愛の決闘者・上
ある村に一人の若者がいた。その名はラルフ。彼は気の良い青年だった。そんな彼には想い人がいた。街一番の美女と噂される幼馴染のセーラであった。彼女のためならば、ラルフは命を投げ出す事も惜しくは無い。
ある時ラルフは公衆の面前でセーラへとプロポーズを行った。
「おお、セーラよ! 僕の思い人よ! 僕と夫婦となりて、ともに人生を歩む事を願わん!」
ひざまずいて真っ赤な花束を差し出し、ラルフは思いのたけをセーラへ伝えた。それはまさに堂々としたものであり、セーラも受け入れるかに思われた。しかし、そこに割って入る男がいた。
「セーラ、そんな貧乏人の男など捨て置き、俺の女になれ! 町の名士の息子である俺のプロポーズ、よもや断りはしないであろう?」
尊大な言葉を挟みこんだのは、金持ちの息子のオーランドだった。彼も虎視眈々とセーラを狙っていたのだ。
セーラは言葉を返せずにいた。オーランドの父親はセーラの父親の恩人。無下に断っては父親の顔も立たなくなる。それにオーランドは陰湿な性格で有名だった。どんな仕返しを受けるかわかったものではない。彼女はラルフの思いに応えたかった。しかし彼女は二人の男のプロポーズに挟まれて身動きが取れなくなったのだった。
人の事に気を回せるラルフはセーラの窮状をすぐに見抜いた。そして決意する。
「オーランド。彼女にプロポーズしていたのは僕なんだ。のいてもらおうか!」
ラルフは威風堂々と恋敵に宣告した。お前は邪魔だ、と。そうする事でセーラの意思決定の問題ではなく、ラルフとオーランドの問題にすりかえたのだ。彼女の窮地を救うために。
ラルフの言葉にオーランドは激怒した。
「先もくそもあるか! ふぬけのラルフ。情けないペンキ屋の息子のラルフ! お前のようなぼんくらはもっと申し訳なさそうに街の隅で生きていてもらおうか!」
オーランドはラルフをあざ笑う。
「僕のことならいざ知らず、父をまでも愚弄するか! 断じて許せん!」
ラルフは自分の愛する者をコケにされるのが何より許せない男だった。
「お前のことなど知った事か! お前のようなこ汚い男にセーラはもったいない。セーラは俺が可愛がってやるからお前は指を咥えてみているが良い!」
オーランドはラルフを下に見ていた。そんなラルフが人々の目の前で堂々とプロポーズを行った事が特に許せなかったようだった。だからラルフに恥をかかせて追い払おうとした。だが、それはラルフの闘志に火を付けただけだった。
「彼女にふさわしいのは僕だ。引き下がるが良いオーランド。どうしても僕とセーラの恋路の邪魔をすると言うのならば、決闘だ!」
ラルフはあくまでオーランドを邪魔だと言い放った。そして決闘を申し込む。一人の女を奪い合う男達には決闘が許されていた。その決闘で命を落とそうが、それもまた名誉の死とされた。結果相手を殺傷しようとも許される儀式。だからこそ試されるのだ。女性のために命を投げ出す覚悟はあるのか否かを。
「な、なんだと?」
オーランドは決闘と言う言葉に怯んだ。それは相手と対等の立場で命のやり取りをする羽目になるからである。だから速答できなかった。
「そうだ。決闘だ。どちらが彼女にふさわしいか、決闘で決めよう!」
ラルフは堂々とオーランドに決闘を申し込んだのだ。観衆はざわめく。そう。愛をかけた決闘とは大衆の一大イベントである。勇気ある勝利者が女性と結ばれ、そしてまた勇気あった敗者もまた讃えられる。決闘とは崇高なものであり、その決定は誰であっても覆す事は出来ない。
決闘を断る事も可能だった。だが、それは臆病者とのそしりをまぬがれない。だからオーランドは断る事もできなかった。無様な敗走者が決定するからだ。
「・・・・・・いいだろう。受けてたとう。ならば一ヵ月後だ。一ヵ月後に神聖なる戦いの場にて、決着をつけよう! それまでせいぜい余生を謳歌するんだな!」
オーランドは決闘を受けたようだ。言いたいことだけ言い放って退散して行った。
大衆は大いにどよめいた。これは一大事だと瞬く間に噂話が広がっていく。
セーラはラルフに駆け寄った。
「ラルフ、大丈夫なの?」
セーラはラルフを心配していた。下手をすればラルフが命を落としてしまうからだ。ラルフもセーラが自分の身を案じている事に気が付いた。
「問題ない。僕は必ず勝利する。そして君を妻に迎える。大勢の前でそれを認めさせて見せよう」
「私はあなたが無事であることだけを望む・・・・・・」
セーラは邪魔さえ入らなければラルフのプロポーズを受けるつもりだったのだ。
「最善は尽くす。それだけさ。君は見守っていてくれ」
そういうとラルフはセーラの手を取った。二人の仲の良さは周知のものとなっていたのだが、そこにオーランドが横槍を入れたのだ。観衆はラルフの勝利を願っていた。
ラルフは一人きりになった時、急激に不安に駆られた。ラルフは剣を握った事もなかった。いつも父親の仕事を手伝ってばかりで、他のことなど何もわからないのだ。ラルフはその不安を払拭するべく、剣の稽古を行おうとした。だが、何をすればよいのか分からない。
「おい、ラルフ。今、この町にすごい剣士が来ているぞ。その人から学んで見てはどうだ?」
ラルフを見かねた町人の一人がそう声をかけた。ラルフはこれ幸いとその剣士を探す。
探し人は村の雑貨屋に居た。それは黒い鎧を着た魔剣を背負う男、セヴァンであった。
「僕の名はラルフ。この街のペンキ屋を営んでいる男の息子。あなたを名うての剣士と見込みお願いする。どうか僕に剣についてを教えてくれないだろうか!」
ラルフはセヴァンに頭を下げた。彼から剣術を学ぼうとしたようだ。
「・・・・・・・・・・・・」
セヴァンはラルフを一瞥する。しかし、何も応えない。
「愛する女性の為に、僕は決闘する事となった。どうか御力添えをいただけないだろうか!」
ラルフはダメ押しでお願いしようとした。
「・・・・・・断る。他を当たれ」
セヴァンは短くそう断った。
ラルフは落胆する。相手の男は間違いなく腕の立つ剣士であろう。かなりの修羅場をくぐってきている男独特の雰囲気を持っていたからだ。しかし、願いが聞き届けられなければ仕方が無い。
「あらあら、ラルフちゃん。困ったわねぇ」
雑貨屋の老婦人がラルフを見かねて声をかけた。
「いや、不躾な願いをした自分が悪いのだ。他を当たりますよ」
ラルフは既に気持ちを切り替えていた。
「しかし私も困ったわねぇ。ラルフちゃんは決闘で取り込み中だから」
老婦人は心底困り顔でそう呟く。
「お婆さん。いかが致しました?」
ラルフは老婦人を心配する。
「いえね。実は家の屋根が雨漏りするようになってしまって・・・・・・夫も年だから無理をさせるわけにもいかず、誰かに修理を頼めないかと思っていたのよ」
「そうですか。なら僕が屋根の修理をしますよ!」
ラルフはあっさりと老婦人の困りごとを引き受けた。
「あらあらまぁまぁ! ラルフちゃんはそれどころじゃないでしょうに!」
老婦人も流石に驚いている。
「困った方を見過ごす事はできません」
「決闘よりも他の事を優先したら、セーラちゃんも怒るわ!」
「いえ。むしろセーラならば、困った方を捨て置いて自分事を優先させた僕を許さないでしょう」
ラルフはそう言うと「どこが雨漏りしているんですか?」と、老婆に話を伺おうとしていた。
セヴァンはそんな様子をじっと見ていた。そして一言、「ふむ」と呟いた。
決闘の日までひと月。その間は決闘の事で街の話題は持ちきりだった。それは当然ラルフの父親にも伝わる。
「ラルフ。お前は決闘を控えているのだ。その為に鍛錬をする必要があるだろう。仕事のことはワシに任せて、お前はお前のやるべき事をやりなさい」
父親は息子の事を心配した。しかし、ラルフは、
「いえ、父さん。僕は仕事の手伝いもきっちりやる。心配しないで」
ラルフは父親にそう応えた。
「しかしだな。お前の人生の一大事なのだ。その時ぐらいは家の仕事を空けても悪くは言えまい。生活費ぐらいはきっちりワシが確保するから、お前は彼女の為にできることをやっておくれ」
ラルフの家は貧しかった。その日暮らすので精一杯なのだ。それもラルフが父親の仕事を手伝った上での話だった。
「いや、それで父さんの負担を増やしたくも無い。僕のことなら心配要らない。いつも通りに清く正しく生きていれば、神は見ていてくださるさ」
あろうことか、ラルフは普段どおりの生活を崩す真似はしなかった。
ラルフは一生懸命に父親の塗装業の仕事を手伝った。一日ペンキ塗れとなって過ごし、汗水流してその日一日の為の稼ぎを得る。彼は決して周りの人々の善意に乗っかろうとはしなかった。いつもの通りにいつもの様に過ごしている。
だから稽古をするわけでもなくすごしているのかと言うとそうではなかった。
夜遅く。街の一角にてブンブンと何かを振るう音がする。
「フン、フン、フン!」
そんな声も聞こえてくる。ラルフだった。彼は仕事終わりに剣の稽古をやっていた。彼は彼なりに必死で訓練をしていたのだ。彼は必死に剣を振るう。
その事を知ったセーラが水とタオルを持ってラルフの元を駆けつける。
「ラルフ。そんな無理を続けたら、いつか倒れてしまうわ!」
セーラは普段どおりの生活を続けながら、無理して剣の稽古をしているラルフの事を知っていた。
ラルフがセーラから水を受け取り口にする。
「ありがとう、セーラ。だが心配しないで。僕は必ずやり遂げて見せよう」
「それもこれも私がオーランドを拒絶しなかったのがいけないんだわ! そうでなければあなたを危険な目にあわせる事も無かったのですもの!」
セーラが叫んだ事実そうだったとしても、それはできない理由があったのだが。
「あの場面で君がやつに恥をかかせたならば、いつか必ずやつは僕らに復讐するだろう。それだけは避けねばならない。これでよかったんだよ」
ラルフは彼女に言い聞かせた。もしそんな真似をしていたら、もし仮にラルフが決闘で負けた場合でも、オーランドが彼女にどんな仕打ちをするかわかったものではない。そこまでをも考慮のうえで、ラルフは自らオーランドに決闘を申し込んだのだ。
「あなたと駆け落ちでもして、この町から逃げ出せればよかった!」
セーラは出来ない事をつぶやいた。そんな事をしようものならば、オーランドは必ずや彼らの親にその復讐をするだろう。逃げ出したものに対して世間も同情する事はないだろう。だからラルフが決闘を申し込んだのは妙手だったのだ。勝利者も敗者も名誉が守られ、その決定には誰も異議を挟み込むことが出来ない。
「できない事を考えても仕方が無いさ。それよりも、堂々と幸福になる道を行こう。僕らは日陰者になるような真似は何もしていないのだから」
ラルフは笑って見せた。それでセーラを安心させようと努めた。
「私は応援する事しかできないのね。なんだかもどかしいわ」
セーラは悔しそうに呟いた。
「いや、僕は応援してもらえて嬉しいがね! 必ずや勝利を君に捧げよう。そして、二人で人生を歩んで行こう・・・・・・」
ラルフとセーラは見つめ合った。そして抱き合う。権力者の横槍が入らねば、どれだけ幸福であった事か。
そしてラルフは再び剣の稽古に戻った。セーラに目を留めずに一心不乱に剣を振るう。それは明日を切り開くための力を得るために。
そんな様子を影から見るものがあった。セヴァンである。彼はじっとラルフの様子を見ていたのだった。そしてしばらくしていずこかへと立ち去って行った。