わたくし、おもしれー女にはなりませんから!
私、公爵令嬢のシャルロット。婚約者は王太子フリード殿下である。
私には前世の記憶がある。そしてここが乙女ゲーム『薔薇の檻のセレナーデ』の元であることも知っている。
私はこのゲームにおいてヒロインの恋路を阻む高慢な悪役令嬢、つまり敵役だ。
『薔薇の檻のセレナーデ』。正式ジャンル名「監禁系ダークロマンス乙女ゲーム」
ヒロインがどのルートに入ろうが最終的には攻略対象の誰かに閉じ込められる仕様。
攻略の善し悪しは「閉じ込められたあと幸せかどうか」で決まる。
狂気なんだが監禁の性癖を持っているとぶっささる作品である。
このゲームのトゥルーエンドは五ルート。
ヒロインのリリアーナが王太子・騎士団長・宮廷魔導師・影の宰相・隣国王子のいずれかに監禁される五通りの幸せエンドだ。監禁されるのが幸せかどうかは性癖によるとしか思えない。
だけどそれ以上に多いのがバッドエンドである。
このゲーム。なんとバッドエンドが合計三十二種類ある。
そして驚くべきことにその三十二種、全部が悪役令嬢シャルロットがフリード殿下に監禁されるENDであった。
リリアーナは攻略対象と結ばれなかった。代わりにシャルロットが監禁された。これが32個続くのである。
そして設定資料集にはこう書かれていた。
「王太子フリードは元々婚約者シャルロットに執着を抱いている。表向きは冷淡だがリリアーナの登場によりシャルロットが邪魔者となった瞬間彼はリリアーナを監禁に囲い込む。プレイヤーが正規ルートを正しく辿れなかった場合、フリードリヒが暴走しシャルロットが代わりに塔の最上階へ幽閉され監禁となる。
ちなみにフリード以外のエンドになるとシャルロットは自動的に監禁されてしまう。
こうなるともはやトゥールエンドであるフリードエンド以外、全部監禁ルート一直線なのであった。
悪役令嬢にプレイヤー全員を同情させ「シャル様の幽閉ED集」なる二次創作が業界で語り草になった伝説の問題作である。
そして私はその世界に転生した。最初は好きな世界に転生して喜んだけどこの事実に気付いて絶望だ。私は監禁モノが好きなだけで監禁されたいわけじゃない。目隠し四肢拘束されてからの餓死ルートとかマジで勘弁である。
ミッションは明白だ。
ヒロインであるリリアーナをフリードに監禁させ、自分は監禁されないこと。
リリアーナを乗せてフリードと結婚させる。それさえできれば悪役令嬢シャルロットは婚約破棄になり、家督を弟に譲って自由に暮らせる。監禁エンドまるごと回避これしかない。
フリードに塩対応にしてリリアーナのお膳立てすれば良いはず……だけど駄目なのだ。
このゲームの殿下は距離を取られるほど追いかけてくる仕様。
冷たくされれば俺の前で取り繕わない女、おもしれー女。
無視すれば俺を無視できる女、おもしれー女。
正論で説教すれば俺に意見する女、おもしれー女。
おもしれー女判定発動 = リリアーナ排除でバッドエンドフラグ確定。
なので塩対応はNG。おもしれー女を演じてはならない。
おもしろくない女を演じれば良い。だったらこれだ!
「殿下ぁっ!」
応接間に踏み込むなり私は声を張り上げた。
窓辺の長椅子から振り返るフリード殿下。月光を凝らせたような銀髪、氷の湖の色をした瞳。今日もご尊顔は無駄に整っていらっしゃる。イケメンすぎてやばっ。監禁されないなら愛されたい。
「シャルロットか」
ふっと笑った。
「殿下、お会いしとうございましたぁ……! 昨日お別れしてから十八時間も経ちましたのよ? 寝ても覚めても殿下、殿下、殿下。朝の紅茶に殿下のお顔が浮かび、お庭の白薔薇に殿下の御髪を重ね、ディナーのスープに殿下の瞳の色を探しておりましたの! 来月から同じ寝室で過ごしませんこと? 心音もずっと聞いていたいですわ。あ、念のため、他の女性と話してはいけませんわよ? 殿下のお声を聞いていいのは私だけですのよ」
殿下の指が震えた。これは勝った。
「シャルロット」
「は、はい」
「お前今日は一段と」
(重い、離せ、気持ち悪い、何でもいい、来てくれ!)
「おもしれー女だな」
世界が停止した。
「先日まで氷のように冷たい女だったのに急に火になる。その落差……ふっ、おもしれー。俺はお前の予測のつかないところが好きだ」
ぎゅっと抱き寄せられた。そっかぁ。私が転生する前のシャルロットって氷姫だったもんな。初手ミスちゃったか。
◇◇◇
しかし諦めない。次の策だ。
ど直球の王道、ヒロインを殿下にあてがう。
「失礼いたします、王太子殿下」
応接間の扉が開く。亜麻色の柔らかな髪、エメラルドの瞳の少女。
「学園編入生、リリアーナが殿下にお引き合わせいたします」
来た。リリアーナ。正ヒロイン。
彼女が殿下に取り入ればバッドエンド三十二種を全部回避できる。
「まあ! なんてお可愛らしい! 殿下、ご覧くださいまし。こんなに愛らしいお嬢さんが学園に。リリアーナさん、よろしければ殿下とお話を。まぁ二人は相性がとても良いと占いが出ています。これは婚約するしかありません! さぁ婚約しましょう!」
「シャルロット。お前、リリアーナ嬢を俺と婚約させようとしているのか?」
「ええ、ええ! リリアーナさんは殿下と婚約すべきかと」
「ふっ。婚約者が婚約を斡旋するなんておもしれー」
駄目やん。
「シャルロット。お前は本当に面白いな」
腕を取られた。月明かりみたいに静かに冴える瞳。ゲーム本編で見た、塔送り直前の覚醒モード。
詰んだ。完全に詰んだ。
私はその場に膝を突き、深々と頭を下げた。
「殿下、お聞きください。実は私は前世の記憶を持つ転生者でございます。この世界は前世でプレイした乙女ゲーム『薔薇の檻のセレナーデ』そのもので私はリリアーナさんの恋路を邪魔する敵役で、本来は学園で婚約破棄され、家督を弟に譲って田舎で慎ましく暮らすはずの女です。どうか私ではなくリリアーナさんを塔に監禁、じゃなくてリリアーナさんと結ばれてくださいませ……!」
一気に吐き出した応接間がしんと静まる。
殿下がぽつりと呟いた。
「俺の運命を全部知っててそれでも俺から逃げようとしていた女、おもしれー」
くっそー! こうなったらリリアーナの好感度を上げて、私よりもおもしろくさせたらいいんだ。
「あ、あの……シャルロット様」
リリィが、おずおずと声を上げた。
エメラルドの瞳には状況が呑み込めない純粋な戸惑いだけが浮かんでいる。
「あの、わたし何か悪いことをしてしまったのでしょうか?」
純朴な平民の編入生。
転生者でもゲーム知識保持者でもない普通のこのゲームのヒロイン。
ルートによっては背中から羽が生えたり、性格が反転して攻略対象者を監禁し始めるから多分アレは脚本家が複数人いるんだろうなって思ってた。
私は素早く立ち上がり、リリアーナの両手を握った。
「リリアーナさん。落ち着いて聞いてくださいまし。あなたに一つだけお教えしますわ」
「は、はい?」
「殿下のような高貴な御方に好かれるためには、コツがあるのです」
「でもわたしのような平民が殿下に好かれるなんて無理です」
「いいから! あなたの本性はよく知っているから! カマトトぶるな!」
「本性!?」
リリアーナは驚くが正直どうでもいい。
「冷たくすればするほどお相手の心は燃え上がるのですわ。これは王侯貴族の世界における絶対の鉄則。逆に過剰に親しくしてしまうと軽んじられてしまいますの。ですから殿下とお話なさる際はできるだけそっけなく、興味のない素振りで。それが上流階級における恋愛作法」
「は、はぁ……」
純朴なリリアーナはこくこくと素直に頷いた。
よし。あとは本人が実行するだけだ。
「殿下、リリアーナさんとお話なさいませんこと? 私、お茶のおかわりを取って参りますわ」
殿下は私の急変ぶりに僅かに眉を上げたが、興味深そうにリリィへ向き直った。
私は影から見守る。
「リリアーナ嬢。学園での生活はどうだ」
リリアーナがぴしりと姿勢を正した。
即席速習・シャルロット直伝・塩対応特訓の成果を発動する。
「………問題ございません」
殿下が目を細めた。
「殿下のお気遣いは、私のような者には荷が重うございます。お気持ちだけ頂戴いたします」
「……ほう」
「王太子殿下のお時間を私のような平民が頂戴するのは畏れ多うございます。どうぞ、シャルロット様お一人を見ていてくださいませ」
リリィは深く一礼し、踵を返そうとした。
殿下の瞳の奥に月光のように冷たく輝く覚醒モードの光が宿った。
「待て」
ふっと殿下が笑った。
「俺の好意を遠ざけようとする女、おもしれー」
来た。
来た来た来た来た。
正ルート、トゥールエンド突入フラグ点灯。
リリィのおもしれー女判定の発動と同時に、私のは相対的に下がるはず。
私は思わず両手を挙げガッツポーズを取った。
「ッシャー!」
「シャルロット」
殿下の声が上から降ってきた。
「お前、いま何を喜んでいる?」
「リリアーナさんが殿下のお気を引けてたので恐らく私はもう用済みのはずです」
「ふっ」
殿下がゆっくりと笑う。
笑いながらすっと私の腰に手を回し引き寄せた。
「俺が別の女に目を向けた瞬間に喜ぶ婚約者、おもしれーよ」
世界が停止した。
「リリアーナ嬢も面白い。シャルロットも面白いなら」
殿下のもう片方の手がすっとリリアーナの肩に置かれた。
「両方とも連れて行くしかねーな」
「は?」
殿下がふっと微笑む。
ゲーム本編エンディング、ルートが決定した時のあの笑み。
あ、終わった。
そして塔の最上階。
窓辺に並べられた二脚の椅子にリリアーナと私は並んで座っていた。
「リリアーナさん」
「はい、シャルロット様」
「お茶をお注ぎしますわ」
「いただきますわ……」
風が薔薇の香りを運んでくる。窓の格子の向こう王都の街並みが箱庭のように小さく見える。
リリアーナがぽつりと呟いた。
「わたしこの生活好きですよ。敬愛する殿下とシャルロット様との監禁生活」
さすが監禁ゲーの正ヒロイン。監禁の素養に溢れていた。上級監禁者よね。
「でもね。これはバッドエンド第十七番なのですわ」
「……えっ」
私はソーサーをそっと持ち上げ紅茶を一口、含んだ。
窓の外で夕陽が静かに沈んでいく。
おもしれー女を避ける道のりはまだまだ始まったばかり。
バットエンド No.17
『仲良し共倒れ幽閉エンド』
CONTINUE ?
▶ YES ▶NO
おもしれー女とは何なのか。それを意識したらこんな話が書けました。
バッドエンドこそがある意味ハッピーエンド。そう思えるのかもしれません。
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