#5
異邦人とはこのことか。
吟子は周囲をきょろきょろと見渡しながら、大学のキャンパスを歩いていた。私服ではなく制服で来ているので、余計に目立っている気がしてならない。
今週の日曜日に隣町の大学で試合がある。
さやかからそれを聞いていたので、こっそり応援しようと思って来てみたものの、大学のどこでやっているのかを聞いていなかった。おそらくは体育館だろうが、その体育館を探して歩いているのだった。
高校の制服で歩いているのがなんだか恥ずかしい。やっぱり帰ろうか。そう思った矢先。
「あれ、中央高の子?」
「ひゃっ!?」
後ろから声をかけられた。おそるおそる声の方向に振り返ってみると、そこには剣道着姿の少女がいた。長めの髪を一つ結びにしており、どことなく活発な印象を受ける。美少女とまではいかないが、可愛くないわけではない。失礼かもしれないが、中の上、といった感じだ。
「やっぱり中央高の子だ。一年生かな。……あれ? どこかで……」
この制服は胸元のリボンの色で学年を判別できる。緑、赤、青のローテーションで、吟子の世代は緑色。今の2年生は青色で、3年生は赤色といった具合だ。
少女はこちらをしげしげと眺めてくる。恥ずかしい。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
「……中庭ちゃんだ! どこかで見たことあると思ったら!」
「な、中庭、ちゃん!?」
ひょっとして、昼休みに中庭で本を読んでいたのを見ていた人だろうか。さやかが言っていた先輩なのかもしれない。
「どうしたの、中庭ちゃん。なんでわざわざこんなとこに? 何か探してる? お腹空いた? 喉乾いた?」
「あ、え、えっと、お腹は……空いてない、です」
彼女は人懐っこい性格なのだろうか、初対面というのにグイグイくる。彼女のテンションにただただ圧倒される吟子であった。
「みーゆ。もう、後輩困らせてどうするの」
剣道着姿の少女がもう一人現れ、先程からいた少女の耳をつまむ。笑顔こそ浮かべているが、それが少し怖く感じた。
「いたた……ちぃ、中庭ちゃん。生の中庭ちゃんだよ!」
「あ、ホントだ。ごめんね、友達が迷惑かけて」
後から現れた少女はショートヘアで、文句なしの美少女だ。どことなく落ち着いた雰囲気がある。
「め、迷惑だなんて……」
圧倒はされていたが、悪い気はしなかったし、ちょっと楽しい人とも思った。
「そういえば自己紹介がまだだったね。あたしは白雪深雪。中央高の2年だよ。こっちの美少女が千代田千歳。気軽にちーちゃん、って呼んでね」
「なんでみゆが言うの。中庭ちゃん、何か探してるの? それともお腹空いた?」
言い回しが流行っているのだろうか、二人とも同じことを言っている。思わず吹き出してしまった。
「あ、ご、ご、ごめんなさい! え、えっと、白雪、先輩と、同じこと、言われてたので……」
「でしょー。あたし達、ラブラブだから!」
「違うよ」
千歳にじゃれつこうとする深雪だが、千歳のほうは塩対応である。とはいえ、表情はいくぶん柔らかい。
というか、剣道着ということは、さやかの先輩だろうか。なら、試合がどこでやっているか、聞いてみてもいいかもしれない。迷惑でなければ。
「えっと、剣道部の先輩、ですか?」
「そうだよ。……あ、ひょっとして」
深雪がにしし、と笑う。
「さーやの応援?」
さーや。さやかのことだろう。
「え??? な、な、な、なんで、わかったんです、か?」
「だって、1年で試合に出るの、さーやだけだもん」
「白金ちゃんは強いからね。頼りになるよ」
やはりさやかのことだったようだ。さやかが強いということは知らなかった。彼女は剣道を中学から始めたとのことだが、にも関わらず先輩から強いと認められているとは、やはり努力の成果なのだろうか。
母親を喜ばせようという、みんなからの期待に応えようという努力の成果。
「さーやっていうか、あたし達はあそこにいるよ。よかったら来る?」
深雪が指差した先は、体育館とおぼしき建物の陰だった。
「あ、い、いえ、それは!」
さやか以外に知っている人はいない。人見知りが出てしまう。深雪もそこを察してくれたのか、それ以上押してはこなかった。腰の後ろに手をやり、パンフレットを取り出す。袴の腰板に差していたようだ。
「じゃあ、これ。今日の試合のパンフレット。あたし達は第三会場でやってるから。次の次に東商とやるよ。あたしは先鋒、一番手。ちぃは大将、五番手。さーやは次鋒、二番手だから。応援してね」
「は、はい。ルールとか、よく、わかりませんけど……えっと、こっそり、応援、します」
「あはは、中庭ちゃん、野球漫画のお姉さんみたい」
「ちぃ、何それ?」
「主人公がお父さんにしごかれてるのを、木の陰からひっそりと応援してるんだよ」
「さすがにそれは昭和だよー」
その漫画を見たことはないが、情景はなんとなく想像がつく。
「でも、女の子が応援に来てくれたって言ったら、男子は喜びそうだね」
「ダメダメ。中庭ちゃんはあいつらにはもったいないよ。あいつらバカばっかだからさ」
「は、はぁ……」
「壊れた竹刀で弓矢作ってガラス割るわ、鍔でホッケーするわ、竹刀で野球するわ。小学生かっての」
「みゆ、野球はやりたそうにしてたじゃない」
「それはそう。中学のクラスマッチのソフトだとエースで四番やってたからね」
「私は七番セカンドがいいなぁ」
「ちぃ、それは渋い」
二人のやり取りはもう少し聞いていたいが、これから試合みたいなので、二人をあまり拘束するのも悪い気がする。
「あ、あの、それじゃ。白雪先輩も、千代田先輩も、がん、がんばって、ください、ね」
「おお、中庭ちゃんの生激励。これは効きますねぇ、千代田さん?」
「確かに。恥ずかしそうにしているのがなかなかいいですな、白雪さん」
恥ずかしくなってきたので、二人に頭を下げて、逃げるようにその場を後にした。
先輩二人は別作品からゲスト出演です。
設定を考えるのが面倒だったからです。