表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】闇纏いの魔女と黎明の騎士【コミカライズ決定】  作者: 村沢黒音
第6章 ハザリー家の策略編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/63

9 光の下へ


 アンジェリカのメモを見つけた、翌日。

 夜の間、ルシルはずっとアンジェリカについて考えていた。

 それはジークも同じようだった。朝、騎士団に出勤すると、ジークが神妙な顔で近付いてきた。


「少し話せないかな?」


 ルシルは頷いて、席を立った。

 ジークが向かったのは、騎士団本部の最上階――屋上だ。


 ルシルにとっても覚えがある場所だった。この場でケイリーがザカイアを蘇らせようとして、ルシルたちは彼と対決した。

 あの時は、不気味な闇が辺りを覆い尽くしていた。だけど、今は朝日が差しこみ、澄んだ空気が辺りを満たしている。

 ジークは柵際まで歩み寄ると、ランドゥ・シティの街並みを見渡した。


「あれからアンジェリカのことを考えていた」

「私もよ。でも、ごめんなさい。どうしてもわからないの。アンジェリカがどうして私を選んだのか……」


 ルシルは少し迷ってから、彼の隣に立つ。


「アンジェリカが君を蘇らせたのは、ロイスダールに命令されたからじゃない。アンジェリカの意志だった」


 その声に力強い感情が宿っていることに気付いて、ルシルは横を向いた。

 ジークはじっとルシルを見つめていた。


「アンジェリカは君を信じていた。そして、君にすべてを託したんだ」

「でも、私は稀代の悪女と呼ばれていたのに……」

「アンジェリカのメモに書いてあっただろ。君は、アンジェリカにとっての『希望』だった。君はきっと、アンジェリカに希望を見せてあげることができたんだろう。……俺にはできなかったことだ」


 彼の瞳には、悔いるような色が浮かぶ。


「……俺はアンジェリカを笑顔にさせることは、一度もできなかった」


 ジークは柵を強く握りしめた。


「俺は……アンジェリカを苦しめたロイスダールを許せない。あいつがまだ何か悪事を企んでいるのなら、それを食い止めたい。アンジェリカも同じことを願っていた。君にロイスダールとザカイアを止めてほしいと」

「私……わからないの……。私がこうして生きていられるのは、アンジェリカが自分の命を犠牲にしたから……。それが本当に正しいことだったのか……。私はアンジェリカの代わりに、こうして生きていてもいいの?」

「それなら、俺からお願いするよ。――君には、アンジェリカの代わりに生きてほしい。そして、彼女の最期の願いを叶えてあげてほしいんだ」

「ジーク……」

「俺もそのために生きたいと思う。これからはこの剣で君を守る。アンジェリカが希望を託した、君のことを」

「あなたはそれでいいの? だって、ジークはアンジェリカのことが……」


 ジークはルシルから目を逸らし、遠い空を見上げる。

 思いをこめた声で呟いた。


「――彼女のことは、大事に思っていたよ。家族のように」


 ルシルは息を呑む。


 咄嗟にごめんなさいと言おうとして、やめる。その言葉は、彼の決意を踏みにじることになる。

 だから、代わりにこう言った。


「私も、アンジェリカの期待に応えたい。これからは私たち、戦友ね。『アンジェリカの願い』という旗を一緒に掲げるの」

「戦友か……。いいな、それ」


 ジークはほほえんで、ルシルに手を差し出した。


「よろしく――ルシル」


 その手をルシルは迷わず握りしめた。


(アンジェリカ……なぜ、あなたが私を選んだのかはわからない……。ロイスダールがどうして、私のことを『黄昏の子』と呼んでいたのかも……)


 視線の先に、日の光が差しこむ。

 輝くほどの陽射しは、街並みを柔らかく染め上げている。


(でも、アンジェリカが決死の思いで託してくれた、希望……。必ず、繋いでみせるわ)


 『任せて』とルシルは胸中で呟いた。

 ――たった1人で父に抗い、巨悪へ挑んだ、勇気ある少女へ向けて。


 その時、背後で物音がした。

 振り返ると、レナードが立っていた。


「こんなところにいたのか」

「リオ」

「レナード」


 ジークは茶目っ気をにじませ、肩をすくめる。


「彼女とは、ちょっと話していただけだよ。過保護な保護者さん」

「誰が保護者だ」


 レナードはこちらへとやって来ると、欄干の向こうに広がる街を眺めた。


「アンジェリカのことを話していたのだろう。……俺も、あれから考えていた。それで、気付いたことがある」


 風が流れ、ルシルの黒髪を揺らす。静かな空気が満ちる中、レナードは続けた。


「アンジェリカは、幼い頃からロイスダールに教育されていた。日誌を読む限り、洗脳に近い状態で育ったと見ていいだろう。だが、彼女は闇に染まらなかった。それはなぜだと思う」


 そう言って、レナードはジークを見る。その眼差しで、ルシルも彼の意図を悟った。


「……ああ、なるほど。私も、わかる気がするわ」


 ただ1人、話を理解できていないジークは戸惑いをにじませる。


「どうしてだ……?」


 その問いに――レナードは珍しくほほ笑んだ。

 穏やかで優しい笑みが、朝日によって照らされる。


「ジーク、君が彼女のそばにいたからだ」

「……俺が……?」


 呆然と呟いてから、ジークは目を伏せた。

 悔いるような声で言う。


「俺は、何にもしてないよ。ただの馬鹿で、考えなしで……アンジェリカの事情なんて何も知らず、能天気に遊びに誘ってただけだった」

「それでよかったんだ」


 レナードは静かに言う。


「君は彼女を、あの薄暗い地下室から外へ連れ出した」

「そうね。光のあたる場所へ。あなたが彼女を導いたのよ」


 3人は街へと視線を向けた。

 陽光に包まれる屋根の群れ。大通りを行き交う人影。

 爽やかな風が吹く中で――彼らは同じ思いを胸に抱いていた。


「……俺は、アンジェリカの役に立てたのかな」

「ああ」

「もちろんよ」


 答えは重なり、揺るぎなく響く。


 そのまましばらく、3人は並んで街を見渡していた。


 川の向こう側から昇った太陽が、徐々に高度を上げていく。朝日が差しこむと、ビルの合間の濃い影は、ゆっくりとほどけていった。

 3人で見下ろしたその光景は――夜の名残を押しのけて、新しい1日の始まりを告げていた。




 ◆ ◇ ◆




 ――この世には、何も楽しいことはない。


 それをアンジェリカが悟ったのは、物心ついてすぐのことだった。

 周囲の家庭を見れば見るほど、自分の家がいかに異質かを知った。


「ザカイア様は素晴らしい」


 父は毎日のようにくり返した。

 母の名より、アンジェリカの名よりも、父はザカイアの名を呼んだ。


 ザカイア・キングストン。

 父にとっては絶対にして唯一。

 神に等しい存在だった。


 彼のために生き、彼のために死ぬことこそ、至上の喜びだと信じこんでいた。

 空虚なアンジェリカの心にも、その信条はするりと忍びこむ。


 子供にとって、親は絶対だ。親の価値観が世界を構築する。

 ザカイア様のために死ぬ――それはアンジェリカにとっても、唯一で絶対であった。


 しかし、ある日から流れが変わった。


 ――こんこん、と扉が叩かれる音。


「こんにちはー! アンジェリカ、いますか?」


 アンジェリカが扉を開けると、ジークが笑顔で立っていた。

 背後にはきらきらと日差しが広がっている。


「アンジェリカ! 今日はみんなが川に釣りに行こうって! 君も来るだろう?」


 長い間、父と2人きりの閉ざされた空間にいたアンジェリカには、その光はあまりにも眩しかった。


「――うん」


 小さく答えて、ジークの下へと向かう。

 闇に沈んでいた足を、光の中へと踏み出したのだった。



 ◆ ◇ ◆



見ていただきまして、ありがとうございます。

続きの更新は、来年を予定しています。



【次回予告】


「ルシル様なら、きっと……」


それは闇の中で育った少女の、淡い願いだった。


「アンジェリカ。あんたの固有呪文の意味は何なの?」

「……お砂糖いっぱいのミルク」

「何それ。やっぱり変な子ね、あんた」


悪女は馬鹿にしたように笑う。

そんな彼女の顔を、アンジェリカは静かに見つめていた。



第三部『師弟の絆』


2026年2月頃、更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(10/3金)1巻発売します!
html>
― 新着の感想 ―
ジークと分かり合えて良かったε-(´∀`*)ホッ戦友…いい響きですね!2月頃までのんびりお待ちしてます\(^o^)/
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ