13 あなたを守る盾
13年前、ベラがザカイアに会い、彼から呪いのペンダントを受けとっていたこと――。
彼女の話をルシルは神妙に聞いていた。
胸の奥がずしりと痛む。
ザカイアは、常軌を逸した男だ。そんな相手と対面したベラが、どれほどの恐怖を味わったか――想像するだけで胸が締めつけられた。彼女の気持ちに寄り添うほど、苦しさが募っていく。
「ルシル……ごめんなさい……。あなたがあの人たちに脅されているんだって……私、知ってたの。それなのに、私はあなたを助けてあげることができなかった……」
「ベラ……」
ベラの肩が震え始める。その瞳から、ぽろぽろと涙があふれた。
それは、長い間胸に押しこめていた後悔が、静かに零れていくような――痛ましい涙だった。
「ありがとう、ベラ」
ルシルもまた目元を濡らしながら、震える声で言葉を返した。
「そして、ごめんなさい。私のせいで怖い思いをさせてしまって……」
「ううん……ルシルの方がずっとつらかったって、わかってるから……。あんな人たちと関わってたなんて……きっと、心がすり減るような毎日だったよね」
ルシルの胸が、きゅっと締めつけられるように痛んだ。ベラの言葉は、過去の苦しい記憶を呼び起こしながら、そっと心に寄り添ってくれる。
ほんのりとした温もりが、胸の内を包みこんでいくのを感じた。
ベラは自分を嫌ってなどいなかった。ずっと気にかけてくれていた。
そして、あの暗く苦しかった日々のことを、理解しようとしてくれている。
その事実が、何よりも嬉しかった。
痛みと共ににじんだ涙が、今は確かな安堵と優しさに変わって、ルシルの目元を温めていた。
夜のカフェには、静かな時間が流れている。温かみを感じる内装は、まるでルシルの心を包みこむのようだった。カーテンから差しこむ月明かりが、テーブルの上で水面のように揺れていた。
ここはまるで外界から切り離された、隠れ家のような空間だ。
その中に身をゆだねて、ルシルはほっと息をついた。何て居心地のいい空間なんだろう――ずっと、この暖かい空気に浸っていたいと思った。
その時、階段から小さな足音が聞こえた。顔を上げると、マリサがこちらを覗いていた。
「マリサちゃん……」
ルシルが声をかけると、マリサは慌てて首をひっこめた。だけど、好奇心には勝てない様子で、ちらちらと顔だけを出して、ルシルの様子を窺っている。
「ねえ……その人、ママの友達?」
その問いにどう答えたらいいのか、ルシルは迷う。
ベラが先に口を開いた。
「ええ、そうよ。学校に通っていた時、ママと仲の良かった人なの」
その言葉に、ルシルはハッとした。そして、ふっと頬が緩む。心の奥に小さな灯が灯るような、嬉しさが湧いてくる。
マリサが嬉しそうに顔を輝かせた。
「ママのお友達! ねえ、また会いに来る?」
「そうね。ルシルさえよければ……」
ベラは迷うように視線を伏せたが、ルシルはほほ笑んで言った。
「……ベラの淹れたコーヒー、とても美味しかった。また飲みに来るわ」
ベラはルシルの方を向くと、瞳を潤ませたまま頷いた。
「うん、いつでも」
2人は顔を見合わせて、ほほ笑み合った。
まるで時をさかのぼり、13年前の学生時代に戻ったかのようだった。
◆
――同時刻。
ジーク・ウェルナーは、自宅に戻っていた。
彼はリビングの椅子に腰かけると、ふうと息をついた。顔を上げて、シェルフを見つめる。
そこに飾られているのは写真立てだった。笑顔を浮かべるジークと、無表情のアンジェリカの姿が映っている。
月明かりが差しこみ、写真立てのガラスを淡く照らしていた。
(アンジェリカ……記憶をなくしてから、前とは少し様子が変わったみたいだけど……)
彼女と言葉を交わす度に、彼女の明るい表情を見る度に、胸の内はざわついていた。
――かすかな違和感を覚える。
この違和感は何だろうか。不思議に思う一方で、彼の中には揺るがない思いがあった。
「それでも、俺は君のことを守り続けるよ」
ゆっくりと立ち上がり、写真の前まで歩を進める。指先で写真立ての縁をなぞりながら、静かに言葉を重ねた。
「――俺は、『あなたを守る盾』だ」
その呪文は、決意の証でもあった。