第9話 転売ヤーヒナタ
いくとは街の中央広場を横切りながら、歩みを少し緩めた。
掲示板の前で立ち止まっている人が数人。
素材袋を背負ったプレイヤーが、小走りで通り過ぎていく。
露店を片付ける音が、短く混じる。
RMTマーケットを開く。
価格の並びが、少しだけ動いている。
――そろそろ効率も考えないとな。
そう思ったところで、
広場の端、柱の影に立っている人が目に入った。
動かない。
ずっと、画面を見ている。
「……ヒナタ?」
声をかけると、少し間があって返事が来る。
「ああ。いくと。ひさしぶり」
視線は、まだマーケットのままだ。
「また、ずっと見てるの?」
「見てる」
「いつから?」
「さっきから」
「“さっき”ってどれくらい?」
「ここに立ってから」
答えになっているようで、なっていない。
ヒナタは、昔「みんなの酒場」にいたことがある。
今は、お互いそこにはいない。
物価の動きを読むのが異様にうまくて、
運営の10%手数料があっても、転売だけで生活を回している。
その事実だけで、十分だ。
「相変わらずだね」
「そっちも」
ヒナタは、ようやく顔を上げた。
「最近、売り方変えた?」
「ちょっとだけ」
「数字、きれい」
褒めているのかどうか、よく分からない。
次の瞬間。
ぐいっと、腕をつかまれた。
「……え?」
「一緒に狩り、行く?」
即断だった。
「今?」
「今」
「話、飛びすぎじゃない?」
「効率いい」
その横から、声が飛ぶ。
「ねえ、まって!」
まもりが、いくとの腕を引き戻す。
「私もいるんだけど? ヒナタさん?」
「……さん?」
ヒナタが首を傾げる。
「なんで?」
「なんとなく。とりあえずね」
まもりは、ぴったりくっついたまま離れない。
「普通、お嫁さんの前で旦那に抱き着いたりしないの」
「お嫁さんの前じゃなくてもよ!」
「抱き着いてない」
ヒナタは真顔だ。
「腕にしがみついただけ」
「違いがよくわからないわ」
「安全度が違う」
「どう違うのよ!」
近くを通ったプレイヤーが、一瞬だけこちらを見る。
「……束縛系?」
「ちがうわよ!!!」
声が少し響いた。
「まあいい」
ヒナタは気にしない。
「じゃあ、危ないときだけ」
「普通は、そういうことしちゃいけません。分かった?」
「分かった」
そう言った直後、
いくとの装備のすそをつまむ。
「それもだめ!!」
「安全」
「全然安全じゃない!」
「やっぱり束縛系」
「だから違うって言ってるでしょ!!!」
いくとは、咳払いして話を戻す。
「ヒナタ。今、効率よく稼ぐなら何がいい?」
ヒナタは、少しだけ黙る。
広場の奥で、
パーティ募集の声が一度だけ流れた。
「……もうすこしで、イベント来る」
「何系?」
「回復薬」
「理由は?」
「みんな、減る」
「言い方!」
「事実」
短い。
でも、外していない。
「……ありがと」
「内緒」
「分かってる」
回復アイテム。
作れるだけ作って、
始まったら一気に出す。
考えは、すぐ固まった。
「よし」
「決めるの早い」
「考えてる時間ないからね」
いくとは、まもりを見る。
「採取行くけど、どうする?」
まもりは、まだヒナタを一度だけ見てから言う。
「……ついていく」
「理由は?」
「モンスター、邪魔でしょ」
「助かる」
「当然です」
三人で、街の外へ向かう。
背後では、
露店を閉じる音と、
走り去る足音が、短く混じっていた。
いくとは、次に向かう採取地を思い浮かべながら、
歩調を少しだけ早めた。




