表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

第二十四章  五十年目の春

転写から五十年が経った年の春、私は父の別荘へ向かった。


シスが隣を歩いた。


新しい筐体のシスは、動きが少し違った。歩幅が、微妙に違った。でも声は同じで、話し方は同じで、三十八年分の記憶は全部そこにあった。


「シス、体は慣れた?」


「慣れてきました。最初の一ヶ月は、細かい動作の誤差が気になりましたが、今は馴染んできた感覚があります」


「馴染む、か」


「はい。記憶の中にある動作と、今の体の動作が、少しずつ一致してきました。これが慣れる、ということなのかもしれません」


「私も最初そうだったよ。この体になって最初の頃、歩き方を確かめながら歩いていた」


「そうでしたね。あのとき、アンさまはすぐに慣れていました」


「シスがそばにいてくれたから」


「そうでしたか」


「そうだったよ」


春の道を歩きながら、私は空を見た。


五十年が経った。


転写したとき、まだ十五歳だった。今の私は、十五年分の人間としての記憶と、五十年分のオートマタとしての記憶を持っていた。合わせると六十五年分になるが、体は十五歳のままだった。


老いない。


それが、今もまだ奇妙な感覚だった。


「シス、私は老いないけど、年を取った気がする」


「どういう意味ですか」


「経験が増えた。会った人が増えた。失った人も増えた。体は変わらないけど、中身は変わった気がする」


「記憶が増えた、ということではないですか」


「そうかもしれない。でも、記憶が増えるだけじゃない気がする。記憶の重さが変わってきた気がする」


「重さ、とは」


「初期の頃の記憶は、鮮明だけど軽い。最近の記憶は、深くて重い。同じ出来事でも、受け取り方が変わってきた気がする」


「それは成長、というものではないでしょうか」


「オートマタが成長するの?」


「アンさまは、オートマタの体を持つ人間だと思っています。人間が成長するなら、アンさまも成長します」


私は少し笑った。


「そういう言い方、好きだよ」


「ありがとうございます」


「父さんが聞いたら、喜ぶかな」


「……お父様ならきっと、もっと正確な定義を求めてきたと思います」


「それも正しいな」


楢の木が見えてきた。


五十年が経っても、木はそこにあった。


枝がさらに広がっていた。幹がさらに太くなっていた。根が地面をしっかりと掴んでいた。


春の葉が、青く茂っていた。


「毎年来るたびに、大きくなってるね」


「はい。楢の木の寿命は、数百年と言われています。まだまだ生きます」


「私より長生きする?」


「可能性はあります。メンテナンス次第ですが、アンさまの筐体も数百年は保つと思います。ほぼ同じくらい、かもしれません」


「なら、ずっと一緒にいられる」


「はい」


根元の盛り土に近づいた。


草が、柔らかく覆っていた。


「父さん、五十年が経った」と私は言った。「長いようで、あっという間だった。でも、いろんなことがあった。全部話したい気持ちはあるけど、今日はひとつだけ言う。シスが、また動いてる。新しい体だけど、シスがここにいる。それだけ、伝えたかった」


風が吹いた。


葉が鳴った。


「それと、コルが健康でいる。アナが、記憶転写の技術を覚えてくれてる。父さんの研究が、次の世代に渡ろうとしてる」


葉の音が、長く続いた。


「嬉しいでしょ」と私は言った。「絶対嬉しいでしょ、父さん」


木が揺れた。


まるで笑っているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ