表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/50

11 ベラの後悔




「あなた――ルシルなの?」




 ベラの言葉に、ルシルは固まった。声が喉に張り付いて、ひりひりとして、何も言えなくなる。

 彼女から顔を逸らして、俯いた。とてもベラの顔を見ることができなかった。彼女は今、どんな感情を抱いているのか。もしわずかでも、その目に嫌悪がこめられていたら……自分は立ち直れない。


 かすかにベラが唇を動かす気配。その瞬間、空気が緊張を帯びて揺れた。

 ベラが何を言うのか――ルシルは、判決を告げられる罪人の気持ちで待った。


 だが、その直後。


「…………ん……」


 吐息が漏れる。マリサのものだった。


「……まま……?」


 ルシルもベラもハッとして、そちらに視線を向けた。ベラの腕の中で、マリサが目を開いていた。

 ベラの両目が潤む。彼女は震えながら娘を抱きしめた。


「マリサ……! よかった、マリサ……!!」


 その後、レナードとジークも部屋にやって来たので、それ以上、ルシルはベラと話すことができなかった。



 ◇


 

 ルシルたちは一度、騎士団へと帰還した。事件の概要を隊長に報告して、無事に解決したことを伝える。

 事後処理をすべて終えてから、ルシルは退勤した。箒に乗って、住宅街の空を飛んでいく。迷いが残っているせいで、箒の先はふらふらとして、行く先を決められずにいた。


 だが、このままうやむやにすることはできない。


 ――夜9時。


 ルシルは覚悟を決めて、カフェ・ローワンの前に降り立った。

 ゆっくりと扉を押す。

 店内は静寂に包まれていた。窓からは静かな月明かりが差しこみ、店内を照らしている。


 奥の席で、ベラが1人腰かけていた。

 まだ残るコーヒーの香りに包まれ、ぼんやりと空中を眺めている。


 ルシルに気付くと、ベラは顔を上げた。一瞬だけ目が合って、すぐに逸らされる。


「いらっしゃい、アンジェリカさん……ううん……」


 ためらうように口をつぐんでから、ベラは言い直した。


「…………ルシル……」


 ルシルは拳を握りしめて、彼女の下へと歩み寄った。


「……座っても?」

「ええ……」


 彼女の対面に座る勇気はなくて、ルシルは1つ横にずれた。隣のテーブルの椅子を引いて、そこに腰かける。斜め向かいに座った2人は、それぞれ体を相手から逸らしていた。

 重苦しい沈黙が満ちる。

 すると、2階から軽やかな足音が聞こえて来た。


「ままー! ご本よんでー」


 マリサだ。絵本を両手で抱えて、店内にひょっこりと顔を出す。

 ルシルと目が合った。すると、彼女はハッとして、恥ずかしそうに壁の後ろに隠れた。


 ベラがマリサの下に歩み寄る。彼女の肩をつかんで、隠れた場所から引っ張り出した。


「マリサ。このお姉さんは騎士団の人よ。昼間、マリサのことを助けてくれたの。ちゃんとお礼を言いなさい」

「ん……」


 マリサがもじもじとしながら出てくる。ベラの後ろに隠れながら、小さな声で言った。


「……ありがとう」

「――どういたしまして」


 その感謝をどんな感情で受け止めたらいいのか、わからない。ルシルはぽつりと呟いた。


「ねえ、マリサ。ママはこのお姉さんとお話があるから。上に行っていてくれる? ご本は後で読もうね」

「えー……。……うん、わかった」


 ふてくされた顔でマリサは頷く。ぱたぱたと元気な足音を響かせて、階段を上って行った。

 ベラがこちらへと戻って来る。迷うようなそぶりを見せた後で、今度はルシルの対面の席に腰かけた。

 ルシルは少しドキリとしたけど、その動揺を呑みこんで、口を開く。


「マリサちゃん、すっかり元気みたいね」

「ええ……あなたのおかげよ」


 ベラは顔を上げ、ルシルの目を正面から見つめた。


「あなたはマリサを助けてくれた。娘の命の恩人よ」

「そんな……当たり前のことをしただけよ」

「それに……」


 その時、ベラの目尻がぐっと下がった。彼女の瞳が潤んで、涙がにじんでいく。


「あなたは昔、私のことも、ピーちゃんのことも助けてくれた……」

「ベラ……?」

「あなた……本当にルシルなのね……」


 ベラはそこで耐え切れなくなったように、顔を両手で覆った。


「私……ずっと後悔していたの……」


 ルシルは覚悟を決めて、俯いた。


 『後悔していた』というのは、『自分と友達になったこと』にちがいない。ルシルはこれから責められ、恨み言を言われるのだと思った。

 しかし、次にベラが口にした言葉は、ルシルの予想とはまったくちがっていた。


「あの時……あなたは私を助けてくれたのに、私はあなたを助けられなかった……! ごめんなさい……」

「え……?」

「ごめんなさい……ルシル……」


 ベラの肩が大きく震える。指の隙間からこぼれ落ちる涙は、まるで胸の奥に沈んでいた後悔が、静かに零れ落ちていくようだった。


 淡い月明かりが、カフェ・ローワンの店内を照らしている。辺りには時計の針の音さえ響くほどの静寂が満ちていた。

 その静けさのなかで、ベラの涙だけが、遠い過去の重さを物語っていた。


「どういうこと……?」


 ルシルは困惑しながら尋ねた。


「どうして、ベラが謝るの? 謝らなきゃいけないのは、私の方よ。私はずっとザカイアの側近をしていた……。国中の人から嫌われている『闇纏い』なのよ……」

「ルシル……。平気なふりをするのは、もうやめて……」


 心臓が大きく跳ねた。

 前にもベラに同じことを言われた覚えがある。胸の奥で閉じていた記憶が扉を開く。13年前のあの日へと……。


「ルシルはザカイアに仕えていたんじゃない。あいつに、無理やり従わされていたんでしょ……?」

「ベラ……」

「私、知っていたの……。だって、あの呪いのペンダントは、ザカイアからもらったのよ」


 ルシルは驚きのあまり、固まる。ベラが掌から顔を上げた。涙に濡れた目で、ルシルを射抜く。


「13年前……私はザカイアに会ったの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(10/3金)1巻発売します!
html>
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ