誘兼拉致
倉敷壱はバイト代が入ったから金を下ろしていこうと銀行に入った。
自動ドアを潜ると冷風が身体を冷やし、頭がスッとして気持ちいい。
受付番号を受け取り、銀行備え付けのウォータークーラーに歩み寄り、紙コップに水を注ぐ。
もう直ぐ夏も差し迫ってきている時期なので、外は暑く喉が乾いていたのだ。
水を飲もうと唇に紙コップを近づけた瞬間、
銃音が鳴った。
倉敷壱は思わず水をぶちまけてしまう。
「ああっ!?」
ジーパンが水で濡れた。
壱は素早く首を捻って辺りを見渡す。
まず初めに目についたのは銃を銀行員につき付けている青年だった。
声を上げるのを何とか我慢する。
(銀行強盗……?)
茫然とする頭のまま周りを見渡す。
未だに状況が理解できずに呆然とする者、子供を抱き抱えて目を背け奮えている者、銀行強盗が押し入ってきているのにふわりと笑っている上級者も居る。
そのふわりと笑う美人さんは自殺志願者という訳でもなさそうだ。
窓口で青年が銀行員に指示していた。
銃は何時でも撃ち抜けますよ、と言わんばかりに頭に銃口を向けている。
銀行強盗の青年はワックスをつけ、髪を逆立てピアスをしていた。
覆面を被っていないのが凄く惜しい。
くるりと銀行強盗は身体をこちら側に捻ると、一発天井に向けて発砲した。
銃音と共に銃弾が壁にめり込み、発砲音に身体が無意識に跳ねた。
やはり体験したことのない恐怖がある。
壱はこの平和な国で発砲音など聞いたことがないのだ。
銀行員がそろそろと、テーブルの下にある通報ボタンに手をかける。
それを見た青年は思い出したように言った。
「俺の魔術で警報機とかぶっ壊してっから意味ねえぞ」
人々が驚いたように身体を強張らせる。
室内の雰囲気が更に硬質なモノへと変わった。
それもそうだ。
何せ魔術は天使に愛された者――人口の三パーセントしか使えないモノだからだ。
たまに誤解されるが心の清い者だけしか扱えないというファンタジックな物ではない。
この情報社会の世の中、そういった噂は淘汰されつつあるのだが、信じている奴は信じている。
因みに愛されなくとも、無理やりに、天使と一時的に契約することも出来る。
「俺が銃を選んだのは、外観で恐怖を与えられるからだ。魔術なんて見ないと恐怖を感じないだろ? 大きな魔術を使うのは疲れるんだ」
そう男は言ってから何もない空間から袋を取り出した。
「おら、この中に金をありったけ詰めろ」
銀行員は数回小刻みに頷き、奥へ消えていった。
「ああ、そうだ」
男は思い出したように躊躇なく、気軽に発砲した。
狙いは壱だ。
は!? と驚き、頭が真っ白になる。
誰かの声が聞こえた気がしたが、壱には誰がどういう声を出したのか理解をしようとさえ思わなかった。
壱の目の前――数センチ前の空間で銃弾は止まっていた。
壱はふうう、と大きく深呼吸する。
「危なく死んじまう所だったろうが!」
犬歯を剥き出しにして怒る壱をスルーして、
「ほう、お前も魔術を使うのか」
やる気満々、理解半分の男は銃を投げ捨て、手をかざす。
「雷撃!」
突如、水平に轟く雷が襲い掛かってきた。
壱は一歩も動けない。
だって相手は雷――つまりは亜光速だ。
光を見て避けろよ、と言われているに等しい。
壱に雷撃が突っ込んだ。
一般人ならば死んでいた一撃。
しかし、壱は無傷で立っていた。
「テメエ、今殺すつもりだったろ!」
壱は怒鳴る、というよりも友達に突っ込むような気軽さで怒鳴る。
透明な光の粒子が壱の周りに浮かんでいた。
それらが壱を護っていたのだ。
「なっ!? 俺の最強の魔術が――っ!?」
ふざけるなあ! という負け犬の遠吠え。
壱は両手を上げて言う。
「警察に自首してくれ。自首してくれたら俺は何もしない。誓ってもいい」
「舐めんなよ? 癇に障る顔しやがって」
「か、顔!? まさか顔が気に食わないからって発砲したんじゃねえだろうな!?」
壱の顔は中の中位だと自分では自負している。
いや、自分補正が効いている可能性もあるので悪くて中の下というところ。
しかし、自分の姿を磨こうとも思わない寝癖をつけたままの髪の毛や、穴が開いているジーパンなのが気に障ったのかもしれない。
相手はなんかお洒落に気を使ってそうだし。
しかしそれだけの理由で発砲なんて馬鹿な真似をする筈もない、と思う。
「テメエの魔術がどれだけのモンかは分かんねえが貫通力をあげりゃあ問題ねえ!!」
男は壱に突っ込んでくる。
右掌には雷を球にした雷球、左掌には炎の球があった。
「さっき以上の貫通力だ!」
二つの手を合わせて、壱に突き出すが、壱に両手を包み込まれるようにして止められた。
光の粒子を纏わせてグローブ代わりにしているのだ。
光の粒子は炎と雷の合わさった魔術に入り込み、ガラスを砕くようにぶち壊した。
炎を雷は空に溶け込み、消える。
「はい、俺の勝ち」
試合しゅーりょーと、両手を解放してやる。
「な……」
男は呆然と壱の顔を見る。
携帯電話をポケットから取り出し、警察に連絡する。
これで終わりだな、と携帯電話を仕舞い、そして、
「キャー! これこそ私の求めていた逸材!!」
ふわりと笑っていた美人さんに抱き締められていた。
「へ?」
柔らかい双丘が顔に押し付けられているが、壱は困惑するのみだった。
「えーと、誰です?」
ようやく興奮から醒めたのか、その女はふわりと笑って壱を見る。
改めて見ると尚更美人だということを認識する。
大きな瞳は意地悪そうに輝いてはいるがそれも一つのアクセントとなって小悪魔なような印象を与える。
恐らくは男子が好きそうなタイプだ。
いや、壱も男だけれど。
銀行強盗もこの手の展開は想像していないかったのか呆然としている。
「ふむふむ。顔はB-ってところね」
勝手に人の顔を審査し始めた。
なんという常識のなっていない女の人だ、と壱は思ったが口には出さない。
(つか、B-ってどうなの?)
「B-っていいんですか?」
「普通」
「そりゃ良かったです」
一つ頷いてから、
「何の用ですか?」
「んーまあちょっと待ってね」
そう言うと女は何らかの呪文を唱え、男を亀甲縛りにした。
うげっと男は嗚咽を漏らす。
更に猿轡まで噛まされた。
男は可哀相だが警察が来るまで喋れないだろう。
「何で亀甲縛りなんだよ! 女王様か!」
律儀に突っ込んであげる壱。
というか、この女は相当な使い手だと今更思う。
女は男を一瞥してから小悪魔のような笑みを浮かべ、拍手する。
「まあまあ、それより貴方はこれより星陵学園の一生徒となる権利を与えられました! わあー! おめでとうー」
「は?」
何言ってるんですか? と訝しげな目で女を見る壱。
唐突すげて訳が分からない。
「そうなる気持ちもしっかり分かるよ? 私は星陵学園の理事長で井上沙耶って言います。気軽に沙耶ちゃんって呼んでね?」
「二十代の女の人がガキにちゃん付けで呼ばれるってどうですかね? ていうか理事長?」
「私は永遠の十七歳だから問題なし! それよりどう!? 入らない?」
「いや、意味わかんないしいいです」
沙耶はうんうん頷くと、
「そうでしょうそうでしょう。何せ星陵学園は世界で唯一の魔術師達の学び舎! しかも幅広い職業選択の自由! 大学の推薦! 入りたい人は居ても入りたくない人なんか――ってなんですって!?」
「いや、だってあそこの偏差値やばいじゃないですか」
そう、確か六十七だ。
そして、壱の平均偏差値は三十九だ。
そんな人間が星陵学園に入れる訳がない。
しかも世界で五つしかない魔術を教える学校だ。
そんな所に入りたくはない。
それに自分の学校がある。
「大丈夫大丈夫。私がそこらへんは何とかするからさあ行くわよ!」
は? 銀行強盗は? つか警察来るし色々事情徴収とか――! そう言おうと唇を動かそうとした瞬間――視界が真っ白になっていた。




