干ばつに苦しむ村・下
翌朝。かんかん照りの太陽の下、セヴァンはトニーウッドの家を出た。そして小高い丘を目指す。それは一つの決意。彼は大木が一本生えている丘の頂に立った。
「・・・・・・魔剣よ。嵐の魔剣よ。お前には人々の苦悩が聴こえるか? 生きている者のためだ。カイネ、アリッサ、お前たちを苦しめる俺をどうか許してくれ」
そう言うとセヴァンは背中からヴォルテクスブレイドを引き抜いた。抜き放たれる黒き魔剣の刀身から亡霊の大渦が巻き起こる。
天がうねり、雲が巻き起こる。太陽の光は遮られ、強い風が吹き始めた。その風には湿り気があった。瞬く間に雨が降り始める。それは・・・・・・呪われた風雨ではあったはずだが慈雨となった。
セヴァンを中心に亡霊達が飛び散る。霊魂は実体化してゴーストとなり、地に落ちた霊魂はそこからゾンビやスケルトンとなって実体化する。そして蘇った亡霊達はただ一人、セヴァンを殺すべく襲い掛かった。
黒き旋風。それは魔剣の軌動。竜巻のごとき剣戟を振るう聖戦士がそこにはあった。彼はただ干ばつで悩む人を救うべく、家族の苦痛と引き換えに放たれた救いの呪剣を抜き放ったのだ。魔剣の力による雨を維持するべく亡者達の前に立ちはだかる生者の番人。
生と死の境界線が崩れ去り、丘の上に地獄が現われた。魔剣から与えられる苦痛から逃れるべく亡霊達が魔剣の主へと襲いかかる。
そんな中、セヴァンの妻子の亡霊も地に降り立った。癒えぬ傷を抱えた嘆きの死霊。セヴァンは申し訳なさそうに彼らを見つめる。しかしセヴァンは目の前の亡霊へと視線を戻した。
黒き聖戦士はアンデッドの群れをなぎ払う。雨に打たれながら泥だらけになりながら。それは数時間の激闘に及んだ。セヴァンは休むことなく魔剣を振るい、死者と戦い続ける。雨を降らせ続ける為に。
やがて魔剣から一筋の黒い霊魂が飛び放たれる。それは地に落ち、アンデッドナイト
として実体化した。
「セェェェェェェェヴァアアアアアアン!」
地獄の底から怨嗟を叫ぶ怨念の化身。ガーラッドがセヴァンの前に立ちふさがる。
「・・・・・・ガーラッドか。そうだな。お前がいたな」
セヴァンは愁いを帯びた目で仇敵のアンデッドナイトを見つめた。
「しょうこりもなく魔剣の力を解放したな! しぃねぇぇええ!」
アンデッドナイトは恐るべき剣筋の攻撃を繰り出す。やはりこのアンデッドは一際怨念が強かった。セヴァン個人を憎悪しているからだ。
セヴァンは魔剣でアンデッドナイトの攻撃を止める。
「お前に聞きたいことがあった。なぜに国を滅ぼした。なぜに俺の家族を殺した。なぜにお前はとち狂った?」
聖戦士と骸骨騎士の一騎打ち。つばぜり合いの中で交わされる会話。
「なぜだとお? この世の支配者にもなれる究極の魔剣をなぜよりによってお前なぞに王はお与えになったのだ! 第一師団の聖戦師団長である俺ではなく、なぜにお前なのだ! 一介の戦士に過ぎなかったお前ごときになぜ王は信頼を寄せられるのか! なぜに他の聖戦士団長どもはお前を重用したのか! なぜカイネはお前を選んだのか! なぜ、なぜ、なぜ! 聞きたいのは俺のほうだ!」
錯乱した骸骨騎士が乱暴に剣を振るう。しかし、そんな無謀な攻撃など熟練の戦士の前には児戯にも等しい。
「それがそれこそが国を滅ぼした理由か! そんなことがお前を狂わせたのか! だがそれでもカイネやアリッサを殺すような理由にはなるまい! 俺を殺せば済むはずだったのだからな! なぜに、なぜに。なぜだ、ガーラッドォォ!」
嘆きと悲しみの渦の中、黒き暴風となった男は尚も死霊の騎士に問い続ける。
「見ているだけで胸糞悪い。俺を選ばなかった女とその証として別の男との間に生まれたような娘なぞ、存在そのものが許せるか!」
朽ち果てた騎士は力任せに剣を振るう。それは怒りと憎しみと殺意のみで動いていた。
「っ! お前はお前のプライドの為にカイネとアリッサを! なんと愚かな!」
セヴァンは怒り以上に悲しみが勝った。その悲しみの剣が憎しみの剣を弾き返す。
「愚かなのはお前だよ、セヴァン。ヴォルテクスブレイドの力があれば国一つとるのはたやすい。そうすれば金も女も思いのままだ。カイネとアリッサのことなど忘れて、魔剣の真の支配者となって女をとっかえひっかえしながら最高の人生を歩めばよかったものを! 未だに死んだ妻子に囚われているとは、死んでいるのはお前だよ。セヴァァァァァン!」
アンデッドナイトの渾身の一撃がセヴァンを襲う。その一撃をセヴァンは受け止めたが、強力な一撃に沈み込み、セヴァンの肩口までアンデッドナイトの剣が切り込まれた。ぶしゅっと血が滲む。
「お前は本当に愚かだ。それでいて憐れだ。国など取ってなんとするのか。俺には妻と娘さえいてくれればそれでよかった。それだけで、良かったんだぁぁ!」
セヴァンは切り込まれた剣を押し返し、返す刀でアンデッドナイトに強打を叩き込んだ。弾かれる死霊の騎士はたたらを踏んだ。そこにセヴァンの鉄拳が炸裂する。吹き飛ばされるガーラッド。
「ぐあっ・・・・・・こんな、こんな・・・・・・なぜ俺はいつもこいつに勝てない!」
ガーラッドはそれでも尚立ち上がろうとする。
そんなガーラッドに対し、セヴァンは澄んだまなざしを差し向ける。
「ガーラッド。お前は憎むに値しない。ただの愚かで憐れな人間だった。俺は・・・・・・そんなお前を赦そう。これ以上は家族が苦しむところを見たくないんでな」
セヴァンの落ち着いた言葉。その言葉にガーラッドはびくりとなった。
「な、なんだその目は! やめろ、俺を憎め、憎悪しろ! 怒りに身を任せろぉぉお!」
ガーラッドは取り乱す。それはいまだかつてない狂乱だった。
ガーラッドの様子は気にも留めずに。セヴァンは魔剣を天にかざした。
「ヴォルテクスブレイド。俺は干ばつで苦しむ数多の命を救うために、お前を抜き放った。されば問う。俺はお前の主にふさわしいかを。ファーストオーダーだ。お前の中に捕らわれた全ての者を開放しろ!」
セヴァンは叫んだ。途端に魔剣から暴風が巻き起こる。それは光を伴った嵐だった。極光が魔剣を包む。それは天を引き裂き、そして嵐を分断した。天の果てまで光が伸びる。
光の柱が大地と天とを結んだ。
地上の亡霊達が光の粒子となって天へと昇っていく。彼らは天へと送り届けられる日がきたのだ。
「や、やめろぉぉおぉるぉぉぉ! セヴァァァァン!」
アンデッドナイトがもがき苦しむ。それは浄化されまいという必死の抵抗だった。彼は天へと召す事を拒んだ。
「逝け、もういっちまえ。てめぇの顔なぞ、もう見たくもねぇ」
セヴァンは静かに呟いた。
ガーラッドが天へと引き伸ばされていく。それは彼の魂が救済されることを意味した。地獄ではなく天の国へといざなわれる。彼はすでに被害者によって赦されているのだ。
「がぁぁぁあああああ! いやだ! このまま終わりたくはなぃぃぃぃいい!」
救われる者の最後の断末魔。ガーラッドは天へと昇って行った。彼の魂に本当の安息の日は訪れるのであろうか。
セヴァンは天を見上げる。無数の、数多の亡霊達が天へと昇っていく。剣から一際大きな何らかの塊が解き放たれた。その巨大な光は天へと向かう途中で軌動を変え、七つの光に分裂して地へと降り注いで行った。
・・・・・・ふと、セヴァンは懐かしい声を聴いた。
妻子であるカイネとアリッサが地に立っていた。癒えなかった傷は塞がり、生前と変わらぬ姿でセヴァンを見つめている。彼女らがセヴァンの名を呼び、彼の元へと駆けつけようとする。
セヴァンは思わず彼らを抱きとめようとした。
駆け寄る霊魂達は光の粒子となってセヴァンをすり抜けて消えていく。そして天へと昇っていった。
「カイネ、アリッサ。遅くなってすまない。俺がそっちへ行くのはもっと遅くなりそうだ」
セヴァンは天を仰ぎ見る。すでに雲は晴れ、雨は止んでいた。しかし、地には別の雨がとめどなく降り注ぐ。
大地を雨が潤した。地には川が流れ、井戸には水が満たされた。畑の隅々まで水がいきわたり、作物は活気を取り戻した。
究極の魔剣がもたらした暴雨は池を作り、空気に湿度を与え、大空に渦巻く大気を作り出し、雨雲を作り出した。こうして雨は再び降り出すようになった。ストームブリンガーの魔力が全てを解決したのだ。
地上のあらゆる人々が天を見た。神は救いの雨をお与えくださったのだ、と。
山岳を旅していたストラドがいる。彼は天を見上げて「ふむ」と呟く。そして「愛が勝ったか」と告げて再び旅へと戻って行った。
全ては人知れず行われた。だれも黒き聖戦士が行ったことなど知らない。それは一部を除いて。
地にてセヴァンは魔剣を下ろす。そして背中の鞘へと収めようとして異変に気付いた。魔剣の瘴気は消え去っていた。そして黒と赤の色調だった刀身は青と白の刀身へと変わっていた。太古の呪いは解かれたのだ。改めてセヴァンは魔剣を鞘へと収めた。そして彼は丘を降り立った。
村に差し掛かったとき、トニーウッドがセヴァンを見つけて駆け寄った。
「あんた、見たかい? なんと雨が降ってくれた! 作物が生き返った! 井戸にも水が! これでまだまだ生きられる!」
トニーウッドは大はしゃぎで騒ぎ立てる。それを見たセヴァンはほほ笑んだ。
「あぁ、神様は見ていてくださったようだな。なによりだぜ」
セヴァンは静かに男へと告げた。その言葉にトニーウッドは感極まる。
「あぁ、そうだとも! 今日は神への感謝の宴だ! あんたも参加していくだろう!」
トニーウッドの言うとおり、村は今まさに総出で宴の準備を始めていた。
「いや、俺はやめておくよ。世話になったな」
セヴァンはやんわりと断りをいれ、聖印の形に手を切った。そして村へと背を向ける。浮かれる村人達は誰も彼には気をとめない。
こうしてセヴァンは己の目的を果たし終えた。彼の人生に、次の目的はまだない。




