8話 帰還(ただし、お互い完全無事ではないとする)
目を開ける。
白魔法を使った後の目覚めは、瞼を動かすのすら面倒で最悪だった。
体の節々は痛い、魂で動いていたようなもんだから自分の体自体がもう重い。
(ここ、祠のそばの木陰か?どうして俺こんなところに)
口を開けて空気を吸い込めば、体の機能がちゃんと始まったようにすごい勢いで咳き込む。
咳は白魔法を使った後に毎回あるいつものことだ。治まるまではいつも一人で耐える。
でも今回は反応する声があった。
「レオニス殿!目が、ようやく目覚めましたか……!」
「げほ、げぇっほ。は?なんでお前。あ、いいえ。なぜここにいらっしゃるのですか」
「今は王妃の必要はありません。ライユに人払いをさせたので、祠周辺には私たちしかいません」
頭上からそいつの声が聞こえる。
ごりっごりの筋肉で肥大した体に、浅黒い肌。
それは、俺を神域から引き戻した人間の気配。
どうも体勢がおかしいと思ったら、俺は奴の胡坐の上に乗り、右腕に抱き締められていた。
(なんだよこれ、俺なんか倒れたままにしておけばよかっただろ。聖女の国じゃそれが普通だったのに)
どうにか逃げ出そうと体をよじるも、そもそも魔法に体力を持っていかれている。
抵抗にすらならなかった。奴……メイカは、もぞもぞ動く俺を抱えなおす始末だ。
さっさと放せ。
そう言いたかった言葉は、メイカの顔を見たときに固まってしまう。
「よかった、よかったです。目覚めなかったら私はどうすればいいのかと、生きた心地がしなかったので」
「何、お前泣いてんの。お前には関係ないだろ、今回は手こずったがいつもこんなもんだし」
俺の顔を覗き込むメイカの目から数滴こぼれる涙。
雨みたいに落ちる涙は俺の頬に、首に、服に染み込んでいく。
それを見るや、メイカがハンカチを取り出して恐る恐る俺の顔に当てる。
「関係ないはずがないでしょう。あなたは、私が望んだ人なのですから」
「たかが、昨日結婚しただけだろ。誘拐までして」
「あなたを守るための方法だったので。結婚自体は手段ですが目的ではありません」
あまりにもまっすぐに見てくるメイカに嫌味は言えなかった。
わずかに見えたあいつの左腕。俺から見えないように隠してたが、鎧を外して包帯がぐるぐる巻きになっている。
魂の領域に、肉体を無理やり突っ込んだんだろう。
抵抗がすさまじかったはずだ。包帯ににじむ血が、無茶の証拠。
「もう勝手にしろ。考えるのもキツイ、ねむい……あと祠、壊すなよな」
「見透かされていましたか。わかりました、壊しませんよ……ゆっくり眠ってください」
俺を右手で抱きしめたまま、メイカが立ち上がる。
もう抵抗もせず、体を預けて咳が出ないように深呼吸した。
絆されたわけじゃない。
ただ、体を動かしたくないだけだ。
寝心地がいいし、運んでもらえるなんて楽だからだ。
首を動かし、祠を最後に目に焼き付ける。
友の気配はどこにもない。空間の歪みももちろんない。
キツネの消滅が確実なものになってしまった証拠だった。
(じゃあな、俺を愛してくれた友)
祠が見えなくなるまで、俺は目を開けていた。
来た時と変わらないのは、太陽の光に照らされた緑の木々。
自然の中で人間と共生していた友の棲み処。
「友達だったんだ。俺にとって、神はみんな友なんだよ」
「……そうでしたか。レオニス殿は、そうなのですね」
規則正しい揺れと、時折当たる鎧の固さ、金属の擦れ合う音。
ちっとも慣れないものばっかりなのに、眠気が誘われていく。
耐えきれなくなって目を閉じれば、魔法を使った時とは全く違う眠りに落ちた、