暴君の謀略・下
セヴァンは城の兵士に連れられて、巨大な石造りの城を訪れる。それは見事な城であり、戦争でも耐えうるであろう頑丈なつくりだった。セヴァンは玉座の間に連れられた。
そこには満面の笑みをたたえたヴィオスクロイドがいた。
「そなたが魔剣ヴォルテクスブレイドの持ち主だな?」
ヴィオスクロイドはセヴァンに語りかけた。
セヴァンは地に足をつき、恭しく礼をした。
「はっ、私はラストヴィン王国の聖戦士団長を務めるセヴァン・ジョシュア・サトクリフ」
セヴァンが堂々と己の名を名乗った。それは久しく名乗っていなかったフルネーム。セヴァンはあくまで、「元」とはつけずにラストヴィン王国の人間であると名乗った。それは彼の矜持。
「サトクリフ卿。我はそなたに興味がある。そなたは国が滅んだ後に世界を放浪しているらしいが、冒険者に身をやつして日々をしのいでいるというではないか。そなたほどの男を放し飼いにしているのは実に惜しいと考えておる」
ヴィオスクロイドは軽くセヴァンを持ち上げた。それは不気味な行為だった。
「ヴィオスクロイド王。それは私にはもったいないお言葉。しかし、国は滅びても私の忠義はいまだ祖国と共にあります」
セヴァンはあくまで忠義の志としての口上を述べる。その言葉に偽りはなく。
「そうであるか。しかし、そなたは実に素晴らしい武具を持っておるな?」
ヴィオスクロイドは本題に入ったようだ。その武具こそが目当てなのは誰の目にも明らかだった。
セヴァンは背中の魔剣を外して正面に両手で抱えた。
「・・・・・・この武具は主君であるゼラルド王より賜りました。この鞘こそが主君からの賜り物」
セヴァンは魔剣ではなく鞘の話をした。それはヴィオスクロイドには意外だったようだ。
「ほうほう。聖戦士王ゼラルドの聖剣を納めし鞘が、いまはそなたに預けられているのか。何がしかのいわれがあってのことと見た。実に神々しい素晴らしき鞘よ。それだけでもゼラルド王がそなたを信頼して預けたのだとわかる。そなたは聖戦士王に愛されていたのだな」
ヴィオスクロイドはまずあえて鞘の話に触れることにした。それもまたヴィオスクロイドの目に適う見事な逸品なのだ。
「・・・・・・これはゼラルド王の最後の時に自分が授かったもの。その時の王の勅命を守るべく」
「・・・・・・さようか。やはりゼラルドはすでに死しておったか。武勇で名高い王であったため、いつか会ってみたいものと思っておった。しかし、その勅命の為に授けられたという事は、その命令はさぞや重いものであろう」
ヴィオスクロイドは心の中で謀略を張り巡らせる。セヴァンの背後にはすでに王国の後ろ盾は無いのだ。ならば何をしても問題はあるまい、と。
その瞬間にセヴァンが持つ魔剣の鞘がぶるりと震えた。
「・・・・・・っ!」
セヴァンは強張った。自分に悪意が向けられた事を感じ取ったのだ。
それを見たヴィオスクロイドは心の中を見透かされた事に気がついた。
「あいや、すまぬすまぬ。つい悪心を起してしまったわ。聖剣の鞘に感づかれてしまったようだ。流石は持ち主を守ることに特化した鞘よな。そなたは正式に聖剣の鞘に見込まれた所持者のようだ」
ヴィオスクロイドは素直に謝罪した。臣下であるセラフッドの進言どおりにアーティファクトが自分の心を見抜いたという事に驚いたのだった。
「さては私を試される為にこのような事を。いやはや、ヴィオスクロイド王もお人が悪い」
セヴァンは王の謝罪を受け止め、軽く流す事にした。今は鞘が反応していないのだ。ならば何も問題は無いという事だ。
「ふっふっふ! その鞘を謀略によって手にせしめていようものならば、討ち取ってこれを得ようと思いもするが、そうでなければやめておくまで。我はアーティファクトに認められるような使い手達には寛容なのだ」
ヴィオスクロイドの言葉にも偽りはなかった。本当に武具に認められている者ならば、これに習って敬意を払うのだ。ふさわしくない持ち主からしか武具は召し上げない。
「・・・・・・・・・・・・」
セヴァンは無言で王の言葉を聞いた。その謀略を持って魔剣を得ようとしているのはお前なのではないかとは間違っても言わない。
「して、サトクリフ卿。その鞘に納まれしは禍々しき魔剣、それはいったいなんであるか?」
ヴィオスクロイドはあえて知らぬ振りをして魔剣のことをセヴァンに尋ねた。それはセヴァンがどの程度魔剣について知っているかを試す為でもあった。
「これなるはラストヴィン王国に伝わりし魔剣。ゼラルド王より命を受け、私が見つけ出した魔剣にございます」
そう語るセヴァンは苦々しい表情だった。それは自らの武勇を語るのではなく、過ちを語る姿に等しかった。
「ほほう! そのほうが見つけ出したのか! それで魔剣の持ち主になったと?」
「魔剣を見つけ出した功績により、自分は聖戦士として認められました。その聖戦士になる叙勲の儀において、王からは一振りの剣を授かります。その剣としてヴォルテクスブレイドを授かりました。儀式において授かる剣こそは王からの信任の証。聖戦士はその生涯をとして授かった剣とともに生きます。この魔剣は私の聖戦士としての証」
それはセヴァンが二振り目の剣を持たない理由でもあった。そして妻子のためにも使うわけにはいかない魔剣。ならば普段使い用に別の剣を持つのが当然であるが、先ほどの話の理由によりセヴァンは他に剣を持たないのだ。いつしか彼は生活用などの短剣を使うか己のこぶしで戦うようになっていた。
「むぅ、その魔剣。じつにすさまじき瘴気を放っておる。名高い剣と見た。どれ、一つ鞘から抜いて見せてくれぬか?」
「・・・・・・それはひらにご容赦を。鞘から抜けば、この魔剣に封じられし亡霊達が解き放たれます。これなるは魔剣に斬り殺されし者どもの魂。生きとし生ける者全てに害をなしましょう」
セヴァンは王が納得するような理由を述べた。それは真実であるが、セヴァンが魔剣を抜かない理由ではない。
「むぅ、なんと恐るべき魔剣であるか。しかし、それならば尚の事見てみたくもなった。・・・・・・これ、この城にいるすべての闘士達を集めよ。魔剣から呼び出される死者を打ち倒せい。さぁ、これで問題なかろう。その魔剣の真の姿を拝ませてくれまいか」
ヴィオスクロイドは兵士達を玉座の間に集めた。それはたしかに見事な剣の使い手たちが集まっていた。これならば魔剣から死者が解き放たれてもなんとかできよう。
しかし、セヴァンが魔剣を鞘から抜きたくないのはそうではないのだ。
「ヴィオスクロイド王よ。正確に真実を告げなかったこと、謝罪いたします。魔剣から放たれる死者の中には私の妻子がおります。魔剣は死者に対して苦痛を持って支配します。ゆえに妻子を苦しめる事になる。そうなるのだけは耐えられませぬ。どうかご容赦を」
セヴァンは頭を床につけて謝った。
「なんと! その魔剣はそなたの妻子を殺しておるのか! それはすなわちそなたが家族を?」
「違いますが違いありませぬ。妻と娘は私が愚かしくもこの魔剣を見つけ出した事で死んだようなもの。他の者の手に掛かろうともこれは確かな事」
セヴァンはずっと抱えていた苦悩を口にした。
「むぅ。それはなにか一大事があったのであるな・・・・・・。わかった。魔剣についてはもうよい。十分にその恐ろしさがわかった」
ヴィオスクロイドは魔剣をこの目に出来なかったのを残念に思ったが、それ以上は無理を言わなかった。
セヴァンはその背に魔剣を戻した。
「この魔剣は私の全てでありながら、私の全てを奪った物。ゆえに私の人生そのものなのです」
セヴァンの言葉にヴィオスクロイドは言葉を失った。主からの信任の証、そして家族を殺した凶器。なんと扱い難しき物をこの聖戦士は抱えているのか、と。
「そなたの主への忠義と家族への愛はわかった。素晴らしきはラストヴィンの聖戦士よ。噂には聞いておったが、まさかこれほどの男とはおもわなんだ」
ヴィオスクロイドが目を細める。それは人物をはかる時にする目だった。
「もったいないお言葉・・・・・・」
セヴァンは深く礼をした。
「そなた、我に仕えてみる気は無いか?」
ヴィオスクロイドはここで今回セヴァンを招いた本題に指し戻ったようだ。セヴァンを取り立てようとする。そう、こうすればセヴァンともども魔剣と鞘も手に入るのだ。
「・・・・・・っ、それは・・・・・・」
「どうだ? 悪い話ではあるまい。そなたには貴族の位を与えよう。誰にも文句は言わせぬ」
ヴィオスクロイドは本気のようだ。セヴァンを鞘にも魔剣にもふさわしき男と見込んだのだ。
「私の忠義はゼラルド王とともに。この魔剣と鞘に誓って」
セヴァンは断った。彼の生涯の主は聖戦士王ただ一人と決めているのだ。
「ゼラルドはすでに死した。ならば何の問題もあるまい。それともそなた、我を死したゼラルドに嫉妬させるつもりか?」
ヴィオスクロイドの目がギンと光る。国は滅び、主も死んだのにむなしい忠義を捧げ続けるのかと問うているのだ。
「・・・・・・私には目的があります。それはこの魔剣に囚われた妻と娘の魂を天国へ送り届ける事。その為には全てに優先して。この目的を果たすまでは誰にも仕える気もございません。しかし、仮に王がこの魔剣に囚われし死者を解き放てるような聖職者をご存知なのであれば、私は喜んで残りの生涯をこの国のために身を捧げましょう」
それは言葉遊びのようなもの。この国のために身を捧げるとは言っても、かつての主へのように忠義を捧げるとまでは言ってはいない。それがセヴァンの線引きだった。
「ふぅむ。実はそなたとその魔剣のことはすでに知っておった。その魔剣の力を超えられるような聖職者は知る範囲にはおるまい。協力したいところではあるがな。ゆえにそなたの事は諦めよう。断る理由がゼラルドと比較されては嫉妬のひとつもしようものだが、妻と子への愛ゆえであるならば嫉妬するわけにもいかぬ。我はそのような女々しい王であってはならんからな」
ヴィオスクロイドはここでようやく賢君といわれるような片鱗を見せた。王は本気でセヴァンを欲しがっていたが、しかし目当ての男はすでに忠義と家族への愛に身を捧げていたのだ。ここを変えてしまっては本当に欲しかった人間は手に入らなくなる。セヴァンは彼が変わらぬままに手に入るような男ではなかったのだ。
「申し訳ありませぬ」
セヴァンは床に頭をつけて謝罪した。相手の好意は真のものと判断した為だ。二心があったならば鞘が反応していた事だろう。
「いや、よいのだ。サトクリフ卿。そなたのような勇士がヴォルテクスブレイドを持っている限りは間違った事も起こるまい。そなたは間違いなくそのアーティファクトにふさわしき男。それは余が認めよう! さぁ、今日は良い話を聞かせてもらった。褒美を取らす」
ヴィオスクロイド王はそう言うと使いの者を呼び、セヴァンに金貨を授けるのだった。そうしてセヴァンは開放された。彼の旅はまだ続くのだ。
城から去っていく聖戦士の後姿を見送る影が二つ。それはセラフッドとその手下。
「これでヴォルテクスブレイドが国の宝物庫に入る事はなくなった。あそこに入ってはアブダール復活が遅れるところであったわ」
セラフッドがそう告げる。なんと彼は邪教徒の一派だったのだ。
「そのご様子で。では魔剣はヤツから奪うという事で?」
手下が笑う。しかしセラフッドは笑ってはいなかった。
「いや、大神官に伝えよ。あの聖戦士は魔剣に食われた妻子を救うため、必ずや魔剣の開放を行うであろう。ならばいずれアブダールは復活する。その時まで待たれよ、とな」
「ははっ!」
手下はあいずちを打つとあっという間に消え去った。後にはセラフッドだけが残る。
「亡霊となった妻子を救うがために生きるか。つまらん人生よな」
セラフッドはセヴァンの背を見送る。セヴァンの行く手がどうあろうが、セラフッドのような男には関係ないのであった。




