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第3話 今日はどこ行く?

 風呂から上がると、部屋の明かりは少しだけ落としてあった。

 湯気がまだ残っていて、床はほんのり温かい。


「先にログインしてるね」


 そう言うと、彼女はソファから手を振る。


「はーい。あとで行く」


 それだけだ。

 特別な言葉はいらない。

 もう一緒に暮らしているし、夫婦だ。


 俺の名前は、泉生人いずみ・いくと

 現実でも、エタフロでも、同じ名前を使っている。


 妻の名前は、泉真守いずみ・まもり

 エタフロでも、プレイヤーネームはまもりだ。


 ――そして、ここから先は現実じゃない。



 ログインした瞬間、

 現実の気配はすべて途切れた。


 音も、距離も、重さも。

 世界が一度、まっさらになる。


 次に立っていたのは、王都近くの小さな村だった。

 石造りの家が並び、道の端には乾いた草が揺れている。

 遠くには城壁が見えて、その向こうに、さらに広い世界が続いているのが分かる。


 王都とは違って、人は少ない。

 その分、空気がよく流れていた。


 加工台の前で立ち止まり、少し考える。

 今日は何をしようか。


 ――そのとき、世界に声が混じった。


「どこにいるのよー」


 まもりだ。

 エタフロの空気に、そのまま溶け込む声。


「王都の近くの村」

「珍しいとこにいるじゃない」


「たまにはね」


「動いてるの? それともまた地味なことしてるの?」


 少し笑ってしまう。


「今から加工しようかなって思ってた」


「いくとー」

「加工は地味だからやりたくないー」


 即答だった。


「景色、ずっと同じだもん」

「動いてない感じするし」


 確かに、その通りだ。


「じゃあさ」

「採掘しに行こうか」


「採掘?」


「この近くの採掘場、モンスターも出る」

「まもりも退屈しないと思う」


 一拍。


「賛成」

「すぐ行く」


 少し間があって、視界の端に影が走る。

 土煙を上げて、馬が村道に入ってきた。


「待たせたー」


 まもりは軽く手を振る。

 相変わらず、装備は戦闘職仕様だ。


「近いって言ったのに」

「馬のほうが楽でしょ?」


「まあね」


「それに」

「こうやって走ってると、景色が変わるのが楽しいの」


 確かに、村を抜けるだけで、世界はすぐに顔を変える。

 道が土に変わり、草原が広がり、遠くに岩山が見える。


 エタフロは、とにかく広い。

 同じ場所に留まっていると忘れがちだけど、

 少し動くだけで、まったく違う世界が現れる。


「ねえ」

「戦闘しなくていいの?」


 まもりが聞いてくる。


「したいことしてるだけだから」


 返事は、それだけだった。


 採掘場は、岩肌が剥き出しになった谷だった。

 鉱脈がいくつも走っていて、ところどころにモンスターの気配がある。


「いいね、ここ」

「ちゃんと危ない感じする」


「だろ」


 俺がツルハシを構えると、

 まもりは自然に一歩前に出た。


「任せて」

「湧いたら片付けるから」


 カン、と音が響く。

 岩に刃が入る感触が、腕に伝わる。


 欠片が落ち、鉱石が姿を見せる。


「ほら」

「またいいの出てる」


「ほんとだ」

「相変わらず運いいよね」


「普通だと思ってるけど」


「それがもうおかしい」


 少し離れた場所でモンスターが動く。

 まもりが軽く踏み込んで、あっという間に片付ける。


「ねえ」

「こうやってさ」


 戻ってきながら、まもりが言う。


「生活職でうろうろして」

「たまに戦って」

「世界、ぐるっと回って」


「うん」


「結構、楽しいよね」


 言葉は軽い。

 でも、その声は、ちゃんとこの世界に馴染んでいた。


 採掘を続けながら、景色を眺める。

 空は高く、風が流れ、遠くの山の輪郭がはっきり見える。


 エタフロは、

 やることを選ばせてくれる。


 戦ってもいい。

 働いてもいい。

 ただ歩いていてもいい。


 そして、隣にはいつも、まもりがいる。


「ねえ、次どこ行く?」

「このまま奥行く?」

「それとも戻って料理する?」


「どっちでもいいな」


「じゃあ、気分で決めよ」


 そう言って、まもりは笑った。



 採掘場の奥へ進むにつれて、人が増えてきた。

 谷の壁沿いには、すでにいくつものプレイヤーが散らばっている。


 誰かは鉱脈に向かって黙々とツルハシを振り、

 誰かはモンスターを引き寄せて狩り、

 誰かはその横で料理台を広げて、簡単な回復食を作っていた。


 少し離れた場所では、荷車を止めて素材を整理しているプレイヤーもいる。

 採掘場の中なのに、やっていることは本当にバラバラだ。


「相変わらず混んでるね」

「人気あるからな、ここ」


 俺は空いている岩肌を見つけて、ツルハシを振る。


 ――カン。


 音が、ひときわ軽かった。


 欠片が崩れ落ち、

 中から、澄んだ色の鉱石が現れる。


「……え」


 近くにいたプレイヤーが、ちらっとこっちを見る。


「今の、早くない?」

「え、もう採れたの?」


 もう一度、ツルハシを振る。

 ――カン。

 ――カン。


 他の人より、明らかに速い。


 しかも、採れる鉱石はどれも純度が高い。

 不純物がほとんど混じっていない、綺麗なやつばかりだ。


「ちょっと待って」

「その鉱石、純度いくつ?」


 声をかけられる。


「えっと……」

 確認する。

「72だから高め、かな」


「……72?」

「この鉱脈で?」


 周りの視線が、少し集まる。


 まもりは、その様子を横で見て、にやっと笑った。


「ねえ」

「いつもの、あれ使ってよ」


「……あれ?」


「プチファイア」


 いたずらっぽい声だ。


「またそれか」

「超初級魔法だぞ?」


「でも楽しいから」

「ほら、プチファイア」


 仕方なく、手を前に出す。


「……プチファイア」


 小さく、そう言った。


 ――次の瞬間。


 業火が上がった。


 一点に灯るはずの小さな火は、

 一気に広がり、爆ぜるように燃え上がる。


 熱が走り、

 採掘場一帯を包むように、火が抜けていった。


 モンスターたちは、抵抗する間もなく消える。


 一瞬、静かになった。


「……は?」


 誰かが、間の抜けた声を出す。


「今の、何の魔法?」

「火属性の上級魔法だよな?」

「詠唱、聞こえなかったぞ」


 話しかけられる。


「どんな火属性魔法なんだ?」

「スキル名、教えてくれないか?」


 俺は、少し困って答える。


「……プチファイアですけど」


 一拍。


「はは」

「面白い冗談言うね」


 そう言って、相手は首を振り、去っていった。


 ――ほんとなんだけどな。


 そう思いながら、火の消えた地面を見る。


「やっぱり!」

 まもりが、嬉しそうに言う。

「ほら!」

「いくとのプチファイア、異常なんだって!」


「いや」

「魔力量、全然ないから」

「プチファイアしか撃てないだけだよ」


「それでこれなのがおかしいの」


 まもりは、倒れたモンスターのドロップ品を拾いに走る。


「見て」

「みんな、すごい顔してたわよ」


 自分のことのように、少し得意げだ。


 俺は、ツルハシを持ったまま、少し考える。



 ――たぶん、

 俺はスキルの取り方を、どこかで間違えている。


 魔力純度。

 魔力錬成。


 魔法使いを目指していた頃、

 その2つだけを、最優先で上げた。


 攻略wikiにも書いてあった。

 魔力純度と魔力錬成は、最初のスキルツリーで最低限だけ取るものだ、と。


 あとは魔力量。

 そして属性魔法を伸ばしていく。

 それが定石で、みんなそうしている。


 俺も、そうするつもりだった。

 ……最初は。


 でも、よく分からないままポイントを振って、

 気づいたら戻れなくなっていた。


 魔力量は、最低限。

 属性魔法も、ほとんど取れていない。


 結果、撃てる魔法は超初級ばかり。

 魔法使いとしては、完全に失敗だ。


 だから俺は、そう思っている。


 ――スキルを、間違えて取ってしまったんだと。



 俺は知らなかった。

 魔力純度と魔力錬成を、両方MAXにしたときだけ開放される隠しスキルの存在を。


 ――《魔力操作・極》。



 それが、

 魔法だけじゃなく、

 採取も、加工も、錬金も、料理も。


 生活職すべてに影響していることを、

 このときの俺は、まだ知らない。



 知らないまま、

 ただ「変だな」と思いながら、

 今日もツルハシを振っている。


「ねえ」

 まもりが戻ってくる。

「次、奥の鉱脈行こ」


「了解」


 世界は、まだ広い。

 俺は、自分が何を掴んでいるのかも知らないまま、

 その中を歩き続けていた。

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