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12 助けたかった友人



 ◆ ◇ ◆




 それはベラがまだ、シルエラ魔法学校の1年生だった時のことだった。

 秋になって、学校内をこんなニュースが駆け巡った。


 ルシルがリリアンに呪いをかけた――。


 同級生たちがその噂を口にする度に、ベラの心臓は大きく跳ねた。その光景をベラは目の当たりにしていたからだ。


(ルシルが使ったあの魔法……あれは、何……?)


 ベラたち1年生はまだ、魔法の使い方を習っていない。しかし、ルシルは魔法を発動させた。そして、彼女が放った魔法は、ベラが今まで見たことも聞いたこともないものだった。

 禍々しい闇の光が目に焼き付いて、離れない。

 始めはその力も、それを使ったルシルのことも恐ろしかった。


 だが、ルシルがなぜあんな魔法を使ったのか。その理由をベラは知っていた。


(ルシルはピーちゃんを助けるために……私のために、あんなことをしたんだ)


 それを考えると、胸が苦しかった。

 リリアンは2日後には目を覚まし、学校にも普通に通っていた。


 それからというもの、徐々にルシルの様子がおかしくなった。

 彼女は今まで真面目な生徒で、授業を一度も遅刻したり、欠席したりすることがなかった。それなのに、ルシルが授業に顔を出さない時が増えて行ったのだ。


 ベラはルシルと話したいと思った。ルシルの身に何があったのか、知りたかった。しかし、廊下や教室でルシルと顔を合わせても、彼女はすぐに顔を逸らして、ベラから遠ざかってしまう。


 リリアンの事件から2カ月が経ち、冬となった。

 ルシルは学校内では完全に孤立していた。その頃、彼女がずっと暗い顔をしていることがベラは気になっていた。


 だから、意を決して、ルシルの後をつけることにした。彼女が授業に出ないで何をしているのか……それを知りたかった。


 だけど、ルシルの背を追いかけても、いつも途中で見失ってしまう。確かに後をつけていたはずなのに、ふと気付くと、彼女の姿は煙のように消えているのだった。ルシルがどこへ行っているのか、結局、ベラにはわからなかった。


 そんなある日――ベラはロイスダールに呼び出された。

 放課後、彼の研究室を訪れる。すると、部屋の奥には見たことのない男が1人、静かに佇んでいた。

 ベラの目は自然とその男に引き寄せられていた。枯れた老人のような容姿だが、雰囲気には品があり、不思議と見ていたくなる。存在感のある男だった。


「先生……? あの、この人は……」


 ベラはロイスダールに尋ねる。その時、違和感に気付いた。


 ロイスダールがこちらを見ていない。彼は熱心に、部屋の隅にいる男を見つめていた。

 普段のロイスダールは、どこか人懐こくて、学生にも分け隔てなく優しい教師だった。授業のあいだにも時折冗談を交え、困っている生徒には丁寧に寄り添う――そんな姿が、ベラの中には強く印象づけられていた。


 けれど、今、目の前にいるロイスダールはちがっていた。ベラにはまったく関心を払わず、その男だけを見ている。まるで光に引き寄せられる()のように、熱のこもった眼差しだった。

 普段と別人のようになったロイスダールに、ベラは身を引いた。


「ザカイア様。どうしてこの生徒にご興味を? 成績も、せいぜい中の下。特に目立った資質があるわけではありませんが」


 男――ザカイアは、優しげな眼差しをベラへと向けた。


「君はルシルの友人だね。彼女のことを特別に気にかけているようだ。ルシルの後を、何度も追っていただろう?」


 なぜ彼がそんなことを知っているのか、ベラは息を呑んだ。


「友人思いで、とても素敵なお嬢さんじゃないか。私は、その勇気を讃えたいと思っている」


 ザカイアは微笑を浮かべたまま、こちらへと歩み寄って来る。その優しげな雰囲気に、ベラは警戒を解いていた。

 ベラの前までやって来ると、ザカイアは懐からペンダントをとり出した。中央には紅い石がはめこまれている。


「素敵なお嬢さんに、これを」

「あの……これ……?」


 ベラはペンダントを両手で受けとった。


「大丈夫。君に悪さをするものではないよ」


 ザカイアは紳士的な微笑みを崩さず、そう告げた。


「そして、ベラさんといったかな。お願いがある。君がルシルを気にかける気持ちはよくわかるよ。だけど、ルシルには今後、関わらないでほしいんだ」


 ベラは言葉を失った。

 その瞬間、直感した。ルシルの様子がこの頃、おかしいのはこの人たちのせいなのだと。


 胸の奥に冷たいものが落ちる感覚。疑念が恐怖に形を変え、唇を震わせながら問いかけた。


「2人は……ルシルに何をしているんですか……?」


 ザカイアはゆったりとした所作で片手を掲げ、歌うように呟いた。


「ニクス・ヘプタ」


 その瞬間、彼の手の中にふわりと小さな影が現れた。

 黄色い羽根、愛らしい黒い目。――ピーちゃん。

 ベラのペットであるカナリアが、まるで手品のように姿を現した。


「君のペットだろう? とても可愛いね。カナリアは美しい声で鳴く。この子はきっと、心地よいソプラノを響かせてくれるのだろうね」


 ザカイアの言葉は優しい。だが、その裏には得体のしれない何かがある。ベラは身を強ばらせながら問いかける。


「どうして……ピーちゃんを……?」

「ロイスダールが必要だというから、いつでも呼び出せるようにね。とはいえ、もう用は済んだみたいだが」


 ザカイアの背後から、ロイスダールがにこやかに顔を出す。その笑みは、まるで何も問題などないと言わんばかりだった。


「そうですね。助かりましたよ。ベラさん」

「え……?」

「あなたと、あなたのペットのおかげで、我々はとても優秀な同胞を得ることができました」

「それって……ルシルのこと……?」


 ベラは自分が理由もわからず、緊張していることに気付いた。喉がからからに乾いて、声がかすれていた。

 胸の内で、不安が黒い渦を巻き始める。

 ピーちゃん、ルシル、そしてこの人たち……。すべての糸が、見えない手によって操られているようで、ベラは恐ろしくなった。


「リリアンさんにも、感謝をしなければいけませんね。まさか、この小鳥をリリアンさんの部屋に閉じこめただけで、あんなにもいい働きをしてくれるとは」


 その瞬間、ベラの中の不安が大きく膨らんで、呑みこまれそうになった。

 2カ月前のリリアンの事件を思い出した。リリアンがピーちゃんに危害を加えようとして、ルシルが咄嗟に怪しい魔法を使った。


 あの時、リリアンはこう言っていた。


『こいつ、どこから紛れこんできたのかしら……私の部屋で羽根とフンをまき散らしていたのよ。最悪……。せっかくお父様に買ってもらった大事なお洋服が、汚れてしまったわ』


 もし、リリアンが言っていたことが、本当だったのだとしたら……。


(この人たちが……すべてを仕組んでいたの……?)


 彼らがピーちゃんを捕まえて、リリアンの部屋に閉じこめる。見知らぬ部屋に放たれた小鳥は、さぞ混乱したことだろう。そして、彼女の部屋を荒らした。リリアンはそれに激怒して、ピーちゃんを捕らえ、ルシルとベラに詰め寄った。


(この人たちの狙いは、ルシルだった……)


 喉元までせり上がった息を、うまく吐き出すことができない。


(私のせい……?)


 それに気付いた時、大きな感情の波が身体の奥からこみ上げてくる。それは激しい自責の念だった。

 あの時、ルシルが魔法を使ったのも、そのせいでこの人たちにルシルが弱みを握られたのも。すべてベラのせいだった。


 ベラの手は、無意識のうちに強く握りしめられていた。細い指が震え、爪が掌に食いこむ。


(……どうしよう……。私のせいだ……! 私のせいで、ルシルが……!!)


 彼らはきっと、ルシルによくないことをしているにちがいない。

 そんなことは耐えられない。


「嫌です……! あなたたちの言うことなんて聞かない……! ルシルにも、ひどいことはさせない。これ以上、ルシルに何もしないで……!」

「そうか。それは、残念だ。――ニクス・ヘプタ」


 彼が唱えた途端、ベラの通学カバンが、わずかばかり重くなった。

 その瞬間、すさまじい異臭が鼻をつく。腐った肉のような、生理的嫌悪を呼び起こす匂いだった。

 臭いの源が、自分のカバンの中だと気付いた瞬間、ベラの心臓が凍りついた。


「え……?」


 ぎこちない動きで、視線を下げる。


 見てはいけない。見るべきじゃない。

 わかっているのに、ベラの手はその意に反して、カバンを開いていく。


 中に入っていたのは……数匹の子ネズミの死体だった。


「い……いやああああああ!」


 ベラは錯乱しながら、カバンを放り投げる。


「私は、カナリアが好きでね」


 これ以上、何も聞きたくないし、何も見たくない。本当は一目散に逃げだしたかったが、ピーちゃんのことを思い出して、踏みとどまった。

 ベラは涙ににじんだ目で、そちらを見る。ザカイアは指にピーちゃんを乗せていた。愛おしげな表情で、小鳥に温かな眼差しを向けている。


「この可愛い小鳥に、危害をくわえたくはないんだ。だから、君がわかってくれたら、嬉しく思うよ」


 その声は蜜のように甘く、どろりと溶け出すかのように優しかった。だが、それはまるで抗えない毒のようだった。耳から侵入して、心の奥底までじっくりと蝕んでいく。



 ◆ ◇ ◆




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(10/3金)1巻発売します!
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