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【書籍化】闇纏いの魔女と黎明の騎士【コミカライズ決定】  作者: 村沢黒音
第6章 ハザリー家の策略編

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3 対立


 ジークの手が剣の柄を握りしめる。

 そして、その刀身を引き抜いた。


「俺は、アンジェリカを守る盾だ。そのために……お前を排除する」


 ジークはルシルを見据えながら、剣を構える。

 その仕草は膠着を砕いて、鳴り渡る始まりの鐘。一度響けば、退くことは叶わない――開戦の合図だった。


「いったん冷静になってくれ、ジーク。俺の話を聞いてくれないか」


 レナードは目を細めて、ジークを見る。

 常に冷徹な彼にしては珍しく、どこか困り切ったような気配が漂っていた。


「俺は……君とは戦いたくない」

「俺もだよ、レナード。だけど……」


 その言葉とは裏腹に、ジークの剣先は微動だにしない。

 彼の掌には、迷いがまったくないことがわかる。


「俺は悪い奴を倒して、アンジェリカを守らなきゃいけない」


 次の瞬間、銀光が閃き、剣が振り下ろされた。


「メリス・ティア!」


 レナードは咄嗟に呪文を紡ぎ、防御魔法を展開した。

 刃が防御癖に叩きつけられ、鈍い衝撃音が響く。


「待て、ジーク……! 話を……!」

「エクスト・シェルツ!」


 ジークの剣が魔法を帯びて、白く輝いた。

 その光景を、ルシルはただ呆然と見つめていた。


 ――動けない。


 頭ではわかっているのに、体が言うことをきかない。

 振り下ろされる刃の軌跡がゆっくりと見えるのに、指先ひとつ動かせなかった。


 脳裏に遊園地での光景が浮かび上がった。自分でもこれは愚かな現実逃避であることはわかっている。しかし、楽しかった思い出が頭をよぎると、ますます体が動けなくなった。

 ジークが迷いなくルシルに剣を振るおうとしている。その事実に、心が追いつけなかった。

 目の前で煌めく光が、夢か幻のようにかすんで見える。


「くっ……、メリス・ティア!」


 レナードの呪文と動きで、引き延ばされていた時間が元に戻る。レナードはルシルを片腕で抱きしめると、箒を出現させた。

 そのまま空中へと跳躍する。


「ジーク、やめろ! ルシルを殺しても、アンジェリカは戻ってこない!」

「関係ない。アンジェリカを守ることが、俺の存在意義だ」

「守るって……!? どうやって守るつもりだ!?」

「決まっている。その女を殺して、アンジェリカを守る」


 ジークもまた箒を出現させ、すぐさま追いかけてくる。

 レナードは箒の後ろにルシルを乗せ、高度を上げた。小屋を抜け、外へと出る。

 更に上昇すると、小屋の真上に浮かんだ。


 昼間のはずなのに、空は厚い雲が覆っていた。のどかな田舎風景が濃い影に沈んでいる。

 間を置かずにジークが正面に飛び出してきた。


「ジークの様子がおかしい……!」


 レナードの言葉が、今のルシルの耳には入ってこなかった。

 彼の背に額を押しつけ、震える声を漏らす。


「……私のせいだ……」

「ルシル?」

「ジークの怒りはもっともよ……。彼はただ、アンジェリカを守りたかっただけ……それなのに、私のせいでアンジェリカが……」

「馬鹿なことを言うな!」


 レナードの声は鋭く、辺りの空に響いた。


「君がアンジェリカを操ったわけでも、命じたわけでもない! 君が責任を感じる必要は、何ひとつないだろう」

「だけど……」

「憎むべきはザカイアとロイスダールだ! 君を復活させるために、アンジェリカに命を捨てさせた。それが正しいことだと彼女に信じこませた。敵を見誤るな!」


 ルシルは下を向き、唇を噛みしめる。

 曇天の重みが、そのまま心臓にのしかかってくるかのようだった。

 それでもレナードの言葉が静かに沁みこみ、顔を上げる。レナードの肩越しから、ジークの姿を捉えた。


 その瞬間、レナードの言っていることが即座に理解できた。

 ジークの様子が変だ。

 瞳は何の色も映しておらず、無機質に濁っている。感情を削ぎ落とした仮面のような無表情だった。


 ジークは、怒りや悲しみが素直に顔に出る。

 それなのに、こんな表情は彼にふさわしくない。


「君はこのまま、大切な同僚を失ってもいいのか」

「大切な……同僚?」


 ルシルは息を呑んで、聞き返した。


「リオ……。あなた、ジークのことをそんな風に思っていたの?」

「君だって、そうだろう? それとも、彼はただの厄介な新人か?」

「ううん……ちがう」


 言葉にすると、強い決意が体中に湧いた。今度は力強く、レナードの服の服を握りしめる。


「ごめん、リオ。私、少しだけ弱気になっていたみたい」


 レナードが振り返る。

 その横顔に、曇り空からわずかに漏れた白い光が差しこんだ。硬い表情の端に、笑みが浮かんだ。


「ああ、まったく君らしくない動揺ぶりだったな」


 ルシルの心にはまだ動揺が残っていた。

 だけど、それを覆い隠すように、強気な笑みを唇に浮かべる。


「……気になることがあるの」

「何か思いついたのか」

「さっきの地下室よ。ジークはあそこで、何かを思い出していた。彼は前にも、あの地下室に入ったことがあるんだと思うの」

「彼がおかしくなっているのは、それが原因だと?」

「確証はないけど……。でも、ロイスダールがあの地下室で何をしていたのか、それがわかれば……だから、リオ。あの地下室を調べてきて」

「それは構わないが……俺が地下室に行っている間、君はどうする気だ」

「もちろん――」


 ルシルは言葉の前に行動で示した。

 レナードの箒から勢いよく飛び降りる。


「ここで、彼を引きつけるわ!」

「ルシル!?」

「タナト・フェロウ!」


 かつて、世の中を震撼させた『死の呪文』。

 その意味にふさわしくないほど、勝ち気に満ちた声でルシルは詠唱した。


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