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7 ジークとアンジェリカ


 カフェ・ローワンを後にすると、レナードとジークは箒で飛び立った。


 住宅街の上空を飛行していく。2人の間には距離が開いていて、何とも気まずい沈黙が流れていた。

 ジークの方はレナードのことを気にしていて、ちらちらと視線を向けている。やがて、意を決したように声をかけた。


「レナード……さん」


 レナードは振り返ることもなく、淡々と言う。


「“さん”はつけなくていい」


 普通であれば、先輩にそう言われても委縮するだろう。だが、ジークという男はちがっていた。


「ふーん、そう? じゃあ、遠慮なく」


 ニッと笑って、その提案をあっさりと受け入れている。

 彼は箒を操り、馴れ馴れしい距離間でレナードへと近寄る。


「あんたさあ、本当にアンジェリカのことをいじめたりしてないだろうな?」

「彼女をいじめて、俺に何の得がある」

「そりゃあね。いろいろとあるじゃん? ほら、実は……好きとか」


 レナードはまっすぐ前を向いたまま、ジークの方を見ようとはしない。受け答えもどうでもよさそうであった。しかし、今の発言には思うところがあるようで、わずかに眉をひそめた。


「好きな相手をいじめるという心理は、俺には理解できない。好きな人のことは大事にするものだろう」

「へえ? それには同意するけどね。じゃあ、あんたはアンジェリカに気があるわけじゃないの?」

「『アンジェリカ』のことは、何とも思っていない」

「ふーん? ま、それならいいんだけどさ」


 ジークは、よっ、と腰を浮かせて、レナードの方に体を向ける。箒の上で片膝を立てる姿勢をとった。少しでもバランスを崩せば落下する、危なっかしい体勢だ。

 しかし、ジークは体幹が優れているらしく、わずかな揺れもない。そこがまるで平らな地面の上であるかのようにどっしりと座っている。

 レナードはようやく興味を引かれたように、横目で彼を見た。


「新人。その乗り方は危ないぞ」

「新人じゃない。ジーク」


 ジークがむっとして言うと、レナードも渋々と言い直した。


「……ジーク」

「へへ……先輩、心配してくれてありがとう。けど、大丈夫。俺さ、昔から運動神経はよかったんだ。だからなのか、箒に乗るのだけは得意でさ。その代わり、魔法の方はアンジェリカに敵わなかったけど」


 馴れ馴れしい態度に、レナードは呆れたように目を細める。


「君は、アンジェリカとは家族のような関係と言っていたな」

「そう。幼馴染で、姉弟みたいなもんだよ」


 思いを馳せるように、ジークは顔を上げて遠くを眺めた。


「俺とアンジェリカの親同士が仲良くてさ。昔から付き合いがあったんだ。でも……アンジェリカのお父さんにいろいろあって……アンジェリカはうちで預かることになった。アンジェリカのお父さんは、シルエラ魔法学校で先生をやってたんだ。すごく優秀な魔導士だったよ。俺とアンジェリカにも、魔法についていろいろと教えてくれた」

「知っている。俺もシルエラ魔法学校の出身だ。……彼に教わったのは、普通の魔法か?」

「はあ……? 当たり前じゃん。あ、っていうか、あの噂を気にしてんの?」


 ジークは不快そうに顔をしかめて、レナードを睨む。


「ロイスダールさんのことを、『闇纏いだったんじゃないか』なんて、失礼なことを言う人もいたけど、俺は信じてないよ。あんなに優しくて、誠実な人が、ザカイアみたいな頭のおかしいやつに仕えていたわけがないよ」


 ロイスダール・ハザリー。


 アンジェリカの父であり、元はシルエラ魔法学校の教師だ。『闇纏いの1人ではないか』という疑惑も持ち上がっていたが、真偽は不明となっていた。

 闇纏いは正体を隠している者が多く、世間から名前を認知されているのはザカイアやルシル、そして、騎士団によって検挙された者たちだ。


 ロイスダールは8年前の『夜明けの聖戦』でザカイアが討ちとられて以降、生死不明の状態で行方不明となっている。そのため、彼が闇纏いの一員だったのではないかという疑惑は確かな証拠がないまま、宙に浮いた状態となっていた。


「ロイスダールは今、行方不明となってたな」

「うん……。あれから何年も経っているから……。俺も覚悟はしてるよ。あの人はもう、生きてないんじゃないかって」

「アンジェリカは? 父親について、何か言っていなかったか?」


 ジークは考えこむように顎に手を当てた。


「そういえば前に……不思議なことを言っていたな。『父様とは、きっとまた会える(・・・・・)』って」

「何……!?」


 レナードは目を丸くして、ジークに身を寄せる。


「アンジェリカがそう言ったのか……!?」

「いや……でも、それが真実なのかどうかは……。アンジェリカは昔から、ふわふわとした感じの子でさ。不思議なことをよく言うから、友達もいなくて……。あの言葉もロイスダールさんがいなくなったことを信じられなくて、アンジェリカが自分にそう言い聞かせているだけだって思ってたけど」


 レナードは探るような視線をジークに向けた。


「アンジェリカは、変わり者だったのか?」

「そういう言い方は好きじゃないな。確かに、少し個性的だったけどさ……。そこがまた魅力的だったよ」

「君の感想はどうでもいい。客観的に見た場合、彼女は学校で周りから浮いていたのか?」

「まあ……。俺以外に仲のいい人っていうのは、いなかったと思う」


 レナードはジークから顔を逸らして、正面を向いた。何気ない様子で問いかける。


「今のアンジェリカのことを、君はどう思う」


 ジークは柔らかくほほ笑んだ。大切な人のことを考えている時のような、温かな眼差しで答える。


「アンジェリカはアンジェリカだ。どんな彼女でも、俺はアンジェリカのことが好きだよ」


 レナードは思うところがある様子で、黙りこくる。やがて彼から視線を逸らすと、箒のスピードを上げた。


「……能天気な奴だ」

「えー! 何だよそれ! ほんと冷たい先輩だなあ、あんたって」


 ぶーぶーと文句を言いながらも、ジークはレナードの箒に合わせて、難なくその後を追いかける。

 箒に乗るのが得意というのは、事実のようだった。



 ◆



「その効果は――次の世代。つまり、当事者の子供に現れるの」


 ルシルはベラの目を見つめながら、厳かに告げた。

 ベラは目を丸くして、その言葉を繰り返す。


「次の世代……? そんなことが……ありえるの?」

「……ええ」


 ルシルは目元を歪めて、下を向く。

 嫌な記憶が脳裏をかすめた。


 それは、自分が闇纏いであった時――思い出すのもおぞましい、ザカイアに関する記憶だった。



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(10/3金)1巻発売します!
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