第二十七章 ひとり
コルが亡くなった後、初めて、本当の意味でひとりを感じた。
旅の途中で、何度も一人でいることがあった。シスと離れて偵察することも、ひとりで廃墟を歩くことも、あった。でもそれは、物理的な「ひとり」だった。
コルがいなくなった後の「ひとり」は、違った。
最初に会った人間たちの中で、コルが最後だった。
ヴォルナのダン、ヴァスタのミア先生、ルカ、セリア。みんな、もういなかった。それぞれの時に、それぞれの場所で眠っていた。木の下に、土の中に。
コルが、最後だった。
「アンさま」とシスが言った。
「うん」
「今、どんな状態ですか」
「……重い」
「重い、とは」
「記憶が重い。会ってきた人たちの記憶が、全部ここにある。その重さが、今は辛い」
「はい」
「でも、捨てたくない。重くても、持っていたい。それが私だから」
「はい」
「ただ、重い」
シスは何も言わなかった。
私の隣を、ただ歩いていた。
しばらく、ふたりで黙って歩いた。
山道だった。グリアの近くの、静かな道だった。
「シス」
「はい」
「シスは、重くなる?」
「私も、記憶が増えています。重さを感じるかどうかは、正確にはわかりません。でも……コルのことを思うとき、演算が乱れます。それが重さと呼ぶものであれば、重いです」
「そうか」
「アンさまと同じくらいかどうかは、わかりません」
「同じくらいじゃなくていい。シスがシスなりに感じてくれていれば、それでいい」
「はい」
「シスは、何を思う?コルのことを」
シスは少しの間、考えた。
「コルは、私のことを名前で呼んでくれた最初の人間でした」
「そうだったっけ」
「はい。出会ったときから、シスと呼んでくれました。多くの人は、オートマタと呼びます。型番で呼ぶ人もいます。でもコルは最初から、シスと呼んでくれました」
「……コルらしい」
「はい。コルらしい、と思います。そのことを、今も大切に思っています」
「シス」
「はい」
「シスは、一人じゃないよ」
「はい」
「私がいる。アナがいる。コルの記憶がある。その記憶を、私たちが持っている」
「はい」
「だから、重くても歩ける」
「……はい」とシスは言った。「アンさまも、一人じゃありません」
「うん。知ってる」
「でも、言いたかったので」
「ありがとう」
道が続いていた。
山の向こうに、空が広がっていた。
◇
グリアに戻ったとき、アナが待っていた。
「アンさん」
「アナ」
「少し、良いですか」
「うん」
アナは研究室に私を連れていった。
机の上に、小さな箱があった。
「これを」とアナは言った。
箱を開けると、チップが入っていた。
「お父さんの記憶チップです」とアナは言った。
「コルの?」
「はい。お父さんが、亡くなる半年前に、自分で希望しました。記憶を残したい、と。技術を使えるうちに、やってほしい、と」
「……知らなかった」
「お父さんから、アンさんには内緒にするように言われていました」
「なぜ」
「『アンに話したら、止めるだろうから』と言っていました」
私は何も言えなかった。
「止めなかった?」と私は聞いた。
「止めませんでした。お父さんの望みだったから。それに……私も、お父さんの記憶を残したかったから」
「そうか」
「移植先は、まだありません。お父さんは、どこかに移植されたいという希望を持っていませんでした。ただ、チップに残しておきたかった、と」
私はチップを見た。
小さな板の中に、コルの六十九年分の記憶が入っていた。
「……アンさんに持っていてほしい」とアナは言った。「お父さんは、そう言っていました。アンさんに持っていてもらえれば、どこへ行っても一緒にいられる、と」
私はチップを、手のひらに乗せた。
軽かった。
でも、重かった。
「……持つ」と私は言った。「どこへ行っても、持っていく」
アナはうなずいた。
「ありがとうございます」
「礼は私が言う。コルが、残してくれたから」
「はい」
私はチップを、大切に、服のポケットにしまった。
父の研究ノートの隣に、コルの手紙がある。
その隣に、コルのチップが加わった。
重かった。
でも、持っていたかった。




