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6話 追憶(ただし、俺が愛したその時間だったとして)

そこは、一面の本棚と机とベッド。そして鉢植えがある部屋だった。

木造の一室は古くて、俺が動くとどこかが小さく軋む。

本棚の本は、俺が留学中に読んだものばかり。鉢植えも、ミントやハーブの薬になるようなもの。

外は快晴で、木々が揺れて、学舎が少し遠くに見える。

部屋に吹き込む風はどこかで煮炊きをしているのか美味しそうな空気を運ぶ。

部屋のど真ん中に立つ俺は、これが現実じゃないことにすぐ気がついていた


「ここ、俺が留学中に住んでた寮?」

『そうだよ。きみはここがすきだったでしょう?』


脳内に声が響く。

部屋を見渡せば、白いキツネが一匹、机の上いっぱいに寝そべっていた。

太く長く、大きな尻尾をゆぅらり揺らしてあくびを一つすると、また話しかけてくる。


『そのころもはあわないね。よごれてしまったし、かえよう』


次の瞬間、音もなく俺の服装は身軽で丈夫。一介の学生だった頃の体にピッタリ合った、懐かしい学生服に変わっていた。

満足そうに頷くキツネは、これだこれだ、と一人で満足している。

その姿に、すぐ合点がいった。


「やっぱり、覚えがある気配だと思った。お前、学舎の薬草温室の隣にあった祠の神と同じ神だろう?俺がいつも挨拶してた……祀られる規模から考えて、学舎にあったのが分社。山の中にあったのが本社か」

『そのとおり。きみがしるわたしとは、ばしょがちがうからしんぱいしていたんだよ。でもすべてわたしだ。おぼえていてくれてうれしい』


太い尻尾を揺らりとさせた白キツネは、相当に俺の来訪を歓迎してくれているようだった。


「ここは、神域だろう?神様が己の内側に作ることができる、何でもありの世界。5年くらい前に、分社だったお前の神域に一瞬触れさせてもらったことがあるんだ。あれは美しかった。一面の稲穂と夕焼けの情景を見せてくれた」

『おぼえているとも。わたしたちのなかにさわれるひとはもうすくない。……だからこそ、いとしいんだよ、れおにす。ひとのこのだれよりも、わたしたちはふれてくれるものをあいしてしまうんだ』


白キツネはその言葉を発したかと思うと、いつの間にか俺の眼前にいた。

しかも大きくなっている。目と鼻の先に、キツネの毛皮が広がる。

天井すれすれまでの図体になったキツネ。

見下ろすその瞳は潤んでいて、涙がこぼれ落ちそうだ。


『おまえをしってしまったから、さみしくなった。わたしのことばをきけるものも、いない。おまえがこのくにをでてしまえば、わたしからなにもできない。おまえにかたりかけられるのも、おまえがまなぶすがたも、くすりをつくろうとするすがたも。みることすらできなんだ』


頭に直接語りかけるその言葉は、だんだん痛くなるほどに語気が強くなる。

キンキンともキャンキャンともつかないその痛みは、この神がずっと抱えていた寂しさの形なのかもしれない。

だというのに、俺への思いを伝える神とは裏腹に、自覚できるほど俺の心は静かだった。


「もしかして、5年前から変な気配出してたのそれが原因か?俺が聖女の国に帰ったから……俺、別れの挨拶とか分社のお前にしたよな?『俺には役目があるから』って」

『しらないしらない。さみしかったんだ。とめたかったのに、それなのにおまえは』


ぼろりぼろりとキツネはついに泣き出した。

今は図体が大きい分、涙も大量。俺は咄嗟に引き出しからタオルを出すも、到底キツネの顔には届かなくて困る。

160センチもない俺は、泣いている友の涙を拭いてもやれない。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、キツネはシュルシュルと小さくなって、30センチくらいの子ギツネにしぼむ。


「わ、縮むのかお前」

『あたりまえだ。ぶんしゃのわたしもこれくらいだったろう?』

「そうだったな。ほれ、タオル。顔拭くからこっち来い」


キツネは素直に俺に顔を寄せ、大人しく拭かれていく。

白くふわふわの毛並み……なのだが、その感覚に違和感がある。

(なんだ?触れているのに空気をかすってる感覚。本質的には触れていないような。いつもならこんなことはないはず)

つい手が止まる。

そして、キツネはずっと細めていた目をふうっと開く。

その顔は少し残念そうだった。


『やはり、きみはするどい。きづいてしまったかい?』

「自覚があるのか」

『もちろんだとも。きみがいなくなってから、わたしにあいさつをしてくれるのはほんしゃのいちぞくだけだった』


背筋を伸ばして俺に告げるキツネ。

学生服の俺も、俺の知るサイズのキツネも昔のまま。

それなのに、たった5年で全てが変わるのがこんなにも淋しい。


「この国の人に忘れられて、体を保てなくなっていたのか」

『そのとおり。このごねんで、ほんしゃいがいのほこらはこわされた。だから、さいごのちからをふりしぼったのさ』


小さな体でも胸を張って満足げなキツネ。

その体からは、キラキラと光る金色の粒が少しずつ漏れ出ている。

その光は、人の目には見えなくなったもの達が消滅する前兆だ。


「お前、消えるんだぞ?お前をずっと大切にしてきた一族がいるのに、ぽっと出の聖女もどきにのために死ぬ寸前の力振り絞って、俺のためみたいな世界作って!!バカじゃねーか!?」

『ばかでもいい。それに、たいせつにしてくれたものたちはわたしのちからがなくてもしっかりいきていたさ。とっくに、かごをあたえれなくなったわたしをあいしてくれた』

「なら余計にそいつらのために」

『でもね、かれらにはみえないのさ。だったら、みえておはなしもできる、あいするともにつかったっていいだろう』


キツネの力が増していく。

白い毛皮が、黄金色に輝いて俺を包もうとしてくる。

俺の部屋だった空間は、燃えていくように端から白く崩れていく。

あまりに強い最期の力に圧倒されて、踏ん張るのもやっと。

目の前にいる友が最期の力で何がしたいのかわからない。

(何がしたいんだ!?俺を取り込んで生きながらえるか、取り殺すか、共に心中か!)

神に寄り添う俺のやり方が、初めて通用しなくなる恐怖。

光魔法は、思いと誇りと魂の強さが物を言う。そして、人には見えないもの達に愛される魂の資質があるから成立するもの。

俺も、次期聖女の妹も歴代最高の光魔法の使い手としてどんな相手でも手こずったことはない。

だというのに、今、俺は負けかけている。

理由は明白だった。


「存在が持っていかれる…!」

『やまにはいってからのはなしをきいていたよ。れおにすは、のぞまないあいてとけっこんして、いやなおもいをしているんだろう?』

「ははっ、お見通しか」

『きみのはなしも、むかしからきいたからね。せいじょのくににかえっても、つらいことしかない』


キツネはさらに光を増す。

命を燃やすその威力は、ただの力じゃなくて俺の心を刺しに来ている。


『どこにいったってあんしんできないなら、このままわたしとともにいこう。どこまでも』


心がぐらつく。

こんなこと、白魔法の使い手としてあっちゃいけない。

自分を強く持ちたいのに、俺が一番充実して『俺自身』でいられた記憶がこんなにも甘い。


もういいんじゃないか?

俺の未来、聖女の国に帰ろうが、黒の国にいようが、俺自身として生きてはいけない。

ここで、楽になれるかもしれないんだ。


それがいけなかったんだろう。

力負けしないように踏ん張っていた膝が、ガクンと曲がった。

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