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【書籍化】闇纏いの魔女と黎明の騎士【コミカライズ決定】  作者: 村沢黒音
第6章 ハザリー家の策略編

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6 空中戦


 風を切る音が耳を叩く。


 ルシルの箒は、崖の壁面すれすれを飛ぶ。いや、ほとんど落ちている。落下スピードであれば、早さに優劣はつかない。そのため、ジークの箒がどれだけ早くても、落ちている限りは追いつかれない。


 崖の岩肌からは、枝や倒木が突き出している。ルシルは巧みに箒を操り、その下へともぐりこんだ。


 ジークの箒が接近してくる気配を感じる。

 その瞬間、


「タナト・フェロウ!」


 その瞬間、掌から放たれた光が爆ぜ、周囲を白く染め上げた。

 閃光に目を奪われたジークは一瞬、動きが鈍くなる。その隙にルシルは上方へと飛ぶ。

 ジークの箒よりも高く――。

 彼の頭上をとった。ルシルは素早く掌を向ける。


「タナト・フェロウ!」


 光が彼へと向かって放たれる。犯罪者を拘束するときに使う、捕縛魔法だ。

 空中で急な方向転換は不可能――逃れる術はない。

 しかし、ルシルの予想を反して、ジークは信じられない行動に出た。


 箒から躊躇なく飛び降りたのだ。突き出した枝を足場にして、しなやかな跳躍。崖を伝う身のこなしは、まるでヒョウのごとく。

 枝を蹴っては宙を舞い、ルシルへと迫る。


(さすがの運動神経ね)


 ジークが更に跳躍。あっという間に、ルシルのいる高さまで迫った。

 その瞬間、彼は剣を振り切る。ルシルは咄嗟に箒を上昇させる。間一髪だ。剣閃によって生まれた風が、頬をぴりぴりとかすめていた。

 ジークはそのまま空中で姿勢を整え、再び箒に飛び乗る。ルシルの対面まで上がってきた。

 そして、ルシルを鋭く睨みつけた。


「なぜだ。君は本気を出していない」


 彼の問いはもっともだ。

 いくら運動神経が達人の域にあろうとも、遠距離の攻撃魔法に抗うすべはない。広範囲魔法で周囲ごと焼き尽くせば、一瞬で勝負は決する。

 そんな魔法を、ルシルはいくつも習得している。

 しかし、それを使うことはできなかった。広範囲の魔法は制御が難しい。――そんなものを使えば、ジークを傷付けてしまう。


「言ったでしょ……。あなたとは戦いたくない」


 ルシルは目を伏せた。


「レナードがあなたのことを“大切な同僚”と言っていた。私もそう思う」


 その言葉にも、ジークはまったく反応を示さない。彼らしからぬ冷たい無表情に、ルシルの胸は締め付けられた。


「……嘘をついていて、ごめんなさい。本物のアンジェリカじゃなくて……ごめんなさい……。それでも、私もレナードも……あなたと一緒に過ごしている時、とても楽しかった」

「黙れ――!」


 無感情の仮面にわずかにひびが入ったかのように、その奥に激情が垣間見えた。


 言下にジークの箒は疾走した。


 真正面からルシルへと迫って来る。その途中で、ジークは箒に立ち、剣を構えた。疾風の中で微動だにしない、その姿は異様。

 しかし、彼の予想外の動きにはもう慣れた。


(あなたの運動神経が並外れているのは、たくさん見せてもらったわ。もう通じないわよ)


 ルシルは身構え、次の斬撃に備えて身をひねる。

 だが、ジークの動きはルシルの予想を大きく超えていた。

 ジークの箒がしなる。まるで弾弦のように力を溜めて――次の瞬間、一気に跳ね上がった。

 その勢いでジークの体は跳ばされ、ルシルのはるか頭上を越えていく。


「……嘘!?」


 箒を――ジャンプ台代わりにするなんて!


 振り返るよりも早く、背後に影が落ちる方が早かった。同時に、ルシルの真横を駆け抜けていった彼の箒が足場となる。

 ぞくりとした感覚が首筋を刺した。それは死の予感。幾度も死地を越えてきた彼女の身は、もはや考えるより先に応じる術を覚えている。

 それは反応ではなく、死を回避するための反射だった。


 魔導士にとって空中での生命線――箒。それをルシルは、ためらいもなく手放した。


 次の瞬間、宙へと投げ出された体のすぐ背後を、ジークの剣閃が切り裂く。ほんの刹那でも遅れていたなら、断ち割られていたのは自らの身だった。

 だが、死地をひとつ越えても、次の死地はすぐそこに迫っている。

 箒を失った体は、重力に抗えず落下を始めていた。


 その瞬間――。

 落ちかけたルシルを、別の箒がすくい上げた。


 レナードだ。冷や汗を浮かべながらもルシルを腕に抱き、不敵な笑み浮かべている。


「思っていた通り……やっぱり無茶をしていた」

「無茶じゃないわよ」


 ルシルは勝ち気な声で応じる。


「あなたのことが見えてたから。大丈夫だと思って」


 レナードは短く息を吐き、ルシルを箒の前に座らせた。

 背後から風を切る音が迫っている。ジークが追ってきているのだ。レナードは箒を飛ばし、彼から距離をとる。


「何かわかった?」

「ロイスダールの日誌を見つけた。ジークに呪いをかけたことも書かれていた。しかし、肝心の解除法は記されていなかった」

「ロイスダールが呪いをかけた時、何があったのかは書かれていた?」

「ああ」


 レナードは手短に日誌の記述を語る。その内容だけで、ロイスダールの狂気と酷薄さがありありと伝わり、ルシルは気分が悪くなった。


「なるほど……呪いの正体がわかったわ」

「それは俺も推察できている。だが、解き方は……」

「あら、私が誰だか忘れちゃった?」


 ルシルはにんまりと笑い、レナードを振り返る。


「闇纏いのナンバーツーと呼ばれた、世紀の悪女よ! 闇魔法のことなら任せて。――タナト・フェロウ」


 彼女の呪文に応じて、箒がそばに寄って来る。ルシルは軽やかにそれに腰をかけた。

 レナードと顔を合わせると、彼はすでに承知した様子で頷いていた。


「必要なものは?」

「時間……!」

「任せてくれ」


 ルシルの箒はレナードから離れて、大空へと舞い上がる。

 すかさずジークが追撃しようとしたが、その行く先をレナードが遮った。


「ジーク、俺は君と戦いたくない。剣を下ろしてくれ」

「下ろせるものか……!」


 無表情だった仮面が、じわじわと剥がれ出していた。ジークの目の奥に激情が浮かぶ。彼は噛みつかんばかりの勢いで吐き捨てた。


「あんたに、俺の気持ちがわかるはずもない……!」


 ジークは即座にレナードに斬りかかる。

 その一閃を、レナードは防御魔法で防いだ。


「わかるさ」


 すれちがった後で、ジークはすかさず方向転換。迷わずレナードへと肉薄した。


 再度、剣が振るわれ、魔法が閃く。

 左右が目まぐるしく入れ替わり、幾度もぶつかり合った。箒同士がすれちがう度に、激しい剣閃と、火花のような魔力が散る。

 少しでも攻撃がかすれば、箒から落ちて即死する。それはジークも同じだ。そんな極限状況において、2人はすさまじい速度で衝突する。


「誰よりも、君の気持ちがわかる。……俺もそうだった」


 閃光が陽光をまとい、無数のきらめく破片となって、空へと飛び散る。

 レナードが静かに告げた――その直後。

 ジークの剣が鈍る。突端に彼の眉間には、深い苦悩が刻まれた。


「誰よりも大切に想っていた人をなくした。それからの8年間、俺は生きながら死んでいるようなものだった」

「レナードが……? 俺と同じ……?」


 ジークの動きが止まる。

 そんな彼を、レナードは正面から見据えながら続けた。


「ジーク。君にとってのアンジェリカは、俺にとってのルシルだ。失った苦しみも、守りたいという思いもわかる。だからこそ――君にルシルを殺させはしない」


 願いをこめるように真摯な声が響く。


「それに……今の君は本当の君じゃない。普段の君はやかましくて、鬱陶しいところもあるが……それでも、俺は普段の君に戻ってほしい」


 その願いに応えるように――。


 2人の頭上に、光が灯った。

 レナードが十分に時間を稼いでくれたおかげで、ルシルの手元には、魔法陣が完成していた。光条が絡み合い、空中に複雑な紋様を描き出す。


「ジーク……ごめんね。でも、あなたのアンジェリカへの想いは、呪いなんかに穢されていいものじゃない」


 ルシルは魔法陣をジークへと向け、声を張った。


「『守らなきゃいけない』なんて……強制された使命は、あなたの純粋な思いじゃない! ――リオ!」

「ああ……! メリス・ティア!」


 レナードの魔法がジークの体を拘束する。

 同時に、ルシルは魔法陣から光を撃ち出した。


「タナト・フェロウ!」


 一直線に放たれた光は、ジークの心臓のあたりを貫く。


 その直後、彼の体から黒い靄のようなものが抜けていく。それは不気味に揺らめいて、陽光に呑まれたかのように消えて行った。

 一筋、また一筋と剥がれるたびに、ジークの体から重苦しい気配が削がれていった。

 最後の影が霧散すると、彼の体は力を失ったように傾く。


 箒から落ちかけたジークを、すかさずレナードが片腕で支える。自分の箒の前部分に乗せ、ゆっくりと高度を下げた。

 ルシルは急いでその後を追いかける。レナードは屋根の上に、ジークの体を丁寧に横たえた。


 意識はあるようだ。呆然とした様子で空を仰いでいる。


「ジーク……」


 ルシルが呼びかけると、彼はぼんやりとこちらを向いた。


「さっき地下室に入った時。あなたは失われていた記憶をとり戻したはずよ」

「……ああ……」


 陽光の眩しさに彼は目を細め、腕で目元を覆った。


「俺は知っていた……。アンジェリカがルシルを復活させるために育てられた『器』だったことを……。俺は知っていて、止めることができなかった……」

「……無理もないわ」


 そう言いながら、ルシルはジークの横に片膝をつく。


「だけど、ジーク……あなたはアンジェリカを守りたいと思った。その気持ちは、本物だったはずよ」


 ジークがゆっくりと腕をどけて、もう一度、ルシルの顔を見た。

 彼の目を覗きながら、ルシルは問いかける。


「あなたは、『誰から』アンジェリカを守りたかったの?」



 ◆



 ルシル・リーヴィス。


 彼女の噂を、ジークは何度も耳にしたことがある。

 恐ろしい悪女。残忍な女。情の欠片も持ち合わせていない彼女は、笑いながら人を殺すのだという。

 しかし、そんな噂とはちがって、彼女の声はとても優しく耳に響いた。

 

 ――俺は、アンジェリカを守りたかった。

 ――それはいったい……『誰から』?


(ああ……そうだ……俺は)


 ジークは遠い空を眺めながら、記憶を辿っていた。


 その思いは、あの日に宿った。

 地下室での光景を見た時に。


 ――アンジェリカを傷つける、“悪い奴”から彼女を守りたいと思ったんだ。


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(10/3金)1巻発売します!
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