二つのきらきら【AI作品】
あおいの家は学校のすぐ隣にある。
犬のソラを散歩に連れていくとき、家を出てすぐに学校の前を通る。海沿いの道をぐるっと回って、また学校の前を通って家に戻る。いつもそのルートだ。
***
玄関を開けると、ソラが尻尾を振って飛びついてきた。
茶色い毛がふわふわと揺れる。黒い瞳がまっすぐにあおいを見上げている。
リードをつけて、外に出る。
午後の日差しが眩しい。
すぐ隣の学校の校庭が、フェンス越しに見えた。
鉄棒に誰かがぶら下がっている。
波多野くんだ。
逆上がりの練習をしているみたいだった。鉄棒に足をかけようとして、何度も滑り落ちている。
昨日の体育の授業。
クラス全員で逆上がりに挑戦した。みんな、一人ずつ順番に。できる子はすぐにくるっと回った。できない子は何度も挑戦していた。
波多野くんだけが、最後までできなかった。
前の席だけど、あまり話したことがない。朝の挨拶くらい。良くも悪くもない。ただの同級生。そういう印象。
ソラが引っ張る。
あおいは学校を後にして、海の方へ歩き出した。
***
海沿いの道に出る。
アスファルトの道が、まっすぐに伸びている。右側は防波堤。左側は畑と民家。
潮の匂いがした。
引っ越してきたばかりの頃のことを思い出す。
お父さんの仕事が在宅勤務になったのは、何年か前だった。リビングでパソコンに向かって仕事をするお父さん。会社に行かなくてよくなったお父さん。
「地元に帰りたいな」
お父さんがそう言っていたのは覚えている。
この島が地元らしい。お父さんが子供の頃に住んでいた場所。
でも本気だとは思っていなかった。都会で生まれて、都会で育った。あおいにとって、地元は都会だ。
それなのに本当に引っ越してしまった。
都会から、この島へ。
嫌だった。
友達と別れるのも嫌だった。知らない学校に行くのも嫌だった。
何もない場所。
そう思っていた。
少し歩くと、ソラが突然走り出した。
右手の防波堤が途切れている。そこから砂浜へ降りる道が見える。ソラはそれを見つけたみたいだった。
あおいは引っ張られて、一緒に駆ける。リードが手に食い込む。ソラの茶色い毛が風になびいている。
防波堤の切れ目を抜けて、砂浜に降りた。
ソラが何か見つけたみたいだった。鼻を砂につけて、匂いを嗅いでいる。
きれいな貝殻。
白くて小さくて、つるつるしている。ソラが鼻で突いている。転がる貝殻。また追いかけるソラ。
あおいはしゃがんで、貝殻を拾い上げた。
手のひらに乗せる。軽い。
光に透かすと、薄く青い色が見えた。内側には細かい筋が走っている。自然が作った模様。
ソラが嬉しそうに吠える。
「きれいだね」
あおいは貝殻をポケットに入れた。
ソラがまた走り出した。
波打ち際に向かって。足跡が砂に残る。あおいの足跡と、ソラの足跡。
***
海岸を歩く。
波が静かに寄せては返す。
白い波が砂を撫でる。また引いていく。また寄せてくる。
都会に比べて何もない。
引っ越してきたばかりの頃は、そう思っていた。
コンビニもない。ゲームセンターもない。映画館もない。本屋も小さい。友達もいない。
何もない。
でも…。
海が広がっている。
どこまでも青い海。水平線が遠くに見える。空と海の境目。
水面がきらきらと光っている。
太陽の光を反射して、無数の光の粒が踊っているみたいだった。波の一つ一つが光を跳ね返す。きらきら。きらきら。
沖の方に、のり養殖の施設が見える。
黒い柱が規則正しく並んでいる。海の中に立っている柱。その間にロープが張られている。島の人たちが海で働いている証拠。
都会にはなかったもの。
ここにしかないもの。
***
小さな漁港が見えてきた。
白い灯台。青い船。茶色い網。
女の子の友達ができたのは、つい最近のことだ。
クラスの隣の席の子。みお。明るくて、よく笑う子。
「あおいちゃんって、都会から来たんだって?」
最初に話しかけてくれたのは、その子だった。
「うん」
「すごいね。私、都会に行ったことないんだ」
「ここも、悪くないと思うよ」
そう言ったら、その子が笑った。
「ありがとう」
それから友達になった。
学校にも、島にも、少しずつ慣れてきた。
朝、学校に行くのが少し楽しくなった。
漁港には、いつものおじさんがいた。
船の手入れをしている。ロープを巻いたり、網を直したり。日に焼けた顔。しわの深い手。
「やあ、あおいちゃん」
おじさんが手を振った。
「こんにちは」
あおいも手を振り返す。
「今日もいい天気だね」
空を見上げるおじさん。雲一つない青空。
「はい」
「ソラも元気そうだ」
ソラがおじさんに駆け寄る。おじさんがソラの頭を撫でた。ソラが嬉しそうに尻尾を振る。
「また来るよ」
「ああ、気をつけてな」
短い挨拶。おじさんはまた作業に戻った。
ソラが漁港の匂いに興味を示している。魚の匂い。網の匂い。海の匂い。潮風と、船の匂い。
あおいは漁港を後にして、また海沿いの道を歩き始めた。
来た道を戻る。
アスファルトの道をまっすぐ進む。右手の防波堤の向こうに、海が見える。まだきらきらと光っている。
畑と民家を通り過ぎる。やがて、学校の校舎が見えてきた。
***
学校の前に戻ってきた。
フェンス越しに校庭が見える。
波多野くんが、まだ鉄棒にいた。
額に汗がきらきらと光っている。
手が真っ赤になっている。何度も何度も鉄棒を握っているから。
波多野くんは一度、手を止めた。息を整えている。それからまた鉄棒に向かった。
胸がどきどきした。
思わず目を逸らした。
どうして?
足が止まる。
どうして目を逸らしてしまったのだろう。
波多野くんは黙々と練習を続けている。誰も見ていない校庭で。一人で。
額の汗が、太陽の光を受けて、きらきらと輝いている。
あおいは立ち止まったまま、何かを考えようとした。
でも言葉にならない。
ソラがあおいのズボンを引っ張った。
早く行こう、と言っているみたいだった。
あおいはソラに引っ張られて、歩き出した。
家の方へ。
波多野くんの姿が、視界から消えていく。
でも、あの汗のきらきらがまだ目に残っていた。
***
おしまい




