3 ランドゥ・ファンタジア
3人で遊園地に行く、当日となった。
ルシルは早起きすると、支度を終えて家を出た。
今日は箒は使わずに、徒歩で目的地まで向かうことにする。空を飛ぶと目立つし、仕事をしているような気分になってしまう。今日1日くらいは、オフ気分を味わいたかった。
ビル街の通りを歩くと、ショーウインドウに自分の姿が映った。
ベージュ色のプリーツスカートがひらひらと揺れている。家の鏡で何度も確認したけれど、改めて眺めても満足できる。この服装なら何も問題はないだろう。
(さすがは、ベラね)
トップスは白いレースブラウス、足元はキャメル色のショートブーツ。片方の肩に、淡いピンクのショルダーバッグをかけていた。ちなみに、使い魔のココはショルダーバッグの中だ。たまにバッグの口から、顔をちょこんと出したり、ひっこめたりしている。……居心地がいいのか、バッグを気に入ったらしい。
今日の格好は、すべてベラによるコーディネートである。全体的に可愛らしいが、落ち着きもあり、お姉さんらしさもある。
ルシルが服を選んでいたら、こうはならなかった。以前のホームパーティの二の舞である。似合ってないわ、目立ちすぎるわで、壊滅的だっただろう。
でも、今日の自分は都会にいるおしゃれな女性の1人として、自然になじめている気はする。
ルシルが遊園地の入り口に着くと、2人はすでに待っていた。
「おーい、アンジェリカ!」
ジークがこちらに気付いて、手を振っている。その隣にレナードが立っていた。2人とも私服姿だ。
ジークは彼らしい、シンプルな服装だった。プリントTシャツにデニムのパンツ。しかし、首元の細いネックレスと、手首のブレスレットがさりげなくおしゃれな雰囲気を醸し出している。
その隣に立つレナードは、ネイビーのスキニーパンツに白いシャツ、黒いジャケットを羽織っている。キャップと黒いマスクで顔を覆い、涼しげな佇まいだ。近付いてよく見なければ、彼だということに誰も気付かないだろう。
そこでルシルはジークと目が合った。こちらが2人を観察している間、彼もじっとルシルの格好を見ていた。
ジークは照れたように頬をかいて、笑う。
「アンジェリカがそういう格好をしているの、初めて見たよ。すごく似合ってる! 可愛い」
「え……っ」
こんな風に正面から褒められるのは、初めてのことかもしれない。ルシルは戸惑って、自分の横髪に指を絡ませた。
「ありがとう……。ジークも素敵だと思うわ」
「お、君に褒められたのも、初めてだよ! 照れるな……ありがとう」
すると、レナードが少しむっとした様子で口を開いた。
「当然のことをいちいち言うな。彼女に似合わない服は、存在しない」
「え、そ、その……っ」
ルシルはますます困惑して、縮こまる。
――ここで赤くなっちゃダメ! 照れちゃダメ! ジークに関係を怪しまれちゃう。
そう自分を戒めるものの、レナードに褒められたら素直に嬉しく思う。
「……ありがとう」
ルシルは小さな声で言った。
幸いにも、ジークはこちらの様子には気付かなかったようで、レナードにツッコミを入れていた。
「何だよ。『可愛い』って、素直に言えばいいのに」
「だから、言ってるだろう」
「言ってないよ!!」
2人のやりとりに、ルシルはふふっと笑った。
そして、3人はそろって遊園地の敷地内へと足を踏み入れた。
昼の『ランドゥ・ファンタジア』は、夜の風景とは雰囲気が異なる。太陽光に照らされ、遊園地全体が鮮やかな色彩に満ちている。
メリーゴーランドの音楽、ジェットコースターの歓声、ゆったりとした観覧車の回転――そのすべてが、都会の真ん中に非日常の世界を作り出していた。
入口近くの広場では、うさぎのマスコット――ポッフィーが子供たちと写真を撮っている。
歩きながら、ルシルはそっとレナードに耳打ちした。
「ねえ、リオ。あなたって、こういう遊園地に来たことはある?」
「……ない」
「実は、私もないの」
そういいながら、ルシルの目は忙しなく園内を見渡している。見るものすべてが新鮮で、輝いて見えた。
辺りに満ちる楽しげな雰囲気が、自分の中にも満ちてくる。
つい足取りが弾んだ。
「こうなったら……せっかくだし、楽しみましょう!」
3人が初めに入ったのは、『鏡の迷宮』だった。
中は入り組んだ迷路で、壁はすべて鏡で作られている。どこを向いても自分の姿が映って、「そっちも私。こっちも私」とルシルは眉をしかめた。鞄の中では、ココが目を回していた。
途中でジークが鏡の影から現れ、ルシルの肩をぽんと叩いた。ルシルは彼が近付いてくるのにまったく気付かず、「ひあっ」と情けない声を上げてしまう。
レナードは「こっちが出口だ」と自信満々に進んでいたのに、鏡に気付かず正面からぶつかり、顔をしかめていた。そんな彼を見て、ルシルとジークは声を上げて笑った。
次は『ジェットコースター』。
ココが飛ばされないように、ルシルは鞄をしっかり抱きしめた。でも、急降下する寸前、怖くなって力を入れたのがいけなかった。降りた後で、「潰されるかと思ったよ!」とココからは散々文句を言われる羽目になった。
ジークは何がツボに入ったのかわからないが、乗っている間も、降りた後も、「こわー、すげー怖かった!」と笑いながら、レナードの肩をばしばしと叩いていた。レナードは嫌そうな顔をしていた。
その次は『メリーゴーランド』。
ひたすらぐるぐると回る乗り物が不思議で、ルシルは「これって楽しいの?」と首を傾げていた。ココは気に入ったらしく、馬の頭の上で羽を広げていた。
レナードとジークはファンシーな乗り物の上で、肩身が狭そうだ。2人の顔がこわばっていたので、ルシルとココは笑った。
その後、3人は近くの店に入った。
バーガーショップだ。遅めの昼食となったが、店内は満席だったので、テラス席に座った。
レナードとジークが買ったのは、遊園地限定のポッフィーバーガーセット。
そして、ルシルはバーガーではなく、メープルパンケーキのセットを選んだ。パンケーキの上にメープルシロップと、生クリームがたっぷりと乗っている。
見るだけで胸焼けを起こしそうで、ルシルは内心でげんなりする。しかし、表面上では嬉しそうにパンケーキを眺めた。
すると、ジークがホッとしたように言葉を漏らす。
「ああ……やっぱり君は、そういうのが好きなんだな」
「もちろんよ」
ルシルは笑顔でパンケーキを切り分けて、それをぱくりと食べた。
「最近、ダイエットしていて、糖分を控えていたの。でも、今日はせっかくだし、我慢はしないことにするわ」
「ダイエット!?」
ジークは目を丸くすると、
「そっか……そうだったのか」
納得したように頷いた。
「アンジェリカは細いんだから、ダイエットなんてする必要ないよ」
「ありがとう。でも、気になっちゃって」
ルシルはほほ笑みながら、もう一口、パンケーキを口に入れた。
……ちなみに、味は何も感じない。
事前に、自分に呪いをかけていたからだ。ルシルはレナードから「ジークに怪しまれている」という話を聞いていた。そのため、今回の遊園地ではアンジェリカらしく、甘い物を食べている姿を見せなければと考えたのだった。
味覚をなくす程度の簡単な呪いなら、ルシルにとってはお手の物だった。





