第十七章 十年後
十年が経った。
私は変わらなかった。
白磁の外装は、旅の傷が少しついていたが、シスがこまめに補修してくれた。フォトセンサーの精度も、内部演算も、変わらなかった。記憶の容量も、まだ余裕があった。
三年前に、筐体の関節部分を一部交換した。シスと同様に、私の体も経年劣化する。記憶チップは父の設計通り健全だったが、チップを収める筐体は違う。市販のオートマタと同じ部品でできている。シスが傷めば補修し、私が傷めば補修する。それが旅の現実だった。
でも、世界は変わっていた。
戦争は続いていた。でも、形が変わった。大規模な戦線は縮小し、代わりに小さな紛争が各地に散らばった。軍の支配地域と、自治区と、無法地帯が、複雑に入り混じった地図になっていた。
私とシスは、その地図の上を歩き続けた。
グリアとヴァスタとヴォルナを結ぶ道を、何度も往復した。新しい場所にも行った。海を初めて見た。砂漠の端を歩いた。廃墟になった大都市に入ったこともあった。
出会った人の数は、もう数えていない。
名前を覚えている人もいる。顔だけ覚えている人もいる。地図を渡した、それだけの人もいる。でも全員、この記憶の中にいる。
旅の途中で、ふと気づいたことがあった。
私は、老いない。
当然のことだった。最初からわかっていた。でも、十年が経って、実感として届いてきた。
最初にそれを感じたのは、ヴァスタに立ち寄ったときだった。
コルが、十八歳になっていた。
背が伸びて、肩が広がって、声が低くなっていた。顔の輪郭が、子供のものではなくなっていた。でも目だけは、あの八歳のときと同じだった。
「アン」とコルは呼んだ。
「コル」と私は答えた。
「久しぶり」
「一年ぶりかな」
「そのくらい」コルは私を見た。「アンは変わらないな」
「変わらない」
「おれはこんなに変わったのに」
「大きくなった」
「大きくなった」コルは少し笑った。「変な感じ。アンとおれが並んで歩いたら、おれの方が背が高い」
「そうだね」
「アンが小さく見える」
「見える」
コルはまだ笑っていた。でも、どこかに寂しさが混じっていた。
「アンはこれから、ずっと変わらないんだよな」
「そうなる」
「おれは変わる。年を取る。いつか、死ぬ」
「……うん」
「それって」コルは空を見た。「アンにとって、辛くない?」
私は少しの間、黙った。
「辛い、と思う。でも、辛いということは、コルのことを大切に思っているということだから」
「それって、さっきおれが聞いたことと同じ答えだ」
「さっき?」
「八歳のとき、おれが聞いたんだ。『ぼくが死んでも、さみしくない?』って。そのとき、アンが同じことを言ってた。さみしいって感じることは、誰かと一緒にいたということだから、と」
「……覚えてたんだ」
「覚えてる」コルは私を見た。「あのとき、その答えで、なんか安心した。十年経っても、同じことを言うんだな」
「同じことを、思っている」
コルはうなずいた。
「……おれも、同じことを思う。アンと会うたびに、次に会えるかわからないって思う。でも、それがあるから、会うたびに、ちゃんと話しようって思う」
私は何も言えなかった。
コルが、大人になっていた。
それがうれしくて、寂しかった。
◇
その旅の途中、ミア先生に会った。
ヴァスタの学校は、十年で大きくなっていた。子供だけでなく、大人も通うようになっていた。読み書きを学び直す人、地図の読み方を覚える人、医療の基礎を習う人。
ミア先生は四十代になっていた。眼鏡は同じだったが、白髪が増えていた。でも声は変わらなかった。
「アン、また来てくれた」
「グリアからの帰りです。セリアさんから、返事の手紙を預かりました」
「十年越しの返事ね」とミア先生は笑った。「セリアさんらしい」
「丁寧に書かれていました」
封筒を渡すと、ミア先生はすぐには開けなかった。胸に当てて、少し目を閉じた。
「いつか行けると思っていた。でも十年、ここを離れられなかった」
「先生がここにいたから、この学校があります」
「行きたいという気持ちと、ここにいるべきという気持ちが、ずっと半々でした。今もそうです」
「どちらが正しいということは、ないと思います」
「あなたは、旅に出ることを選んだ」
「はい。でも、先生はここに残ることを選んだ。どちらも、誰かの役に立っています」
ミア先生は封筒を見た。
「セリアさんは、お元気?」
「お元気です。相変わらず、的確で、温かい人です」
「そう」先生は微笑んだ。「返事を書く。また持っていってくれる?」
「はい。次に来るときに」
「ありがとう、アン」
先生の手に、細かい皺が増えていた。
十年、子供たちに教え続けてきた手だった。
◇
ダンに会ったのは、グリアだった。
春が終わると言っていたダンは、翌年の秋にグリアへ来た。二十三人を連れて。コルも一緒だった。コルはその後、ヴァスタとグリアを行き来しながら、グリアで農業の手伝いをするようになった。
ダン自身は、グリアに根を下ろした。
十年後のダンは、五十代になっていた。顎鬚が白くなっていた。動きが少し緩やかになっていたが、目の力は変わらなかった。
「アン、また来たか」
「はい。今年も来ました」
「毎年来るな」
「グリアに来るたびに、ダンさんがいるから」
「いつまでもいるわけじゃないぞ」とダンは言った。笑いながら言った。でも冗談ではなかった。
「……わかっています」
「俺は人間だからな。いつか、いなくなる」
「はい」
「そのときは、楢の木でも植えておいてやる」とダンは言った。「覚えていてくれ」
「覚えています。全部、覚えています」
ダンは私の頭に、大きな手を置いた。
一瞬だけ、置いた。
それから外した。
「飯を食っていけ。今日は豆のスープがある」
「いただきます」




