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第6話 認識のズレ・夢

ヘッドセットを外すと、部屋が静かになった。


さっきまで響いていた効果音も、

ワールドチャットの流れもない。


生人いくとは椅子から立ち上がって、軽く肩を回す。

目の前には、いつものリビング。

少し散らかったテーブルと、使いかけのマグカップ。


「……さすがに今日は疲れた」


そう言ったところで、ソファのほうから声が返ってくる。


「ねえ」


真守まもりだった。

クッションを抱えて、足を伸ばしている。


「明日さ」


「うん?」


「映画、行こう」


生人は少しだけ間を置いてから頷く。


「いいよ。久しぶりだね」


「でしょ」


真守は満足そうに笑う。


「明日ね。朝から」


「何時?」


「10時」


「了解」


「遅れないでよ?」


「……がんばる」


「がんばるじゃない」


即ツッコミが飛んでくる。


「起きるの」


「はい」


何の映画を見るかは聞かない。

聞いても意味がない。


決めるのは、いつも真守だ。


「今回もアクション?」


「うん」


「だよね」


「なに?」


「いや、案外好きだなって」


「案外?」


真守が眉を上げる。


「案外でもないか。戦闘民族だし」


「誰が戦闘民族よ」


「真守」


「それ褒めてる?」


「たぶん」


「たぶんかい」


そのまま寝る準備をする。


布団に入る前、生人はスマホを手に取る。

アラームを設定する。


1つ。

もう1つ。

念のため、さらに1つ。


「3つも?」


真守が横から覗き込む。


「保険」


「遅れたらどうなるか、分かってる?」


「……機嫌が悪くなる」


「そう」


即答だった。


電気を消す。


横になりながら、生人は天井を見る。


久しぶりに、

VRゲーム以外の予定。


「なんか不思議だな」


「なにが?」


「ゲームじゃない外出」


「でもさ」


真守が言う。


「ゲームは収入にもなってるでしょ」


「まあね」


「じゃあ、どっちもってことで」


「だね」


そう言って、目を閉じる。


生人自身も、少し楽しみにしていた。


――――


朝。


アラームが鳴る前に、生人は目を覚ました。


時計を見る。

9時。


「……よし」


起き上がって、顔を洗う。


リビングに行くと、

真守はもう準備万端だった。


服も決まっているし、

バッグも置いてある。


「早くない?」


「当たり前」


「10時だよ?」


「だから」


真守は腕を組む。


「生人、早く準備してよー」


「分かってるよ」


「その『分かってる』、信用低いから」


「ひどい」


急いで着替える。


靴を履いて、家を出る。


「鍵、閉めた?」


「閉めた」


「ほんとに?」


「……今閉めた」


「確認は大事」


歩きながら、どうでもいい話をする。


「ポップコーン、食べる?」


「食べる」


「塩?」


「塩」


「大きいやつ?」


「大きいやつ」


映画館が見えてくる。


その瞬間、真守の歩幅が少し大きくなる。


「あ、見えてきた!」


「早いね」


「テンション上がる」


「いつもの真守だ」


「なにそれ」


真守は振り返って、生人を見る。


「ねえ」


「うん?」


「今日さ」


「うん」


「寝不足とか言わないでよ?」


「言わない」


「ほんと?」


「ほんと」



車道に近づいた、その瞬間だった。


音は、ほとんど聞こえなかった。

ただ、視界の端に影が流れ込んでくる。


生人いくとは、それを見る。


白い車。

近い。

速い。


――避けなきゃ。


そう思った、はずだった。


でも、体が動かなかった。

判断が遅れたのか、

判断そのものが間に合わなかったのか。


ただ、立ち尽くしていた。


本当に、一瞬の出来事だった。


視界が白くなる。

衝撃が来る前に、

意識が、途切れる。


――――


「……っ!」


生人は、勢いよく起き上がった。


息が乱れている。

心臓が、早い。


天井が見える。

見慣れた、部屋の天井だ。


「……夢?」


そう呟いて、周囲を見る。


隣で、真守まもりも身じろぎした。


「……なに?」


眠そうな声。


生人は、少し迷ってから聞いてしまう。


「俺さ……車にひかれてなかった?」


真守は、しばらく黙ってから、眉をひそめる。


「……は?」


「いや、その……」


言葉にするほど、変だと分かる。


「どんな夢見てるのよ」


「……だよね」


生人は、額を押さえる。


夢か。

そうだ。夢だ。


さっきまでの感覚が、やけに生々しいだけだ。


深呼吸をして、布団から出ようとすると、

真守が起き上がらないことに気づく。


「……どうしたの?」


真守は、少し顔をしかめていた。


「なんか……今日、すごく具合悪い」


「え」


「頭も重いし、体もだるい」


声に、いつもの軽さがない。


生人は、そこで初めて違和感を覚える。


言葉は、普通だ。

やり取りも、いつも通りのはずだ。


でも――

どこか、ずれている。


まるで、

V()R()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


音は届いているのに、

距離があるような、不自然さ。


「……映画、どうする?」


生人が聞く。


「今日は、無理かな」


「そっか」


一拍置いて、生人は言った。


「じゃあ、病院行こう」


真守は、少し驚いたように生人を見る。


「……うん」


短く、そう返事をした。


生人は、もう一度、さっきの夢を思い出す。


立ち尽くしていた自分。

避けられなかった車。


胸の奥に、

言葉にできない違和感が残っていた。


それでも、生人は立ち上がる。


今日は、病院に行く。

それだけは、はっきりしていた。

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