闘技場の客席で「死ねー!!!」「殺せー!!!」って叫ぶ仕事をやっていまして、大変ですがやりがいはあります
アルマ王国は剣術や武術が盛んな国である。
国営の闘技場では日々闘士たちによる試合が行われている。試合観戦には国内のみならず海外から訪れる人も多く、王国にとっても重要な収入源となっている。
今日も闘技場では興行が開かれ、客席は大きく賑わっていた。
そして、客席からは野次が飛ぶこともある。
「オラーッ! ブッ殺せーッ!」
「死ねーっ!」
「殺し合えーッ!」
しかし、これらの野次、実は専門の人が飛ばしているものだというのはご存じだろうか。
彼らは一体どういう人間で、野次にはどういう効果があるのか、さっそく紹介していきたいと思う。
***
取材を受けて下さったのは“野次のエキスパート”“ヤジマスター”などの異名を持つベテランの野次職人ゴードン・ルイス氏。
見た目はいたって温厚そうな中年男性といったところ。
本人も自覚しているようで、
「野次が得意といっても、本人は冴えないオヤジですよ」
などと親父ギャグを飛ばす一幕もあった。
事実、彼は妻子を持つ夫であり、お父さんでもあるのだ。
さっそくゴードン氏の仕事ぶりを見ていこう。
今日も闘技場では10試合が予定されている。
闘技場入りしたゴードン氏ではあるが、他の野次職人にも挨拶こそするが、ほとんど会話はしない。
普通、仕事の話や世間話ぐらいしてもよさそうなものだが――
「我々の仕事はノドが命ですからね。仕事以外ではあまり喋らないようにしているのです」
なるほど、そういうことだったか。
こんなところにもプロ意識が表れている。
客席に座り、試合前に売り子からお茶を買い、喉を潤しておくことも忘れない。
まもなく試合が始まった。
ゴードン氏の顔つきが変わる。温厚なものから、いかにも野蛮でガラの悪い面相になっていく。何かが憑依したのではと言われても信じてしまう変貌ぶりだ。
それではここでゴードン氏の野次の数々を見て頂こう。
「ブッ殺せー!!!」
「新人のくせに澄ました顔してんじゃねえぞ! 死ねえっ! 死にやがれっ!」
「何やってんだボケ! つまんねえ試合してんじゃねえぞ!」
「もっと血を見せろ、血を! こっちは血が見たくて闘技場まで足運んでるんだよォ!」
「こんな決着で納得できると思ってんのか! 金返せーっ!」
「ぬるい試合してんじゃねえぞ! なんなら俺がてめえらまとめて殺っちまおうかァ!?」
「うおおおおおっ! いいぞ、もっと殺し合え! 人の死こそ最高の娯楽だァ!」
全ての試合が終わった。
ゴードン氏は一息つくと、「これで今日の業務は終了ですね」とにこやかに笑った。元の温厚そうな顔に戻っている。
そして、闘技場の支配人からギャラを受け取ると、彼は愛する妻子の待つ家へと帰宅する。
***
さて、ここで疑問に思った方もいるだろう。
なぜこんな職業があるのか? そもそもこんな職業が必要なのか?
続いてはこれらの疑問について検証していきたいと思う。
高い勝率を誇るトップクラス剣闘士であるワレス・ギュンター氏に伺ってみた。
「野次があるのとないのでは、全然緊張感が違いますね」
ワレス氏は語る。
「物騒な野次をその身に受けることによって、血肉が沸き立つというのは当然あるんですが、自分は今“そういう場に立ってるんだ”と我に返ることもできるんです」
ワレス氏は闘技場事情にも詳しい。
「昔の闘技場は審判もなく戦士がどちらかが動かなくなるまで戦う、血なまぐさい場所だったと聞いています。しかし、今は審判もおり武器も安全な物にされ、言ってみれば“死”からだいぶ遠ざかったものとなりました」
彼の言う通り、かつての闘技場は荒々しい戦いの場だった。負けた者はもちろん、勝った者が試合で受けた傷が元で死んでしまうケースも珍しくなかった。しかし、時が経つにつれて闘技場の様相も変化していく。現在では10年以上死亡事故が起こったことはなく、重傷者が出ることも稀である。
「ですが、いくら安全になっても戦いは戦いなんです。我々闘技場で戦う戦士はあの野次を受けることによって、自分は死と隣り合わせの場所にいると自覚できるんですね。同時に相手もそうなのだと実感できる。なのでやりすぎないように自制できるんです」
一見物騒な野次が、今の健全な競技化した闘技場においてかえって安全性を高める役目を担っていたのである。
ワレス氏はこう締めくくってくれた。
「野次職人の方々には本当に感謝しています。これからも物騒な野次を期待しています!」
もちろん、野次の効果はこれだけではない。
闘技場内を盛り上げる効果もある。
こんな観客の声もあった。
「あまり叫ぶのって好きじゃないし……初めて闘技場に行った時も応援などはせず黙ってようと思ってたんです。ですがあのド迫力の野次を聞いてたら、なんだか心の奥底にある本能みたいなものが目覚めて……つい叫んじゃいましたね。今では僕も客席でガンガン騒いでますよ」
さらにはこんな観客もいた。
「ぶっちゃけ野次が目当てで観戦してますよ。声もよく通ってて、汚い言葉なのに全然嫌な気分にならないんですよね。特にゴードンさんのファンで……サインをお願いしたら快くしてもらえましたよ。ちょっと戸惑われてましたけど」
また、闘技場の支配人であるバンドル・ビゴー氏は野次職人についてこう私見を述べている。
「野次のおかげで戦士は気を引き締めることができ、観客は盛り上がることができます。そうすれば、試合の質が上がり、評判も上がります。結果として闘技場興行はさらに盛り上がることになる。彼ら野次職人は闘技場にとって欠かせない存在なのです」
一見試合の邪魔になってしまいそうな野次であるが、今の血の匂いが消えた闘技場興行においてはかつての荒々しかった頃の闘技場を思い起こさせる良きスパイスとなっているのかもしれない。
***
自宅に戻ったゴードン氏。
ほっと一息つくゴードン氏に、「野次職人をやっていて一番嬉しかったことは?」と尋ねてみる。
「色々ありますが……やっぱり一番は女房と出会えたことですね」
ゴードン氏の奥さんであるサリアさんと息子のマック君がお出迎えだ。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは!」
実はサリアさん、かつては世にも珍しい女性剣闘士をしていたのだ。そして、闘技場を職場にする者同士知り合い、結婚に至ったという。
結婚した今でも奥さんに野次を飛ばすのかと聞くと、
「まさか! サリアにはよくしてもらってますし、そんなことしませんよ。それに夫婦喧嘩になったら絶対勝てませんからね」
「もう、あなたったら!」
すっかりのろけられてしまった。
野次を飛ばすことで闘技場を盛り上げ、幸せを掴んだゴードン氏。
まさに縁の下の力持ちであり、真のプロフェッショナルである。
今後のさらなる活躍が期待される。
最後にマック君にお父さんについて聞いてみた。
「お父さん、大好きです! 優しいし、いつもお仕事頑張ってるし……」
お父さんが大好きなマック君。
せっかくなので、普段お父さんからどういう教えを受けているか尋ねてみた。
すると――
「人に向かって“死ね”とか“殺せ”とか絶対言っちゃいけないよって言われてます!」
これを聞いたゴードン氏、思わず苦笑いをしてしまった。
完
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。