谷底の洋館-カフェにて
前回、感想を頂きまして本当にありがとうございました!
「いや、でもねタロー。」
お洒落な音楽の流れるカフェ。それに混ざるキャッキャウフフな女性の談笑。テーブルや椅子も丸くて可愛いデザインなこのどう見ても若い女の子向けの場所に男二人で座っているという状況は浮いているというか似合わないというか逃げ出したいというか。
「ホラー担当甘くみてちゃダメだって。確かに寄せられる情報件数自体は他のトコより少ないかもしれないぞ?だけど1件1件ハードなんだから。タローひょろいし大丈夫かなぁ…」
この浮きまくっている状況を全く苦にせず、いや気にせずコーヒーを啜る目の前の男を睨む。白雪媛彦。御年22。つまり後輩だ。さっきからタロータローって呼び捨てにされているけどコイツは後輩だ。大事なことは何度だって言います。僕の、後輩です。
あの日、真亜名堂から言われたことは今年の夏の目玉「夏を涼しく!ホラー特集」へ参加してみないかという誘いだった。目玉とはいえ、そうどしどし情報の寄る企画でもなく毎年ホラー担当の記者たちが暇をしていたのを僕は見ていた。楽をしたいと丁度心から願っていたところへの異動。一時期とはいえ異動は異動。即頷いてしまったのは言うまでもない。
「ひょろいって言っても、ずっとグルメ情報手に走り回っていたんだから。そんなすぐバテたりはしないし。」
後輩の無礼に怒鳴ることもなく優しく返す僕。この後輩には説教が通じないことをもう身をもって体験しているから言わないだけなんだけれど。
「そういうタフさは必要ないかな。…まあいいや。俺がサポートしてあげるから途中で逃げたりしないでくれよ!」
どっちが先輩なのかわからない発言と共にコーヒーを置いた白雪がカバンから大きなマップを取り出す。そしてテーブルに広げるわけだが、普通は僕に向けて置いたり二人ともが見やすいよう置き方を工夫したりするもの。しかしこの後輩にはそんな気を遣う精神が無いので僕から見てマップは絶賛逆さまだ。仕方なく椅子を持って白雪の隣に移動する。なんていい先輩。
「ここだよ、谷の底にあるって洋館。」
谷の底にある洋館。今回の特集の中でも最も期待されている企画だ。外観の写真も同封されており、これがまた雰囲気があって惹き付けられるのだ。チームの誰もが「コレにしよう」と声を上げるほどに。
しかし彼が指差した先には山を表す緑が描かれているだけだった。周りに家などは無くただ洋館がぽつりと建っているだけなのだろうか。そうだとしたらなんとも言えない、余計に不気味である。噂にだってなって当たり前というやつだ。
「谷の底って言うけど降りるルートとかは確認してるよな?」
「は?」
谷の底といっても建物があるくらいだ、きちんと道くらいあるのだろうと白雪に目を向けると彼は「何を言ってるんだ」とでも言いたげに僕を見ている。待て待てまさか。
「谷底だぞ」
「うん、それは分かって…」
「映画とかでも、絶壁じゃないか。道らしい道なんて無いのが当たり前だよ」
「え、」
「というかそんな道があるなんて許せない」
「…」
そうそう、そうだよ、と一人で何度も大きく頷いてから僕に向き直り、女性記者たちが大げさにカワイイカワイイと騒ぎ立てる白雪スマイルで奴は言い放った。
「命綱はあるよ!」
明日からいよいよ調査である。