生き返ることは果たして本当に幸せなのか?
ダロンは冴えない若者であった。
体力も頭脳もそれほどでもない。
しかしながら、どうにか町役場に就職することができた。
与えられた仕事は“雑務係”。ようするに雑用役だ。
荷物運びやゴミの処理、町民の御用聞き、町でなにかイベントを催す際の設営……。
仕事ぶりは決して優秀とは言えないが、休むことなく、黙々とこなしていた。
彼の一日はストイックそのものだった。
朝早く起きて朝食を済ませる。遅刻もせず町役場に出勤する。そこから夕方まで役人たちの指示に従いさまざまな雑務をこなす。夕方になったら帰宅。酒を飲んだりギャンブルや女遊びに興じたりもしない。夕食を取って早々と寝るだけ。
こんな一日を繰り返していた。
そんな彼の仕事ぶり、生活ぶりはだんだんと周囲からも評価されるようになる。
「今時珍しくダロンは真面目な若者だ」
「ウチの弟子にも見習わせてやりたいぐらいだぜ。あいつすぐサボるからよぉ」
「ダロンみたいな人が報われる世の中になって欲しいわね」
ダロンはそんな評判を知ってか知らずか、ひたすら黙々と働いた。
そんなある日、鋭い爪と牙を持った魔物が、町を襲った。
多くの人が逃げ惑う中、ダロンは役人から「人々を誘導しろ」と命じられ、その職務を守っていた。
だが、それが災いして魔物によって体を引き裂かれてしまった。
「ぎゃああああっ……!!!」
苦痛に満ちたダロンの悲鳴。
駆けつけた冒険者によって魔物はなんとか討伐されたが、ダロンは助からず、遺体は町外れの墓地に埋葬された。
冴えないが真面目だった彼の死に大勢の人が涙を流した。
***
死んだダロンは、この世とあの世の境目にある裁判所にいた。
ここで死者は天国行きか地獄行きか審判を受けることになる。
その基準は厳しく――
「嫌だ、嫌だぁ!」
「助けてくれぇ!」
「なんで私が地獄なのよ! 悪いことしてないじゃない!」
死者のほとんどが地獄行きを命じられる。
ダロンもこう思う。
(どうせ俺も地獄行きだろう……。ろくなことのない人生だったし……)
ところが、髭をたくわえた裁判長はこう告げる。
「お前は天国行きとする」
「……え?」
「お前は生前、これといった功績はないが、他者の悪口を言うことさえなく、地道に仕事を続けてきた。最期も仕事をまっとうしつつの立派なものだ。ゆえに天国行きとする」
「あ、ありがとうございます……!」
ダロンが送られた天国はまさしく楽園だった。
雲のようにふわりとした白い大地に、美しい建物や木々が立ち並び、白い衣を着た天使たちがかいがいしく死者の世話をしている。
一人の天使がダロンにつき、
「天国に来られる人はめったにいませんからね。歓迎しますよ! 天国を存分に楽しんでください!」
「楽しむって……どう楽しめばいいの?」
「好きなことをすればいいんです! ここでは望めば好きな物を食べられますし、好きなお酒を飲めますし、好きな音楽を聴けますし、好きな遊びに興じられます。生前やれなかったことをどんどんやってください!」
ダロンは戸惑いつつ、その通りにした。
生きている時には決して食べられなかった高級料理に舌鼓を打ち、現世のどんな美酒よりも上等な酒を浴びるように飲む。
食に満足したら、天国の音楽隊を呼び、一流の演奏に耳を傾ける。
トランプやサイコロを用いたギャンブルにも興じる。勝てば褒美が貰えて、負けてもリスクなどない。どう転んでも楽しめる。
さらには――
「はぁい」
ダロンの前に、薄手の衣を身にまとった美女が現れた。
「あなたは……?」
「せっかく天国に来たんだから、楽しんでいってよ」
「は、はい……」
美女のお誘いに、ダロンの鼻の下はすっかりたるんでしまった。
ダロンは天国を大いに楽しんだ。
好きな時に起きて、好きなことして、好きな時に寝る。
どんなに自堕落な生活をしても、誰にも怒られないし、体に異常も起こらない。
天使たちもさまざまな工夫を凝らしてくれるので、飽きることもない。
(ああ、最高だ……。真面目に生きてきてよかった……)
ダロンの極上の生活は未来永劫続く。なにしろもう死んでいるのだから――そのはずだった。
しかしある時、ダロンが食事をしていると、強力な力で引っ張られる。
「な、なんだ!?」
「どうしました、ダロンさん!?」とお付きの天使。
「分からない……! 俺の体が……引っ張られ……!」
全く抗うことはできず、謎の力によってダロンの体は天国の外に連れていかれてしまった。
***
「おお……生き返ったぞ!」
「……え?」
ダロンは棺の中で目を覚ました。
周囲には、生前暮らしていた町の住民たちがいた。
「よかったなぁ、ダロン!」
「……? ……?」
ダロンは状況を全く呑み込めていない。
一人の住民が説明をする。
「お前は魔物に襲われて死んだんだ。みんなを懸命に避難させようとしてな」
「……」
「その後、みんながお前の死を悲しんで、お金を出し合って、最上級の冒険者に依頼して世にも珍しい“生き返りの秘宝”を手に入れたんだ! それを使ってお前は生き返ることができたってわけだ!」
「……」
喜ぶみんなを尻目に、ダロンの顔はみるみる不機嫌になる。
眉と目を吊り上げ、こう叫ぶ。
「なんでっ……なんで余計なことをしたんだ!!!」
それからのダロンの生活ぶりは酷いものだった。
天国での快楽生活を忘れられず、ろくに働かず、酒に溺れ、女性にちょっかいをかけ捕まる騒ぎまで起こした。かつてのストイックさなど欠片もない。
ダロンとて自覚はある。もう一度天国に行くため命を絶つことも考えたが、一度目の死で味わった恐怖や苦痛も決して忘れられるものではなく、それもできず、ずるずる生き長らえるしかなかった。
いつしかダロンは町の厄介者になってしまい、ついには誰にも相手にされなくなった。
やがて、過度な不摂生で体を壊し、四十にもならない若さで死ぬ。
二度目の死を迎えた彼は、もちろん地獄行きを宣告された。
完
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