表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】闇纏いの魔女と黎明の騎士【コミカライズ決定】  作者: 村沢黒音
第6章 ハザリー家の策略編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/63

5 狂気の記録


 レナードは空気を切り裂くほどの勢いで箒を飛ばしながら、地下室に向かっていた。

 外からは、ジークとルシルが攻防する不穏な音が聞こえてくる。その度に、心臓がひりつく焦燥感に駆られていた。


(なぜいつも、ルシルは無茶をする……!)


 彼女は珍しい花をとるためならば、ためらいもなく崖から飛び降りるような女性だ。傍らで見守る者からすれば、気が気でない。閉じこめてでも守りたい――そう願ったことは、一度や二度ではなかった。

 だが、レナードも知っている。彼女は決して、狭いかごの中では生きられない。自由に大空を舞う鳥のように、広い空が似合うのだ。


 だからこそ、自分にできることは1つ。飛び立とうとする彼女の前から、障害物を1つでもとり除いてやること。


 そのために今も、全速力で箒を走らせている。

 床には大穴が開いていたので、地下室まではすぐにたどり着いた。辺りに散乱している物に、視線を走らせていく。


 壊れた鳥かご、薬品の瓶、魔術書、そして――。


 古びたノートが落ちていることにレナードは気付いた。駆け寄って拾い上げる。中には手書きでびっしりと文字が綴られていた。


(日誌か?)


 ぱらぱらとページをめくっていると、こんな記述が目に飛びこんできた。



-----------------------------------------------------------


〇月×日

 娘・アンジェリカの魔力を測定した。

 結果は――驚嘆に値する。幼き身にして、常人をはるかに凌駕する数値。

 ああ、これもすべてはザカイア様のお導きにちがいない。この子もやがて、()のお方の理想を担う柱となるだろう。

 ひとまずはこの小さき肉体が、どこまでの負荷を与えられるか……試してみる価値がある。


-----------------------------------------------------------



 レナードは眉をひそめる。

 紙から滲み出ているのは親の愛ではない。これを書いた男は、自分の娘すらも研究対象として扱っていたのだ。



-----------------------------------------------------------


〇月×日

 今日、アンジェリカに闇魔法を授けた。まだ3歳にすぎない身でありながら――なんと驚異的か! この幼き器は、あの崇高なる力を見事に操ったのだ。

 奇跡だ。……いや、これは必然だろう。

 我が娘は選ばれし存在。血と肉をもって、ザカイア様の理想を体現する器にちがいない。



-----------------------------------------------------------



 それから何ページにも渡って、娘に闇魔法の修練を強制させたことが書かれている。

 読んでいるだけで、吐き気がしてくる。

 レナードは流し見だけで、素早くページをめくった。


 すると、気になる言葉が目についた。

 ある時期からザカイアと並んで、その名前が頻繁に出てくるようになったのだ。


『――ルシル様』


 目を細めて、レナードはその文字を眺める。


(ルシル……“様”……?)


 その名が初めて登場したのは、13年前の日付だった。ルシルとレナードがシルエラ魔法学校に入学した時期だ。

 ロイスダールがルシルの存在を認知したのは、彼女が入学してから――時期としては齟齬がないが、おかしい。

 この頃のルシルは、魔法がまったく使えない新入生だ。それなのに、日誌の中でロイスダールは初めから彼女のことを『ルシル様』と呼んでいる。そこには畏怖と尊敬の念がこめられている様子だった。



-----------------------------------------------------------


〇月×日

 ザカイア様は、ルシル様のことを気にかけていらっしゃる。無理もない。彼女の魔力は常人の尺度をはるかに凌駕しているが、まだ魔法の扱いに慣れておられない。

 もし『黄昏の子』の御身に何かあれば、とり返しはつかないのだ。

 そこで、私はザカイア様に進言した。

 万が一、彼女にもしものことがあれば、我が娘を使ってルシル様を復活させる。我ながら素晴らしいアイディアだ。

 私が血肉を注ぎ、長年磨き上げた娘――アンジェリカは最高の芸術作品であり、至高の器だ。それがルシル様の代わりとなるならば、これ以上の栄誉はない。

 娘にこの構想を告げると、アンジェリカはすんなりと了承した。相変わらず表情を動かさなかったが……心では、歓喜に震えていたにちがいない。


-----------------------------------------------------------



(黄昏の子? どういうことだ……? すでにこの頃から、ロイスダールはアンジェリカを使って、ルシルを復活させる計画を立てていたというのか)


 ザカイアがルシルを殊遇していた理由は、彼女が『即死魔法』を開発したからだと思っていた。しかし、この日誌を読む限り、そういうわけではなさそうだ。

 彼らはルシルが1年生の頃から、彼女を特別視している。

 ということは、ザカイアがルシルを闇纏いとして引き入れたのも、それが理由だったと考えられる。

 ルシルの何が彼らをそんなに引き付けたのか――魔力量は常人をはるかに凌駕するものであったと書かれているが、それだけではないのだろう。


 ――ルシルはザカイアが欲する“何か”を持っていた。


 このままルシルに関わる情報を読み解きたい気持ちはあったが、今はそれよりもやることがある。

 地下室に来たのは、ジークについて調べるためだ。

 この日誌は持ち帰って、のちほどじっくりと読もう。

 そう決めると、レナードは更にページをめくっていく。


 そして、それらしき記述を見つけた。



-----------------------------------------------------------


〇月×日

 あの鬱陶しい小僧め。毎日のように、娘を遊びに誘いにやって来る。

 愚かしいことだ。わが娘はルシル様の器となるため、闇魔法の修練に心身を捧げているというのに――遊びにうつつを抜かす暇などあるものか。

 村人共もまた煩わしい。アンジェリカがまったく笑わないことを心配しているようだった。的外れにもほどがある。単なる器に、そのような感情は不要であるというのに。

 だが、これ以上くだらない口出しをされては面倒だ。仕方がない……。

 たまには外に出してやるとしよう。


-----------------------------------------------------------



 それからしばらく『小僧』に関する記述はない。

 彼がまた日誌に登場するのは、3年後のことだった。



-----------------------------------------------------------


〇月×日

 小僧が余計な真似をしてくれた!

 この地下室の存在を嗅ぎつけるとは!

 計画外のことであったが、見つかってしまったものは仕方ない。

 私は小僧に、ザカイア様とルシル様について語ってやった。アンジェリカに魔法の鍛錬を課しているのは、至上の使命を果たすためであると。

 しかし――やはり凡俗には理解できないらしい。感情に振り回され、わけのわからないことばかり口走る姿は、いっそのこと憐れであった。

 試しに魔力を測定したところ、結果は惨憺(さんたん)たるものだった。凡人以下だ。これではザカイア様の御前に立つ資格すらない。

 ……だが、妙案が閃いた。

 このような小僧にも使い道はあるのだ。

 価値なき肉であろうと、アンジェリカを守る壁くらいにはなるだろう。


-----------------------------------------------------------



(あった……! これだ!)


 ページを握る指先に、力がこもる。


 ロイスダールはジークに記憶消去の魔法をかけ、地下室でのことを忘れさせた。

 彼は日常に戻り、普段通りの生活を送るようになる。

 しかし、彼自身も気付かないうちに――狂気は心の奥底に宿っていた。地下室での一件により、ジークの心は大きく歪められてしまっていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(10/3金)1巻発売します!
html>
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ