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夕方の光が差し込んでいた。
オレンジ色の光が、クライミングウォールの凹凸を長く引き延ばしている。
喧騒は、もうどこにも残っていない。
俺はマットの上に寝転んでいた。
背中に広がる柔らかい感触。
体育館の天井を見上げると、梁の影がゆっくり揺れている。
静かだ。すべてが、もう遠い。
右腕を少し持ち上げる。
感覚が鈍い。
拳を握ったつもりでも、うまく力が入っているのか分からなかった。
あと一手だった。
頭の中で、何度も同じ場面が再生される。
最後の課題。
ゴールホールドまで、ほんの少し。
右足を乗せて、身体を引き上げる。
次の瞬間、バランスが崩れた。
指先が、空を掴んだ。
マットに落ちるまでの数秒が、やけに長く感じた。
目を閉じる。
そのまま右腕を持ち上げ、額の上に乗せた。
光を遮るように、目を隠す。
赤が、腕の向こうから滲んでくる。
優勝。
その言葉が、頭の奥で響いた。
ほんの少し届かなかっただけなのに。
たった一手だったのに。
喉の奥が、じわりと熱くなる。
「……くそ」
声が、漏れる。
誰もいない体育館に、小さく落ちた。
もう一度、壁を見上げる。
さっきまで登っていた課題が、そこに残っている。
色の違うホールドが、ゴールまで続いている。
今なら、分かる。
腕で目を覆ったまま、奥歯を噛みしめた。




