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いつもお読みいただきありがとうございます!

 俺は教育を受け、夫人たちに殺されることなく十二歳になった。

 夫人とは共犯のような関係だ。家族ではなく、共犯。夫人は俺が侯爵となれるようにしっかり教育係をつけてくれているし、使用人たちも丁重に扱ってくれている。


 まるで針か棘でも扱うように慎重に丁重に。


 クズは意外にも大きな病気をしない奴だった。

 日頃の行いの報いを受けることもなくピンピンしている。あいつは母さん以外にも愛人を作っているのだ。吐き気がする。だから、夫人や使用人たちと協力して避妊薬を食事に混ぜて飲ませるようにしている。万が一にも、俺みたいなのがまた出てこないように。


 まだ殺せないが、いざという時に毒殺でもすればあのクズの今の健康状態から怪しまれるだろう。何年かかけて弱らせていく必要がある。そこが面倒だった。馬車事故もしっかり調べられると面倒だし、パーティーか何かで倒れる所を目撃させてそこから療養に入れば怪しまれないだろうか。


 ぼんやりと勉強の合間にクズを殺すことばかり考える。

 衣食住が満たされたら、こんなどす黒い感情は薄れるのかと思っていた。

 否。全く薄れることはない。むしろ煮詰まってドロドロしている。


 あのクズは俺のことを夫人の息子として届け出て、病弱で領地に引っ込んでいたという体にしているらしい。しかし、ウワサというのはどこからか漏れるものだ。



「お前って愛人の子供なんだろ」

「平民の血が入ってるってやつか」


 城での子供まで集めたお茶会の時に、他家のガキたちに絡まれた。

 第一王子のために友人をという趣旨のお茶会だったと思う。第一王子には挨拶をしたが、まぁ大変に明るい野郎だった。


 何の苦労もしたことのなさそうな、自分は愛されて育ってきましたと宣言しているようなキラキラ笑顔を振りまく太陽のような奴。誰とでも友達になりそうな明るい奴。太陽の光を集めて作ったような誰からも愛される犬みたいな男。苦手だ。視界に入れたくない。


 世界で最も苦手なタイプである第一王子の友人・側近枠になど興味がないので、俺は一緒に来た夫人の目を盗んで城を散歩していた。

 まぁ、侯爵を殺そうとしている人間が王子に近付くのも良くないだろう。そもそも王子に近付けば注目をそれだけ浴びてしまう。侯爵を殺すのにそれほど邪魔なものもない。

 そうやって言い訳しながら俺は会場から逃げたのだ。


 しかし、退屈した子供は俺だけではなかったようだ。


 というか、愛人の子供というのはそれほど責められることなのだろうか。

 愛人を許容するような貴族社会で俺だけが責められるのはおかしくないか? 責めるなら、愛人を作ったあのクズとその股間だろうが。


「なんで城なのに平民がいるんだよ、いや、庶子ってやつか」

「なんか臭くね?」

「ん? あぁ、確かに庶子臭いな」


 ガキの会話に少し安心した。

 クズはあの父だけではないらしい。自分の生物学上の父だけが反吐が出るほどのクズだったら、その血が半分は流れている自分はどうしようかと思っていた。


 こういうガキもきっと将来、夫人になった女性に唾を吐いて抵抗しづらい身分の低い女性に手を出すのだろう。


 抵抗するのもバカらしいし、このつまらないお茶会からさっさと帰れるならと思って二人のガキには口答えしなかった。池も近くにあったし「臭い」なんて言っているなら池に落として洗うとか言い出すだろう。


 あと、十二歳の俺はまだまだ年齢のわりに小柄だった。ガキ二人は立派な体格をしていたので無駄な抵抗はしない。下手に抵抗したら怪我をする。


 両脇を掴まれて池に突き落とされた。

 臭いって言ってたわりには触るんだなと余計なことを考えていたら、今度は女性の元気な高い声がした。


「ちょっと! 何してるの!」

「うわ、あの女。口うるさいめんどくさい奴だ」

「逃げよう」

「ちょっと! 大丈夫⁉」


 フリフリのドレスを着たガキがどこからか勢いよく走ってきて、手を差し出す。さっきからガキガキと言っているが、俺もガキなのは分かっている。ただ、心の中で口が悪いのは育ちだ。


「ほら、風邪ひくわよ」


 フリフリドレスのガキは、燃えそうなほど赤い髪だ。


 俺が手を掴まないでぼんやり池の中に立っていると、彼女は急かすように自分の手をさらにずいっと差し出した。

 何のお節介か偽善だろうか。俺はイライラした。

 関わり合うのが面倒で手を掴まないでいると、彼女はバシャバシャ池に入ってきて俺の手を掴んで引っ張る。


 綺麗な靴とフリフリドレスに泥や草がついて濡れる。

 無視していたら去ってくれるかと思っていたのに、そこまでされて俺はギョッとした。まさかこのガキ、相当バカなのか? ドレスや靴、高いだろう。


「ドレスが……」

「あ、ケガしてる! 痛そう!」


 池の中の石で切ったらしい。彼女の声で視線を落とすと、足があちこち切れて血が出ていた。見た目だけだとなかなか悲惨だ。


「大丈夫⁉ もうあいつら! とりあえず手当てもしなきゃいけないし戻ろっか!」


 自分が怪我をしたかのような声を大げさに上げながら俺を池の中からグイグイ連れ出すと、彼女はなぜか背中を見せてしゃがみこむ。

 彼女の行動の意味が分からず、俺は本気で首をかしげた。


「……何してるの」

「さ、おんぶするから! 乗って乗って!」


 乗って乗ってって……。しかもおんぶって……。

 俺は自分の見た目が細くて女の子みたいに可愛いことは自覚していたから、猫はちゃんと被っていた。「ガキが何の用?」なんて聞いてない。今「何してるの」と言いながら困ったように首をかしげている俺は間違いなくそこらへんの令嬢よりも可愛いはず。ズボン姿だけど。


 俺のか弱そうな見た目でこんなことをしてくれているんだろうか。それとも、アシュクロフト侯爵家に媚を売りたいのだろうか。冷めた気分で彼女の背中を見る。


「えっと、さすがの私も抱っこは無理よ? お姫様抱っこってやつは無理」


 何を勘違いしたのか、燃える赤毛の彼女は焦ったように言う。誰が女性に抱えられて衆目の中に戻りたいのだろうか。


「いや、綺麗なドレスが汚れちゃうよ。自分で歩けるから」

「あ、いーのいーの。これお母さまの趣味で私には似合ってないから」


 それは言えてる。彼女の燃えるような火傷しそうな赤い髪に、ピンクのフリフリリボンがついたドレスは似合わない。


「これだけ汚せば、今度から着てって言われないでしょ。自分で似合わないって分かってるのに何回も着てって言われちゃあねー、断れないわよね」


 相変わらずしゃがんだ格好のまま振り返って彼女はニカッと笑った。さっきの王太子みたいに太陽の光を集めたような笑みだった。親戚……なわけないか。王太子は金髪だったし。貴族はクズか太陽かの二通りなんだろうか。


 実はほんの少し期待した。似合わないドレスを見て、彼女も庶子で虐げられているんじゃないかと。俺は虐げられていないが、父を殺すと決めている。

 でも、彼女の髪飾りはどこからどう見ても宝石のついた高級品だし、靴も泥だらけになる前は綺麗なものだっただろうし、ドレスだって濡れて汚れたもののすぐに高級品と分かる生地だ。


 そして何より彼女の様子。

 母親にねだられて仕方なく、似合わないと分かっていても母親の気に入ったドレスを着てお茶会に来る。文句を言っているように聞こえるが「仕方がないわよねぇ」とでも言いたげな表情。


 それは生まれた瞬間からずっと愛された者にしかできない態度と表情だった。

 俺は彼女の背中を眺めながら妙な気分に襲われた。


「もう! 早く戻って手当てしないと」


 彼女は動かない俺に痺れを切らしたらしい。

 俺の両腕をがしっと掴んで肩の上から首の周りにまわして、運ぼうとした。腕も掴まれて痛いし、足も地面について引きずっているから痛い。

 しかし、彼女は頑なに俺を歩かせないようだ。たかがこれだけの擦り傷なのに。


 やっぱり、彼女にはモヤモヤした。

 不快感じゃない。不快な思いならあのクズを見るたびに味わってきたから馴染みのある味だ。これは馴染みのない味だ。

 なんでこんなに初対面の俺のことを心配してくれるんだろう。自分が怪我をしたかのように。


「分かった。背中に乗るから」

「最初っからそうしてって言ってるのに」


 ブツブツ言う彼女がうるさいし妙な気分なので付き合うことにして、背中に乗って首に手を回す。


 燃えるように赤い髪がまるで太陽みたいに見えた。

 その太陽から放たれるむせかえるような愛情の香りに俺は手を伸ばしてしまった。そしてちょっとばかり彼女に強く抱き着きすぎた。その香りを嗅ぎたくて。


「ぐえっ、ちょっと力強すぎ」

「ごめん」


 まだ俺は小柄だからか、彼女はなんとか俺を運べた。

 ぐえっ、なんて甘いムードは全くない。彼女のドレスには俺の血までついてしまって、二度と着ろとは言われないだろう。

 いつもの俺なら絶対に女性の背中に乗ることなんてしない。誰かに隙を見せることなんてしない。


 彼女は「うーん、ちょっと重いかも」とブツブツ言いながらヨタヨタ歩く。

 なぜだろうか、彼女の背中に二年前に諦め果てたはずの愛を感じた。


 温かくて妙な気分だった。クズを愛して待ち続ける母親に抱きしめられるのとは違う温かさ。侯爵家に来てからは抱きしめられたことなどなかった。


 自分の感情の意味がわからなくてもう一度彼女にしがみつく手に力を込めた。


 再び彼女は「うげっ」と呻く。それでも彼女は俺を落とすことはなかった。

 香水ではない、彼女の香りを吸い込む。振り落とされないでしっかり俺を支える手に力を込めてくれたことが堪らなく嬉しかった。


 これが愛情か。


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