11話 茶会(ただし、不勉強を恥じる時間であるとする)
黒の国のお茶はどこか薬の味がする。
それがこの一か月、王妃生活に慣れてきた俺の悩みだった。
色が黒めで、鼻から抜ける香りが独特で、華の国で学んだ「漢方」というものにそっくり。
聖女の国はレッドティーかグリーンティーで、こんな風味のものはなかったから、油断するとちょっとえづいちまう。
「レオニス様、やはりお茶が進みませんねぇ?やっぱり男性受けがよろしくない。ばあや、これでもお茶を入れる自信はありますのよ」
「わりぃな。どーしても薬っぽくて」
「ではまた配合を変えましょうかねぇ。このお茶は健康にいいですし、陛下もよく飲まれるのですよ」
「味覚壊れてねえか?それに俺の好みに寄せなくていい」
「なにおっしゃいますか!この国にレオニス様がやってきたその日から、ばあやはお世話するのを楽しみにしておりましたのに!」
年齢の割に反応が騒がしくて、元気なばあやにやれやれと呆れた。
時間はだいたい午後三時。
俺の身の回りの世話を命じられた、ばあやという50代くらいのご婦人との茶会が恒例になっていた。
彼女はこの城を一人で管理しているらしい。
石造りで広いこの城をだ。
それだけメイカに信頼されてるばあや何者だよ。
「疲れねぇか?仕事量すごいだろ、わざわざ来ないでいいのに」
「慣れましたよぅ。それに、レオニス様もお掃除に洗濯手伝ってくださいますし」
「暇なんだよ。メイカのやつ、城から出るなって言いやがるからな」
掃除に洗濯、俺の飯を作って、買い出し。
俺が見ているだけでその仕事量だから、もっとやるべき仕事が多いだろう。
良心が痛むし、体動かしてないと落ち着かない。
別に大したこともしていないのに、このばあやはそれを心底幸せそうに見るもんだから落ち着かない。
「陛下も心配なのですよ。三傑の方々も今は城を留守にしているのですから、当然です」
「三傑、ねぇ……」
「心配ございませんよ!この城には陛下がちゃーんと黒魔法をかけていますからねぇ」
「黒魔法の気配はわかる。心配はしてない、けどな」
メイカは属国で反乱があったとかで、それを鎮圧しに行った。
わざわざ王が出るというなら、大事だろう。しかも、かなりの手練れを連れていくとは。
苦々しい顔して、出発を渋るもんだから「さっさと行ってこい」と彼女を追い出したのは俺だ。
あいつの黒魔法なら、反乱鎮圧くらい訳ないだろう。そもそも武力制圧でのし上がった黒血王なんだし。
「なあばあや、聞いていいか」
「いいですよ?陛下のかわいいエピソードでもいかがですか」
「なんで知ってんだよ。……そうじゃなくて三傑についてだ」
「三傑ですか?おや、陛下はちゃんとお話になっていらっしゃらないんですねぇ。残念ですわ」
ばあやは残念ですと再度言って、大げさに肩をすくめる。
茶目っ気ありすぎるなこのババア、じゃなくてご婦人。
初めから俺が男だって知っていながら楽しそうに女物着せ替えしてくるし。
「え~三傑はですね。簡単に言いますと、陛下が革命を成し遂げるときに一番初めに仲間となった三人です。
彼らは陛下が神と契約して黒魔法を得た際、自らも力になりたいと契約に割り込んで黒魔法を得た、勇気ある若者とされていますねぇ」
「契約に割り込む?それ以前に、黒魔法は生まれ持ったものじゃないのか」
「生まれながらに魔法なんて使えるわけありませんよ。すべての魔法は神との契約によって『代償』を払って得るものだと陛下がおっしゃっていましたからね」
しょっぱなから愕然とした。
魔法についての認識がなさすぎる、俺。
物心ついた時には、次期聖女の妹共々白魔法が使えていた。
どうしてそれを使えるのかなんて考えたこともなかった。
しかも、神との契約によってもたらされるとすれば、あることに行き着く。
「メイカが神を『モノ』扱いしたのは、魔法を得るだけの手段として見てたからか」
「大丈夫ですか~レオニス様。まだまだお話の序盤ですよ、お茶飲みますか」
「おう……茶はいらない」
自分の無知さに頭が痛い。
もしかしてメイカは魔法について俺より造詣が深いんじゃないか?
そんなあいつに、俺は勝手に「神をモノ扱いするな」だの持論振り回して、心配させて、無茶させたことになる。
(自分がやったことに後悔はない。でもメイカからすれば俺はとんでもねぇ迷惑野郎じゃねーか)
俺の尻ぬぐいのようなことをさせて、その相手に悪態つき続け、だというのに一切見放さず過保護に俺を守っている。
異常だ。
俺は、あいつにここまでさせるほどの人間じゃない。
黙ってしまった俺の反応を少し伺うも、ばあやは「それでですね」とまた明るく話し出す。
女の茶飲み話っていうのは、古今東西男の反応がどうあれ止まらないらしい。