邪神崇拝の教団・上
薄暗い石造りの洞窟。その最奥にかがり火がたかれている。うごめく複数の人間の影。一目を忍んで活動しているらしく、誰も彼もが黒い三角のフードをすっぽり被り、目だし用の穴しか顔は見えないようになっている。
「ルナティック・クラウンがやられたそうだ」
壇上に上がっている男が周りの者達に呼びかけた。彼は髑髏を象ったステッキを持っている。
「教主よ。きゃつめは大人を眠らせている間に子供を攫うしか能のない小物。抗魔力の高い冒険者などと居合わせて返り討ちにあってもおかしくはありますまい」
配下と思わしき男が返答を述べた。彼らが指しているルナティック・クラウンとは子供の連続誘拐事件を起こしていた妖魔の道化師だった。
教主が頷いた。
「さよう。しかし、ルナティック・クラウンを倒した男が気にかかる。どうもラストヴィン王国の国章が入ったマントを着ていたとか」
「ラストヴィン王国の聖戦士!」
誰かが叫んだ。その動揺は瞬く間に洞窟内の者達へと広がっていく。彼らにとって、ラストヴィン王国の聖戦士とはいかなるものなのか。
「そうだ。ラストヴィン王国はかつて我々を邪教徒として弾圧した。同志の計略により聖戦士王ゼラルドは死に、その時に王国は滅んだと思われたが、聖戦士達の一部はまだ生きている。その生き残りがまたしても我々の邪魔立てをするようだ」
教主は髑髏の杖でドンと床を叩いた。相当の苛立ちをあらわにしている。
「教主よ。聖戦士一人くらいでなにができようか。放っておいてもよろしいのではないか?」
配下の者の一人が声を上げた。
「その聖戦士は魔剣、ヴォルテクス・ブレイドの所持者だ」
ヴォルテクス・ブレイドの名が挙がったとき、またしても洞窟内に動揺が走った。
「あの究極の魔剣!」
「そう、あの魔剣だ。手に入れるのは我々の悲願でもある。あの魔剣に封じられし我らが崇める太古の魔神・アブダールを解放するために」
「「うおおおおお、アブダールに栄光あれ!」」
洞窟内でアブダールの名の唱和が行われる。かがり火は洞窟正面に鎮座された魔神像を照らし出す。それは複数の顔を持ち、その背には四枚の大鷲のような羽を持つ禍々しい姿だった。
教主が髑髏の杖を掲げた。
「誰か聖戦士を撃ち滅ぼす為に、我こそはと名乗りを上げるものはおらぬか?」
教主の呼びかけに洞窟内の邪教徒達はぴたりと静まり返った。どうやら自ら危険を選択するような気概ある者はいないようだ。
「わたくしメッサーめが参りましょう」
一人の男が名乗り出る。
「おお、メッサー。お前がやってくれるか! 爆炎の魔道大帝ヴァルサダーゴの配下であったお前ならばやってくれることだろう! これを持てい」
教主は髑髏の杖をメッサーに差し向けた。奥から現われた小間使いの者が、一振りの赤石のロッドをメッサーに渡す。
「これは・・・・・・魔道大帝がかつて使っていた炎神のロッド! これがあればわたくしの爆炎魔法の威力も更に上がることでしょう! 必ずや勝利を捧げましょうぞ!」
メッサーはロッドを受け取ると膝を突いて地に着き、大事そうにロッドを両手で掲げた。
「ゆけい、メッサー! 我がアブダール教団の恐ろしさを世界に轟かせるのだ!」
「「アブダールアブダール!」」
闇の洞窟内にアブダールの大唱和が響き渡る。かがり火の炎が風に当てられて揺らめいた。複数の狂乱する影達がその火の明かりに照らされて踊る。それは狂乱の宴。
メッサーは教団の大げさなリアクションに懐疑的だった。聖戦士といえどたかが人間一人。一体何を出来るというのかと考えていたのだ。他の連中がなぜに臆病風に吹かれて誰も名乗り出なかったのかと憤っている。相手はただの人間では無いか、そう思うメッサーはしかし、名乗り出たおかげで炎神のロッドを預けられたので、内心機嫌はよかった。かつての主の持っていたアーティファクトであり、爆炎魔法の使い手ならば誰もがほしがる至高の逸品である。メッサーはさっそく試しに使ってみたい感情に襲われた。ならば動かぬ的に使っても意味は無い。生きた人間を的にしなくては、と考えたのだ。
教団のアジトである険しい山の奥の洞窟を出立し、近場の街を目指した。とりあえず人間の一人や二人を消し飛ばしてみれば使い勝手はわかることだろう。ためしに村の一つもほろぼしてみようかと嗤う。彼は本当にご機嫌だった。これまでは人の社会に警戒されることを恐れて内密に行動をするしかなかったが、ヴォルテクスブレイドを手に入れるのは教団の最重要課題。何をしても許されるのだ。崇拝するアブダールの封印さえとけば、教団の人間はこの世の支配者となるのだから。
山より巨大な魔神アブダール。火の息を吐き、町ひとつを一瞬で焼き尽くすという。その羽ばたきは豪風を巻き起こし、あらゆる建物をなぎ倒すという。その強力な魔力から放たれる邪法の数々は、並み居る神々をも凌駕し、その豪腕は山をも砕くという。しかしある時その魔神はヴォルテクスブレイドの力によって封じられたという。神々が叡智をあわせて造りしアーティファクトであるヴォルテクスブレイドの力は強大で、死して転生する事もできたはずのアブダールは剣に封じられて永劫の時を過ごしているのだという。
メッサーはアブダールの伝承も大げさなものだと感じていた。世界を統べる程度ならば、魔神の力に頼らずともできるではないかとも考えているのだ。今の自分ならば一国をも滅ぼせる力があるのでは無いかと増長していた。
そんなメッサーが森の中を歩いていたところ、人相の悪い人間達が姿を現した。
「へいへいへい。ここを通りたければ通行料が必要だぜ?」
スパイクヘッドのヘルムにとげ付き肩パッドのアーマーを着たならず者が脅しを掛ける。他の者も髑髏のヘルムを被っていたりするなど、彼らの見てくれは人の町では生活できないだろうと思わせるに十分な美的センスを持ち合わせていた。誰が見ても悪党にしか見えない。
「ふむ。通行料とな? このような何も無い森をお守りとは大変な仕事をなさっておいでのようだ」
メッサーは丁寧に相手をコケにした。
「ごちゃごちゃとうるせぇ! 出すものを出せばいいんだよぉ!」
スパイクヘッドの男はそう言うとバトルアックスを構えた。
「出すモノを出せば、か。たしかにそうだ。ならば出してやろう。爆殺火球撃!」
メッサーは赤石のロッドをならず者達へと掲げた。放たれる光弾が地面へ着弾すると、ずどんという凄まじい爆発が起こった。爆風が木々をなぎ倒す。メッサーはマジックシールドで守られているので何のダメージも無い。なかったら自爆をしていた事だろう。
ならず者達はあっという間に消し炭になった。
「すばらしい! 長大な詠唱を必要とせずに爆炎魔法を放てるぞ! これがあればわたしは世界の王をさえ目指せるではないか! ハハハハ! フハハハ!」
メッサーは高らかに笑った。
爆炎魔法は強力な変わりに発動までの詠唱が長い。その詠唱コストを限りなく0に近づけるのが炎神のロッドの力だった。
かつては辺境の一地方を治めていた主。その主の力もアーティファクト頼みだったのだなと笑った。メッサーに忠義の精神は無い。あらゆる全てを見下している。人間を。教団の同胞を。かつての主を。そしてこのようなモノをおいそれと人に渡す教主を。
今の力があれば、前衛職など必要とせずとも一人で如何なる者をも打ち倒せよう。メッサーは魔法使いであった為、一人では戦うことが出来ずにやむを得ず教団に身を寄せていた。しかし、その必要も無くなったのだ。なんならこれから一人で国取りを始めたってよかった。
しかし、彼は冷静になった。好き勝手やっていては教団から暗殺者を差し向けられるかもしれない。教団は暗殺者も複数擁している。・・・・・・メッサーは聖戦士相手ならば暗殺者を使えばよいではなかったかと思いもした。なぜに暗殺者どもまで尻込みしていたのかと怒る。教団はふぬけばかりだと感じていた。しかし、怒っていても仕方がない。とりあえずは目的の聖戦士を殺して魔剣を奪うだけの話だ。そうすれば炎神のロッドは正式に自分に与えられよう。それからかつての主のように、自分も一地方を治める者になればよいのだ。
メッサーは気を取り直して聖戦士がルナティック・クラウンを倒した街まで出向く事にした。彼は街に入ると冒険者ギルドを目指した。冒険者ならばここに出入りしているはずだ。すくなくとも聖戦士の情報くらいは手に入るだろう。
「おい、女。ここにラストヴィン王国の国章が入ったマントを着た聖戦士はこなかったか? 背中には魔剣を背負っていたはずだ」
メッサーは冒険者ギルドの受付の女に話しかけた。それはもう単刀直入に尋ねた。
「ラストヴィン王国の聖戦士、ですか? …………確かに先日こちらに来ていましたが・・・・・・今は西方の山脈のワイアーム退治の依頼を受けて向かっているはずでございますよ?」
受付の女は正直に答えた。冒険者自体に関しては特に守秘義務なども無い。冒険者同士のいざこざに巻き込まれてもしょうがないので、こういう場合は素直に情報開示するのだ。
メッサーは舌打ちした。これでは聖戦士が帰ってくるまで待たなければいけない。だが、このギルドにまた戻ってくるのは確定的なので、ここで待ち伏せていれば良いのだ。
メッサーは単純にそんな事を考えていた。そして冒険者ギルドの待合室の椅子に座って出入りする人間を観察する事にした。
周囲の冒険者達はそんな彼には気にも留めない。メッサーは魔法使いの格好をしているので、冒険者と見間違えられても当然なのだ。それに彼は妖魔ではあるが、人間にうまく化けているのでまったく警戒もされていない。はずだった。
冒険者ギルドにいた盗賊が、そんなメッサーの不穏な動きに感づいていた。聖戦士の事をかぎまわり、冒険者ギルドで仕事も探さず受けずに居座り続ける。それは一度怪しいとにらまれたものには致命的な胡散臭さだった。その盗賊はそっと冒険者ギルドを出て行った。




