親の仇を追う少年・上
外套を纏った少年が森の中を歩いている。その表情は固く、その視線は鋭く前を見据えている。ただの旅行には見えず、どこか悲壮感を漂わせている。少年は延々と歩き続ける。向かう先にあるのは地獄か。少なくとも楽園を目指した者の顔つきではなかった。憎悪。敵意。彼が燃やすのは怨念だった。
少年が山間の都市にたどり着いたとき、真っ先に向かったのは冒険者ギルドだった。少年はそこで窓口の女に話しかける。
「賞金首の情報を知りたい。鉄眼のバルドスと言う奴だ。何か情報は無いか?」
少年は無愛想にそう言った。窓口の女も慣れたもので、ぱぱぱっと対象の賞金首情報の資料を手元に寄せる。
「えぇ、ありますね。鉄眼のバルドス。常に眼帯をしていて片目は義眼だと思われる。起こした事件は現在わかっているだけで強盗65件。強姦39件。殺人57件。賞金首としては大物ですね。生死を問わず、倒せば金貨50枚が報奨金として掛けられていて・・・・・・」
窓口の女は淡々と答える。
「そんな情報はどうだっていい。僕が知りたいのは現在の目撃情報だ」
少年は窓口の女の言葉を遮った。
窓口の女は少年を何て無愛想な子供なのだろうかと思った。とても賞金首ハンターが務まるような年齢にも見えない。彼女は相手を小ばかにしてやりたい感情を押し殺して業務に徹する。
「近隣の町で目撃されたという情報が来ていますね。最新の情報ではこの街を通り過ぎていったとも。山の麓の大森林方面へ向かったとのこと」
「わかった」
少年はそういうと踵を返してギルドを出て行こうとする。それを窓口の女は呼び止めた。
「バルドスは賞金狙いの冒険者を返り討ちにしているわ。坊やじゃ手も足もでない事だろうからやめておく事ね」
窓口の女は親切心でオブラートに包んだ侮蔑の言葉を投げかける。どうしても一言言ってやりたかったようだ。
少年はちらりと窓口を見ると、そのまま建物を出て行こうとする。その時であった。
「おい、がきんちょ。バルドスを狙っているのか? はっはっは! こいつは笑えるじゃねぇか、なぁドラルド」
三人組の冒険者の男の一人が少年を笑った。青い髪をした長身の男だった。ガラは悪いが顔は整っている。リーダー格の男のようだった。
「こんな子供が賞金首狩りを気取ってやがんのかよ。百年早いぜ。奴を頂くのは俺達だよなぁ、サウロ」
ドラルドと呼びかけられた仲間の男もあざ笑っていた。こちらは無骨な顔のいかにもな戦士だった。
「ほらほら、サウロもドラルドもやめなよ! 気取るくらいは誰だって自由じゃないかしら!」
もう一人の仲間の女もフォローしているように見えて、少年を小ばかにしていた。魔法使いのようだが、露出の激しい服を着ている。冒険時の機能性よりもセックスアピールを優先する辺り、自己主張は激しそうだった。
少年はちらりと三人組を見たが、黙って通り過ぎようとする。それをサウロが足を伸ばしてとおせんぼした。
「おいおい、無視かよ。随分と生意気なクソガキだな!」
「・・・・・・何か御用かよ」
少年はちらりとサウロを見た。
「バルドスは俺達が頂く。ボウズは諦めておうちに帰るんだな。お前みたいなガキはママンのおっぱいでも吸っているのがお似合いなんだよ」
サウロが少年を嘲笑する。少年を背伸びした冒険者気取りの子供だと考え、からかっているのだ。
「なんだと!」
挑発を受けて怒り狂った少年がサウロに殴りかかる!
「おっと、手癖の悪いガキだ。よほど親のしつけがなっていないと見える」
ドラルドが少年の首根っこを捕まえて止めた。そして放り投げる。少年は床に転がった。
「このおっ、言わせておけば!」
少年が立ち上がり、三人組に殴りかかろうとする。
「はいはい、ぼうや。おねむのじかんでちゅよ~。はい、昏睡魔術霧!」
魔法使いの女がステッキをかざす。紫の霧が放たれて少年にぶつかると、少年はこてんと横たわって眠りこけてしまった。
「リッキィ。お前が一番容赦ねえじゃねえか! あっはっは!」
サウロがさもおかしそうに腹を抱えて笑った。
「こんなギルドのど真ん中でガキが寝てたら邪魔だろう。どけておいてやろう。おらっ」
ドラルドが少年を掴んで壁際まで放り投げた。子供とはいえ少年を片腕で投げ飛ばせるだけ、ドラルドの力は強かった。魔法で眠った少年は起きない。
そんな様子を見ていたほかの冒険者達だったが、トラブルが終わったと見てさっさと自分達の仕事の話に戻って行った。皆面倒ごとは避けたがる。
「バルドスの相手をするのに、こんなガキに横からしゃしゃり出てこられたら邪魔だろう。やつは俺が倒す。賞金は俺達のものだ!」
サウロが高々に周りへと宣言した。これでバルドスを倒せれば、それなりに名声は上がるので、その宣伝効果を狙ったパフォーマンスだった。
「きゃー! サウロかっこいい!」
リッキィと呼ばれた女魔法使いはサウロの腕に抱きついた。知能職の魔法使いでありながら、さぞや頭が軽そうな女だった。
三人組はわいわい騒ぎながら冒険者ギルドを出て行く。後に残されたのは魔法で眠らされた少年が壁際に転がっていた。しかし、だれも少年を心配はしない。自分達の仕事の受発注に専念していた。・・・・・・荒くれ者も多い冒険者ギルドではこの手のトラブルなど日常茶飯事なのだ。
数時間後、少年は目を覚ました。そして起き上がる。少年は魔法で眠らされていた事に気がついて壁を殴った。完全に出遅れたと悔やむ。三人組も賞金首を狙っているのだ。このままでは掻っ攫われてしまうかもしれない。少年は焦った。そして街で休憩もせずに旅を続行する。
大森林。それは人知の及ばない場所。この森の中には大小さまざまな亜人の集落がある。人間は山越えで国境越えをする者以外は通らない場所だった。一日で踏破できるような小さい森ではない。出立が遅れた事に焦った少年は、野営の準備もせずに歩き続けた。だからなのだろう。日が暮れる頃にようやく自分が何の準備も無しに、夜の森で一泊しなければいけないことに気が付いた頃には、野狼の群れに襲われていた。少年が走って逃げ続ける。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・」
少年が息を切らせて走る。このままでは狼達に追いつかれてしまう。いや、少年が疲れるまで狼達は泳がせているのかもしれない。執拗に追ってくる狼を振り切ることも出来ず、少年は暗くなった森の中を闇雲に逃げ回っていた。
・・・・・・その時、闇夜の中で明るく輝く光が見えた。少年は一縷の望みをかけてその光へと駆け寄った。
光は焚き火だった。焚き火の側では黒い鎧の男、セヴァンが野営をしていた。
「・・・・・・・・・・・・」
セヴァンが無言で少年を睨みつける。
「不躾で申し訳ありません。自分は狼に追われています。やつらを追い払うお力添えをいただけないでしょうか?」
少年は魔物を追い払う助力を見知らぬ男に求めた。彼が善人である事に望みを託したのだ。だが、セヴァンは何も語らない。やがて狼が彼らの周りを取り囲み始めた。
そこでようやく黒い鎧の男は立ち上がる。
狼達にとっては少年だろうがセヴァンだろうが獲物には変わりなかった。そして一頭の狼がセヴァンに飛び掛る!
強烈な拳の一撃が狼の顔面に直撃した。狼は「きゃいん」といいながら吹っ飛び、木に激突して絶命する。しかし狼達はひるまずに襲い掛かってきた。
少年はナイフを抜いて狼と戦う。刃物を振り回して一生懸命に牽制した。その横でセヴァンは狼を殴り飛ばし、蹴り飛ばして蹴散らしていく。
やがて狼達は諦めて逃げ去って行った。
安全になったのを見計らって、少年はセヴァンに話しかける。
「すみません、助かりました。あつかましいのを承知で、今夜ここで野営する事を許可して欲しいです」
少年は頭を下げた。狼を連れてきておきながら、野営までさせて欲しいなどどはどの面下げていえることかと自分でも思っていた。しかし無理を承知でお願いする。
セヴァンは何も言わなかった。そしてどかっと座り野営の続きを始める。
否定も肯定もされなかった少年は、とりあえず男の反対側に座った。
パチッ、パチッという木の燃える音だけがあたりに響く。セヴァンは時折手折った枝を焚き火へ投げ入れるばかりだった。
無言の時間が続く。その雰囲気に耐えかねたのは少年の方だった。
「無理なお願い事ばかりをしてすみません。でも僕は今、家族の仇を追ってここまで着ました。こんな所でのたれ死ぬわけには行かなかったのです」
少年の家族の仇と言う言葉を聞いたとき、一瞬だけセヴァンはピクリと反応した。しかしすぐに興味なさそうに戻る。
「・・・・・・・・・・・・」
セヴァンは無言で焚き火を睨み続けた。
少年はごそごそと懐から手配書を取り出す。それは御尋ね者のバルドスのものだった。
「今から三年前、奴は現れた。そして母さんと姉さんを凌辱した挙句、殺した。僕は奴を殺すまでは死ぬわけにはいかない!」
それは自分自身へ言い聞かせているかのような憎悪の決意。ぎりぎりと拳を握り締める。
「・・・・・・・・・・・・興味ねぇな」
ぽつりとセヴァンはそう呟いた。それは彼らしかぬ態度だった。本当に興味がなければ無言で返す。いちいち意思表示はしなかったはずだ。
「そうですか。自分語りすみません、もうじき標的に追いつけそうだったので、誰かに言わずにはいられませんでした」
少年はごそごそと手配書を懐に戻した。だが、セヴァンの関心を買うのは成功したようだ。
「その賞金首は手ごわい。悪い事は言わん。引き返すんだな」
セヴァンがポツリとそう呟いた。
「手強いくらいで引き下がれない! 好き放題やっている奴を神は野放しにした。神になど祈るものか! 踏みにじられた家族に誓って、僕が奴を裁く!」
少年は顔を紅潮させてそういきり立った。
「いい覚悟だ。好きにするんだな」
「言われなくとも。あいつはあいつだけは僕の手で・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
それ以上はセヴァンも何も言わなかった。
親の仇を討とうと旅をする者など珍しくも無い。悪党がのさばり善良な市民達は虐げられるこの世界。返り討ちにあう者の数などごまんといる。この少年がどうなろうがそれは少年の選択の結果。セヴァンもそれ以上は興味などないのだろう。
「・・・・・・それで、あなたはどんな目的で旅を続けているんです?」
自分の話ばかりもするのもなんだとばかりに、少年がセヴァンに質問を投げかけた。
「・・・・・・・・・・・・家族を救うためだ」
しばらくの沈黙の後、セヴァンは短くそう呟いた。そしてそれ以上は何も言わなかった。少年もそれ以上は何も聞かない。わけありなのがわかったが、それ以上は踏み込んではいけない気がしたからだった。
焚き火の枝が爆ぜる音だけが夜の森に響き続ける。