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【書籍化】闇纏いの魔女と黎明の騎士【コミカライズ決定】  作者: 村沢黒音
第5章 3人でデート!?編

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54/63

5 疑惑




「俺は……君の盾になりたかったんだ」



 純粋な告白だった。彼の真剣さが伝わって、胸が熱くなる。

 その思いがあまりにも綺麗で、見とれてしまう。

 しかし、胸の奥では別の感情がうずいた。


 ――この席に自分が座っていていいのか。目の前の笑顔をまっすぐ向けられる資格があるのだろうか……。


 ルシルは目を伏せた。


「ジーク……」


 すると、ジークは明るい声で、はは、と笑った。

 自分の真剣さが、気恥ずかしくなった様子だった。


「まあ、騎士団の入団試験に一度おっこちたような奴が、なに言ってるんだって感じだけどさ」


 彼の顔を見返すことができなくて、ルシルは自分の膝を見つめる。

 その時、


「なあ、アンジェリカ、見ろよ!」


 ルシルは顔を上げて、窓の外を見る。

 ゴンドラの周囲を、眩い光が囲っていた。小さな光の玉が、まるで生き物のように軌跡を描きながら回転している。そして、次々と何かの形を作っていった。

 ペガサス、星、花――様々な形の光が、鮮やかに周囲を飾り付ける。

 ペガサスの光は、軽やかに空中を駆けた。ペガサスが通った跡には星屑が散って、ミルキーウェイのような道を作っていく。


「あ……もう夕方……? この時間からイルミネーションが始まるのね」


 ルシルはぽつりと呟いた。

 空から見下ろしていた時も綺麗だと思っていたけれど、間近で見るイルミネーションは圧巻だった。次々と光が生まれ、楽しそうに踊って、あちこちを跳ねまわる。

 気まずい空気も感情も、消し飛んでいた。ルシルはただ、目の前の光景に見とれた。


「すごい……」

「な! すごいよなあ」


 ルシルの言葉に、ジークが楽しそうに同意する。2人の視線は、窓の外でくり広げられるショーに釘付けになった。

 光が竜の形を作って、口から光を吐き出した。それが派手に辺り一帯を照らしていく。

 鉄線でくつろいでいたハトたちが驚いて、一斉に飛び立った。


 ――ばさばさばさ!


 ゴンドラの上をハトの群れが過ぎ去ったことで、大きな羽ばたき音が響いた。しかし、音が聞こえただけで、ハトの影は屋根に遮られて、ゴンドラの中からは見えなかった。

 そのため、ルシルはそのことに気付かなかった。

 彼女はイルミネーションの輝きに目を奪われていた。


「あ、ねえ、見て! あそこ今、流れ星が……」


 ルシルは身を乗り出して、窓の外を指さす。


 ジークの方を振り返ってみれば……。

 ジークは外を見ていなかった。

 目を見開いて、ただじっとルシルの顔を見つめていた。


「え……ジーク? どうしたの?」

「え……っ」


 ルシルが声をかけると、彼はハッとする。そして、とりつくろうように笑顔を浮かべた。


「あ……い、いや……何でもないよ」


 彼は答える。

 いつも通りの明るい笑顔だった。


「……そう?」


 ルシルは頷いて、もう一度、窓の外へと視線を向けた。




 ◆



 だから――ルシルは気付かなかった。

 ジークの視線が自分へと向けられていることに。彼は窓の外のショーには、いっさい興味をなくした様子で、ただじっとルシルの姿を見つめていた。





 ◆ ◇ ◆



 ジークがアンジェリカに出会ったのは、6歳の時だった。


 彼は『グレイヴンの谷』という辺鄙な農村で育った。都会の喧騒から切り離された静かな場所だ。

 周囲を丘に囲まれ、谷底には麦畑と牧草地が広がっている。石造りの家はまばらに点在していて、近所の家に行くのにも数分はかかった。

 村のそばには小高い山があり、その上にぽつんと古家が建っていた。長年空き家となっているそこは、雨風にさらされて、すっかりさびれていた。


 ある春の日のこと。その家に誰かが引っ越してきた。トラックが崖上に止まっているのを見て、ジークは物珍しさに近寄った。

 背の高い男が、トラックから荷物を下ろしている。金髪を1つに束ね、メガネをかけた相貌は、知的な学者風だった。他の村人とは雰囲気が異なるので、『都会の人かもしれない』と、ジークは内心でドキドキしていた。


 じっと観察していると、男がこちらに気付き、にこやかに手を挙げた。


「やあ、こんにちは。このあたりの子かな?」


 優しい声だった。ジークは姿勢を正し、「はい。こんにちは!」と元気に挨拶する。すると男は目尻を下げて、更に優しそうな顔をした。


「アンジェリカと同い年くらいだね。おいで、アンジェリカ」


 彼が呼びかけると、トラックの助手席が開いた。

 そこから現れたのは、同じ年頃の少女だった。肩にかからないくらいの黒髪は、ウェーブがかっている。長いまつ毛の奥の瞳は、綺麗な瑠璃色だ。しかし、暗い影がかかっているかのように、何の感情も読みとれなかった。


「はじめまして! ジーク・ウェルナーです」


 ジークがぺこりと頭を下げると、少女は表情を変えずにこちらを見た。

 そして、ゆっくりと頷いた。


「……アンジェリカ」


 囁くような、小さな声だった。




 それからというもの、ジークは彼女を遊びに誘うようになった。


 村を案内して、牧場で飼っている牛や馬を紹介する。穴場の花畑へと連れて行く。近くの川では魚の取り方を教えた。

 しかし、何をしても、アンジェリカの反応は薄かった。たまに口を開いても、小さな声でぼそぼそと喋る。


 ジーク以外の村の子供は、やがてアンジェリカに近寄らなくなった。『薄気味悪い』と言ったり、『都会の子だから気取っている!』と悪口を吐くようになっていた。


 だけど、ジークはなぜか、彼女のことを放っておくことができなかった。だから、それからもしつこく彼女を遊びに誘った。

 

 ある日、アンジェリカと一緒に丘の上を歩いていた時のことだった。草むらから鳥の群れが一斉に飛び立った。


 ――ばさばさばさ!


 ジークは足を止め、見上げた。

 青空をバックにして、無数の鳥が飛んでいる。太陽を浴びて、羽がきらめているように見えた。


「わあ、すごいな!」


 思わず声を上げたが、隣を見るとアンジェリカの様子がおかしい。彼女は耳をふさぎ、小さく縮こまっていた。


「……やめて……。ひどいこと、しないで……」


 震える声に、ジークは目を瞬かせた。

 それは、誰に向けた言葉なのかわからない。

 ただ、彼女の怯えように胸がざわつく。


「アンジェリカ……?」

 

 どうしていいのか分からず、彼はその場で立ち尽くした。

 やがて、アンジェリカの呼吸は落ち着いて、耳をふさいでいた手も下ろされる。彼女はその場にすっと立ち上がった。その表情から怯えはなくなり、いつもの無表情だ。


「あの音……嫌いなの」


 ぼそりと告げた声は、恐怖も怒りも感じられず、平淡だった。

 ジークは戸惑う。今、一瞬だけ、アンジェリカの素の心に触れることができた気がした。しかし、それはすばやく閉ざされてしまった。


「なんで?」


 問いかけても、アンジェリカは答えない。風が通り過ぎていく。鳥の羽音とアンジェリカの怯えた声だけが耳に残った。


 ジークには、わからなかった。彼女が何を恐れているのか……。

 ただ、小さく縮こまって、何かに怯える姿が目に焼き付いた。

 まるで、彼女がどこか狭い世界に閉じこめられているかのように、ジークには思えた。



 ◆ ◇ ◆



(ああ、そうだ……アンジェリカは鳥を怖がっていた)


 幼い頃の――出会ったばかりのアンジェリカを、ジークは思い出す。

 一度、自分の内に生まれた違和感は、途端に大きく膨れ上がった。

 思い返してみれば……最近の彼女は、やはりおかしい。


 ――アンジェリカが、使い魔に鳥を選んだことだって。


 でも、アンジェリカが怖がるのは『鳥の姿』じゃない。

 『音』だった。

 だから、ココを見た時、ジークは納得した。

 ココの体は小さいし、空を飛んでも羽ばたき音が響かない。この使い魔であれば、アンジェリカも怖がることはないのだろうと。


 観覧車が1周して、ゴンドラは地上へと戻る。

 アンジェリカが先に降りていく。その後ろ姿を見つめながら、ジークは静かに考えていた。


 ゴンドラの中にいても、外の音は大きく響いた。無数の鳥の羽ばたき音。ジークですら、『少しうるさいな』と思ったほどだった。

 しかし、アンジェリカは気にした様子もなかった。彼女はイルミネーションに夢中になっていた。






(彼女は……いったい誰だ(・・)……?)






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(10/3金)1巻発売します!
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