8日目①:話し合わねば始まらない
『よぉ、きょうだい。起きてるかー?』
深夜の二時の事だった。
俺は突然の電話で起こされた。
俺の、今は遠くにいる家族からの電話だった。
というかお前は時差の事を分かっててやってるだろ絶対。
『ちょっと軍資金が足りなくてさー。ちょっと送ってくれn――』
ガチャリ。
問答無用で切った。
いま何時かを気にせずかけてくるような家族はいません。
だがしかし、すぐにまた電話が鳴った……しつこいにもほどがある。
『頼む! 頼むよきょうだい! 先っちょだけでいいから!』
「先っちょってなんだよ。いやあるけど先っちょだけでお金は使えんだろ」
さらには下ネタまで使ってくる。
はぁ。なんでこんなキャラになったんだか。
もしかして親やその仕事仲間の影響か?
そいつらの顔が見てみたいわ……って俺の知ってる顔だわ。
『実は銀行口座を凍結させられてさー。このままじゃ仕事が進まないんだわ』
「…………分かったよ。そっちが使ってる店に送るわ」
『ありがとよきょうだいー! 愛しt――』
ガチャリ。
すぐにまた切る。
もう愛の言葉は聞き飽きた。
というか朝まで寝かせてほしい。
また始まるんだから。
どうなるか分からん平日が。
碧海さん……もしかすると俺のストーカーかもしれんクラスメイトなギャルが、俺に何かを仕掛けてくるかもしれない日々が始まるんだから。
※
「一樹くん、昼休み……アタシの話、聞いてくれない?」
少々寝不足であるが、なんとか登校して。
そしてオタクグループの会話に加わろうとした時だった。
ガッシと腕を掴まれ、動きを止められ。
それから無理やり向きを変えられ……絶句した。
そこにはハァハァと肩で息をする碧海さんがいた。
ちなみに彼女は顔を上げていない。
相当速い速度で走ったのか、右手で俺の腕を掴みつつ、左手を内股な膝にのせ、上半身を折り曲げて顔を床に向けている。
そんな彼女を見て……いや顔は見れていないけど。
とにかく俺は、そんな彼女の必死さに一瞬驚いたものの。
――彼女が話をしようとしている。
その事実を前にして、覚悟を決めた。
いったいなぜ彼女が俺のアパートを知っているのか、などの謎を解明するためにも……いい加減、彼女と話をする覚悟を。
「う、うん」
だがそれでも、動揺だけは隠せない。
オタクグループに所属している俺が、高校の女生徒の人気の上位の人と話をするだけでも、プレッシャーだけど……碧海さんに、ストーカーな一面がある可能性があって、それで何かが起きる可能性も考えてしまって、非常に怖いから。
※
やってしまった。
勢いでやってしまった。
昨夜、これからどう一樹くんと接するべきか悩みに悩んで徹夜して。
それで起きてみたら遅刻寸前で。それでママに文句を言おうとしたけれど、今日はママが仕事で早出している事を思い出して。
そしてメイクとかせずに高校まで全力ダッシュして……偶然にも見てしまった。
浅黒い肌に、天然パーマ。
そして額にホクロがあるのが特徴の一樹くんを。
今まさに教室へと入ろうとする瞬間の彼――小学生の頃に、イジメッ子にイジメられていたアタシを助けてくれた人を。
運命だと思った。
いや結ばれるとかじゃなくて。
今こそ、彼に話しかけるべきだという意味合いで。
きっとこれは、神様から与えられたラストチャンス。
だからアタシは、とにかく最後の猛ダッシュをして…………一樹くんに、OKを貰った。
これが告白のOKだったらどれだけ良いか。
なんて思わないでもないけど、順序は大事よアタシ。
とにかくあの子――アタシが食堂喫茶で大声を出したから、他の客の迷惑になるかもしれないと考え、大声を出した原因であるアタシの悩みを解決するため、助言をしてくれたあの子の言う通りに、まずはぶつからないと話は始まらない。
さぁここからが本当の勝負。
順序に気をつけつつ頑張らねば。
それはそうと、改めてゴメンね店で大声出して。
※
そして昼休み。
顔を上げた碧海さんに、屋上に続く階段の屋上の手前まで引っ張られた。
なんだかどっかで見た事があるようなシチュエーションだったけど、気にしてる場合じゃない。
とにかく話を聞かなけれ――。
「ごめんなさい!」
真っ先に頭を下げ、謝られた。
いきなり謝られても困惑しかないけど……?
「実は入学前――」
とにかく、話は始まった。
まさかな結末に続く彼女のお話が。