#6
体育館の二階、第三会場の上の観客席。
この大会は男子が12チーム、女子が8チームで行われている。親善試合みたいなもののようだ。
吟子は椅子に座って、試合の様子を眺めていた。ルールはわからないが、竹刀と踏み込みの音に大きな声。迫力は凄い。ほとんどの人は一階で応援しているのか、二階の人影はまばらだ。
そうこうしているうちに、中央高の試合が始まった。深雪とさやかは面をつけて並んでいる。千歳は大将ということもあってか、面はつけていない。背中に赤い帯がついている。赤白の赤側ということだろうか。東商業とお互いに礼をして、深雪が試合場に残った。
審判の合図で、試合が始まる。先ほど話していたのもあるし、深雪には頑張ってほしい。
……そんなことを考える必要もないほど、深雪は強かった。あっという間に面で一本を先取。正直、ちゃんと当たっていたかもどうか見えなかった。彼女は一本先取しても守りに入らず、相手の隙を突いての抜き胴でもう一本。二分もかからずに試合を終えていた。先ほどの気さくな姿からは想像もつかないほどの気迫と身のこなしだ。
そして、次鋒戦。さやかの試合。
深雪よりは相手との実力差はないようで、お互いにポイントが入らず、じりじりした攻防が続いていた。そんななか、さやかが下がった隙に、相手の面が入った。一本。
「……あっ!!」
思わず腰が浮いたので、座り直す。二人は元の位置に戻って、仕切り直し。
「がんばって……ファイト……!!」
周りに人がいないからって、声が出てしまう。伝わるとは思わないが、それでも応援したい。負けてほしくない。
そのとき、相手の面に合わせて、さやかの小手が出た。一本が入った。
「やった!!」
思わず拍手。お互いに一本を取ったところで、再び仕切り直し。そこからは膠着していた。タイムキーパーの笛が鳴る。残り時間が少ないのだろうか。はらはらしながら見ているときに、ほぼ同時に面が出た。審判の旗が上がる。赤と白と、赤。白の旗が下りて、赤の旗が上がった。
「きゃーっ!!!」
拍手とともに思わず歓声が出てしまった。腰も浮く。近くに座っていた人から視線を浴びたので、慌てて座った。
さやかは一礼をして、試合場から出た。仕草の一つ一つがかっこよく見える。座っているところが見えたので、しばらく見てみると、面を脱いで、下に被っていた手ぬぐいを外し、顔を拭いていた。遠くてよく見えないが、嬉しそうな、ほっとしたような表情をしているのだろう。
お疲れ様。もう一度、小さく拍手をする。
続いて、中堅。知らない先輩だ。こちらもそこまで実力差がないようで、結果は引き分け。副将は一本勝ち。これで中央高の勝ちは決まった。
そして、大将。千歳だ。すでにチームの勝ちは決まっているが、千歳は手を抜いているように見えない。鍔迫り合いからの引き面で一本を先取。続いて、面でもう一本。千歳も強いようだ。大将は伊達じゃないということか。
結局、4対0で中央高の勝利。今まで知らなかったが、中央高は強かったようだ。次の試合まで時間があるので、持って来ていた本でも読んでおこう。
「シルちゃん!」
鞄から文庫本を取り出していると、さやかが二階に上がってきた。彼女の剣道着姿は新鮮だ。試合後の休憩時間ということだろうか、防具は外していた。普段のポニーテールではなく、一つ結びにしている。面を被りやすいように、ということだろう。
というか、なぜここに。深雪から聞いたのだろうか。
「来てくれたんだ! 言ってくれたらよかったのに」
「い、いや、気を使うかな、って……」
「そんなことないよ。応援、してくれたんだね。ありがと」
「で、でも、どうしてわかったの? 私が来てる、って」
「白雪先輩から試合前に聞いたんだ。勝利の女神が来てるからがんばって、って」
「しょ、勝利の女神……」
その呼ばれ方は正直恥ずかしい。何を言ってくれているのやら。
「ひょっとして、って思ったら、やっぱりシルちゃんだった。嬉しいよ」
さやかが横に座った。汗混じりの、さやかの匂いがした。
「あ、ごめん。汗かいてるからさ、臭くない?」
「あ、だいじょうぶ! 臭くないっていうか、いい匂いだよ!」
いや、フォローのつもりだったのだが、この言い方は違うような気がする。
「あはは、シルちゃん、匂いフェチなの?」
「あ、すみません! そういうわけじゃ!」
慌てて手を振る。さやかは笑って、スポーツドリンクを飲んだ。
「そ、それにしても、中央高、強かったんだね。知らなかった」
「えへへ、ありがと。……まぁ、白雪先輩と千代田先輩のツーマンなんだけど、ね」
「そう、なんだ。確かに二人とも強かったけど……」
「白雪先輩、中学のときに個人も団体も県ベスト4だからね。色んな高校から声かかってたみたいだけど、千代田先輩と一緒の高校がいいって中央校に来たんだって。千代田先輩もベスト4のときの団体で出てたから、相当強いよ」
「県ベスト4!? ……そうは……」
そうは見えない。言いかけてしまった。
「そうなんだよね。白雪先輩、全然偉そうにしないもん。それに多趣味でコミュ力お化けだから、勘違いしてる男子は絶対多いよ」
「あ、それはわかるかも……」
初対面の自分とあんなに親しく話してくれたところからも、深雪のコミュ力は推し量れた。さやかはスポーツドリンクをもう一口飲んで、席を立つ。
「それじゃ、そろそろ戻るね。次の試合も応援してね、勝利の女神さん」
「は、はい! がんばってく……がんばって、ね!」
「あはは、言い換え助かる。白雪先輩たちにもよろしく言っとくね!」
さやかは手を振って、観客席から出て行った。
剣道着姿のさやかは可愛かった。写真を撮ればよかった。思い出したかのようにスマートフォンを取り出して、ため息をつく吟子であった。
次の試合は準決勝。隣町の私立高校とだ。
深雪は貫禄の二本勝ち。さやかは引き分け。中堅は一本負け。副将は引き分け。そして、引き分け以上なら勝ちというところで、千歳は二本勝ち。決勝進出である。さやかが言っていた、深雪と千歳のツーマンチームというのは間違いではないらしい。
そして、少し時間を置いて、次の試合は決勝戦。吟子でも知っているスポーツ強豪校だ。中央高の男子はすでに負けているらしく、女子部員の後ろに並んで座っていた。
まずは先鋒、深雪の試合。先程までとは打って変わって、お互いに有効打が出ないまま引き分け。さやかも終始押されているように見えたが、相手の猛攻をしのぎきって、なんとか引き分け。中堅は二本負け。副将は引き分け。千歳は一本勝ちだったものの、ポイント差で中央高の負けとなった。準優勝である。準優勝でも大したものだと思う。お疲れ様の意味を込めて小さく拍手する。
男子の試合が終わるのを待っての閉会式になりそうなので、先に引き上げるとしよう。
『お疲れ様。惜しかったけど、準優勝おめでとう』
さやかにメッセージを送り、体育館を出た。バスに乗って駅に向かい、電車を待っていると、さやかからメッセージが届いた。
『応援ありがとう。ちょっと悔しい結果になっちゃったけど、シルちゃんのおかげで頑張れたよ』
そのメッセージと一緒に、さやかと深雪、千歳が一緒に写った写真が送られてきた。力になれたかはわからないが、喜んではくれたようだ。
それにしても、深雪と千歳に顔が割れてしまったので、中庭で読書をしにくくなった。嫌な訳ではないが、自分を取り巻く環境が変わってきたことを感じ始めた吟子であった。