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いつもお読みいただきありがとうございます!

「デボラ!」


 あれは彼女の母親だ。なぜ分かるかって、髪の色が燃えるようにあの女性も赤いから。

 会場にあんなに見事な赤毛は他にいなかったはず。ということはこの彼女の名前はデボラか。


「あ、お母さま! 大変よ、この子が池に突き落とされてて! 怪我もしているから手当てしないと!」


 お茶会会場がもう見えているというところで、彼女の母親の方も目ざとく俺たちを見つけてドレスをたくし上げて走ってきた。

 ドレスで貴族夫人って走れるんだな、見た目といい勢いといい本当に彼女そっくりだ。いや、夫人の目の色は茶色だが彼女はグリーンだ。


 デボラ・ハンティントン。


 商売に成功しており金持ちのハンティントン伯爵家の令嬢。それが彼女の名前だった。

 それほど裕福なら、アシュクロフト侯爵家に媚を売る必要はない。


 彼女が先ほどのことをチクっていたが、アシュクロフト侯爵夫人つまり俺の養母もやってきて騒ぎは大きくなりお茶会どころではなくなっていた。

 養母がデボラとその母親に礼を言い、すぐさま俺とデボラは恰好が恰好だけに帰ることになった。


 彼女は母親お気に入りのドレスが台無しになったというのに、ヘラヘラ笑って俺に手を振っていた。俺も手を振り返す。ふと視線を感じると、アシュクロフト侯爵夫人が俺をじっと見ていた。


「茶会で醜態を晒してしまい申し訳ありません」


 まだ人目があるので、養母である夫人に対して深々と頭を下げることはできない。そんなことをしたら夫人が愛人の子を虐待している、なんてウワサが乱れ飛ぶかもしれないからだ。俯いて謝罪する。


「……そんなことは子供が気にすることではありません」


 夫人は俺がまだまだ不出来だからか少し悲しそうな表情をした。

 まぁ、侯爵夫人だからこんなところで俺を叱責などしないだろう。この人に叱責されたことはないが。

だって、叱責というのは期待しているからされるものだ。期待していない人間に叱責などするはずがない。夫人と俺の共通の目的はあのクズを殺すこと。それ以外に期待されることはない。


 夫人には本当に申し訳なく思った。もっとうまく立ち回れば、俺はこの人に心労をかけなかったはずなのに。


 馬車に乗ってから俺は夫人にまた謝った。


「次から気を付けますので、またチャンスを頂けますか。今回会場を抜け出したのは、王太子に万が一にでも気に入られたら困るからです。あのクズを殺すときに注目は邪魔になり」


 そこで俺は空気を読んで言葉を切った。

 夫人が可哀想なものを見る目で俺を見ていたからだ。


 この人に呆れられたら、俺は捨てられるだろうか。この二年殺されなかったからと油断はしていないつもりだったが、茶会会場で愛想良く振る舞っておくべきだったか。あの、太陽みたいな誰からも好かれる王太子の側にいるのは嫌だった。自分が手に入れていないものを見せつけられるのは。でも、デボラのことは嫌じゃなかった。


「そろそろ、あの……クズがあなたの婚約者選定にうるさくなるはずよ」


 自分は愛人のところに入り浸っているのに、婚約者を決めろと。まぁ、侯爵邸にいられても殺意が湧くだけだが。


「あれがうるさくなる前に決めておかないと。デボラ・ハンティントン嬢なら大丈夫でしょう。ハンティントン伯爵家は裕福でメリットもあるからあのクズも反対はしません。打診しましょうか」

「もっとアシュクロフト侯爵家のために有利になる婚約があればそちらに」

「私はあなたの意見を聞いているのよ」


 俺は夫人を恐る恐る見た。

 彼女がここまで俺と長く会話することはなかった。最初にクズを殺そうと話した時が一番長く喋ったんじゃないだろうか。その後は侍女を通して俺の様子は聞いているようだったが、会話はそれほどなかった。


 夫人はなぜか微笑んでいた。


「あなたは十分よくやっています。十二歳ならばもっと子供らしくしておきなさい」


 これは、呆れられているのだろうか。


「俺はあのクズをなるべく早く殺したいんです」

「分かっているわ。そのためにはあのクズが結んだ婚約に時間を取られる可能性は潰しておかないと。頭の悪いバカな女を連れてくるかもしれなくてよ」

「それはないのではないでしょうか。夫人だって執務をこなせるほどの方なのですし、あのクズはその辺りよく分かって」

「ハンティントン伯爵家に打診してもいいかしら」

「夫人のおっしゃる通りに」


 夫人が強引だ。でも、俺にとっても都合が良かったから頷いた。


 デボラ・ハンティントンなら、神様にも愛されない俺を愛してくれるかもしれない。あんなに綺麗な格好をしていたのに、彼女は泥だらけになることも厭わずに俺にしつこく手を伸ばしてくれたから。


 あぁ、でももしかしたら俺の容姿がとても好みなだけかもしれない。それは好都合だがもしかしたら、誰にでもああいうことをするのかもしれない。雨に濡れる子猫や子犬にもあのように必死に手を差し伸べるのなら面白くない。

 だって、俺は俺だけを愛して欲しいんだから。それならどうすればいいだろうか。彼女の家は金持ちだから、金では釣れない。


 彼女のことを考えていたら夫人にため息をつかれた。

 呆れられたかもしれない。それでも、俺はデボラの太陽みたいな背中を思い出して背筋を伸ばした。そうすると、少しだけ太陽に手を伸ばせた気がした。

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