八月の夕日
窓から射しこむ夕日。廊下側はまだ青空だ。
西向の教室って珍しい気がする。小学校の頃もそうだったけ。
補習だるいなぁ。さっさと帰って、ゲームしたい……。先生がいなくなった瞬間、机に突っ伏している。どうせ、他に人もいないしいいだろう。
でも、やらなきゃな。分からないけど。
ペンを握って、問題を解き始めた。しかし、頭の中に色々な考えが浮かび上がっては消えてを繰り返して、集中できない。
絵を描くならもっと楽かな。
私は正解が嫌いだと思う。場合によるかもしれないけど。
誰にも縛られず、自由奔放に生きていたい。まあ、皆同じかもな。
頭の中空っぽではないけど、出来るだけ無意識に生きていきたいかも。
とはいえ、それの弊害が孤独なんだよなぁ。友達いない……。話相手ならいることにはいる。でも、それを友達と呼称していいのか、分からない。
相手は別の友達がいるし、そっちの人と仲良くしてる。私はただくっついているだけ。
自由でいることは友達沢山でいること。両方というのは無理だろう。
ふと、足音が聞こえてきた。マズイ、先生か?
ペンを強く握って、問題を必死に解いているふりをする。解けばいいのに、解くふり。私の人生には嘘が多い。謙虚な嘘。傲慢な嘘。
あぁ、段々と近付いてきている。どうも私は、先生も嫌いらしい。役職というか立場という意味で。正解を持っているのは私と相反している。
ガラガラ。
扉が動く音。なんかどうでもよくなってきた気がする。気がするだけ。
しかし、入ってきたのは先生ではなかった。同じクラスの人だった。名前は…結奈…だったけ?超陽キャってタイプだから、話さない。だから、名前も覚えられない。決して記憶力が無い訳ではない。
と、思ったけど最近、短期記憶が終わっている。同じことを何度も言うし、同じ物も買っちゃう。
できれば話しかけないでくれ、と思い。更に必死で解いている風にした。
でも、現実は無常だ。だからこそ、妄想に逃げるんだが。彼女は気さくに話しかけてきた。
「宮古さんも補習?真面目そうだけど、意外だね」
たしかに、普段はあんまり補習とかは受けないかも。一応それなりに勉強は頑張ているから。他の皆は受けていないのに、私だけが受けているのも不自然さを感じたのだろうか。私もちょっと気になる。最初の方は人がいたのに。
当たり障りのない返答を考えて、口にだす。何も考えずに発した言葉で私は何人も傷つけてきた。だから、常に考えるようになった。話している時だけ。
それでも、間違えるんだから救いようがない。
「そんなことありませんよ。結奈さんはどうしたんですか?」
ハッキリ言って、結奈さんはギャルみたいだから、成績が良いイメージはない。少なくともテストの点数で上位五十位に入っているところは見たことない。じゃあなんで受験は合格できたのだろう…?
結奈さんは豪快に笑うよう言った。
「分かるでしょ?ウチはバカだからさ、補習受けろって言われてるの、いつも。よくサボって怒られるけどね!」
こういう人ってなんで自分の欠点をスラスラと喋れるのだろうか。心の中で自虐はできても、言葉にはだせない。だって、その発言の誰かを傷つける可能性があるから。
「そうですよね……」
マズイ。勢いで言ってしまった。こういうことをサラッと言う自分が嫌いだ。無意識の内に相手を傷つけようとしているのだろうか。
たとえ、相手がネタにしていても、心の奥底では悩んでいるものだ。人間っていうのはそういうものだろう。だからこそ考えるようにしてるのに。
言った後に後悔したって遅いのに、ずっと考え続ける。あの時言った言葉、大丈夫だったかなぁ、と思ってしまう。
若干、沈黙が続いた後、結奈さんが話し始めた。
「いやぁ、数Ⅱ嫌いだわぁ。三角関数とかいつ使うんだよ」
使えるぞ。建物の高さとか求められるぞ。現代社会に不可欠なのに。
こういうことって言いたいけど言えない。相手を否定することに繋がるから。適当に同調しておく。
「そうですよね……」
さっきと同じ言葉だ。言葉のレパートリーが少ない。だからこそ、変なことを言ってしまうのかな。
「ってか、数学自体が嫌い。勉強も。強いて言うなら日本史が好きかな?戦国武将とか何かカッコいいし」
私とは別のタイプだ。そうと分かると、更に話したくなくなる。私は数学は好きだし、日本史は嫌い。
好みが違う人は嫌いな訳ではないけど、好きにはなれない。
「へぇ……。私は逆ですね」
多分言っていもいいだろう。隠し過ぎると不信感を抱かれる。不信感は指数関数的に増していく。そして、嫌いという感情へと変わっていく。
敵は少ない方が人生において良い。
結奈さんは大きな声で驚いた。大袈裟な感じがする。
「えええ!凄いね。どうやったら数学を好きになれるの?信じられない」
嫌いな人なら、当然の反応だろう。
「まあ、何か面白かったので。ベクトルとか」
また、適当に言ってしまった。大丈夫かな。
「ふぅん……。ていうか、もしかして宮古ってオタク?」
はっ!
なぜバレた。
あんまりグッズは持ってこない。別に隠している訳ではないけど。いや、というか普通にバレるか。放送で船長の曲流してたらバレるか。
「はは……」
なぜか乾いた笑いが出た。何か言えよ私。
「ウチ、宮古が推しているのはよく知らないけど、アニメとか好きなんだよね。ゆるキャン△とか。知ってる?」
ゆるキャン△かぁ。私はアニオタじゃないから詳しくはないけど、まあまあのオタクなのでは?そもそも女子で好きなのも珍しいと思うけど。私だって女子なのにVとか好きだけど。
「知ってますよ。一期は観たことあります。面白いですよね」
嘘。一期の途中までしか見てない。なんでしょうもない嘘をつくんだ…。でも、もはや慣れてきた。とりあえず今は受け止めるだけだ。
「観たことあるの?じゃあどのキャラが好き?」
ちゃんと観てないからいない。なぜ嘘をついたのだ。
「えっと……。あの青髪の本が好きな子ですかね…?」
「あぁ、なるほど。私も好き」
本心なのかな。私もしたように、ただの同調じゃないのか。
突然、扉が開いた音がした。
振り向くと先生だった。話していたことには言及ぜず、解けたかと聞いてきた。
結奈さんがまだでーす!と謎に元気に言った。先生は教卓に置いてある椅子に座った。先生が見ているので、自然と会話は無くなった。
久しぶりに一対一で話した。しかも、周りには誰もいない状態で。なんだかんだで、話すことは楽しい。
後悔だってするけど、それでもいいかな、と思えた気がする。いや、でも、やっぱり疲れた。もう、しばらくは会話したくない…。
校門の前をトラックが鈍く黒い音を出して走っていった。