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黒き鎧の聖戦士・下

 盗賊団の頭は半裸の娼婦を侍らせて酒を飲んでいた。スキンヘッドに大きな刃物傷。体格は大きくはち切れんばかりの筋肉が膨れ上がり、怪力自慢である事は疑いようもない。


「よう、ホーイット。部下に聞いたぞ。お前、町で気になる魔剣を持った男と遭遇したらしいな。なんでも只ものじゃない魔剣だと聞いたぞ」

「へぇ。それはそれは見事な鞘に納まった禍々しい魔剣で。全体が黒光りしていやがるんでさぁ」


 ホーイットは黒い鎧の男のことを思い出す。恩に着ると言っていながら、その実まったく恩など感じていないような男の事を思い出し、少しだけいらっときた。


「その魔剣。ぶんどりてぇなぁ。ホーイット。その男を誘い出せ。仲間総出で迎え撃つぞ」

「へい、かしこまりやした」


 ホーイットはそういうと頭領に頭を下げた。内心は黒い鎧の男に同情しなくもなかったが、情のかけらも無さそうだから悪いのだと自分に言い聞かせた。


「明朝に街の付近で俺達は張っている。お前は例の男を街の外まで連れ出せ」


 頭領の命が下った。それは瞬く間にならず者達全員に伝わる。盗賊団のアジトが騒がしくなった。久々の獲物が決まったからだ。

翌朝、血の気の多いぎらついた男達が洞窟を出てくる。誰も彼もが下卑た笑みを浮かべていた。ホーイットもあまり気がのらなそうな表情で出立する。

 ホーイットだけが交易都市の中に入る。朝といっても大きな都市だ。既に人の出入りは始まっている。


「さて、まいりやしたなぁ。あの男の行き先を知らない。どこをねぐらにしているのか居場所も知らない。昨日の酒場近くの宿でも張っておきやすか。・・・・・・いや、あの男はゴブリン退治をしたんでやしたな。ならば冒険者ギルドに出入りするかもしれやせんな」


 ホーイットは閃いた。あの男が冒険者活動をしているのならば、必ずや冒険者ギルドに姿を現す事だろう。そう確信したホーイットは町で一番大きい冒険者ギルドに向かった。

 冒険者ギルドの朝は早い。その日のクエストを受注する為に、早くから冒険者達が列を作っている。座席で列が空くのを待つものもいる。・・・・・・そんな座席の一角に黒い鎧の男はいた。 

ホーイットは思わず口笛を吹いた。後はなんと言って声を掛けるかだが、相手が冒険者ならば既に話の持ち掛け方は決まっている。


「旦那、旦那ぁ! またこうして会えるとは奇遇ですな。旦那も仕事の斡旋を受けにここへ?」


 ホーイットは努めて明るく声をかけた。


「・・・・・・」


 黒い鎧の男は相変わらず無愛想だった。


「旦那は腕が立つのでございやしょう。一つお願いしたい事があるのですが」


 ホーイットは揉み手をしながらぺこぺこと頭を下げた。


「・・・・・・ホーイットといったか。なんだ。言え」


 なんと黒い鎧の男は話を聞く態度を取っている。ホーイットは「しめた」と思った。この分なら楽に仲間達の下へとおびき寄せる事ができる。


「へぇへぇ。実はこの街から近隣の集落までの間に凶暴な魔物が出るんでさぁ。そいつに皆が困っておりやしてね。どなたか退治できる者はいないのかと探しに来たんでございやすよ。銀貨500枚でお願いできないでやすかね」


 ホーイットは見せ金を持ってきていない事を悔やんだ。目の前で銀貨袋を見せてやれば、大抵の者なら金に目が眩んで騙せる事だろう。

 黒い鎧の男はなにやら目を閉じて考え事を始めたようだ。


「・・・・・・いいだろう。引き受けた。俺の名はセヴァン。よろしく頼む」


 ホーイットは内心喝采した。頭領の命令をたやすく実現できるのだ。後は郊外まで連れ出して始末するのみだった。


「ありがとうございやす! では早速出発しやしょうか!」


 ホーイットは激しく揉み手をした。ホーイットはセヴァンを連れて街の外れを目指す。その街の郊外まで行く道中の事。


「ところで、その魔物の種類はなんだ?」


 セヴァンが尋ねる。ホーイットはぼろを出さないようにと画策する。


「へぇ、種類はわからないのでやすが、こいつが大変な野郎で。森の奥にある山から抜け出してくるんでございやすよ」

「そうか。懸賞金が掛かっていたならば、俺が掻っ攫っても問題あるまい?」

「へぇへぇ、どうぞご自由に」


 ホーイットは内心この間抜け野郎めと思った。自分が罠にかけられているとはみじんも思っていないのだ。


「・・・・・・」


 それからセヴァンは黙ってしまった。ホーイットはこのまま仲間の元へと連れ出して、それで終わりだと思った。仲間は三〇人以上いる。いかに腕の立つ者でも、そんな人数を相手にはできはしないだろう、と。

 ホーイットの案内で街の外へ出る。そして森のある方角へ向かって歩き出した。そこへぞろぞろと一団が近づいてくる。


「ホーイット、ご苦労」


 頭領達だった。ホーイットはすかさず仲間達の輪へと加わった。


「・・・・・・」


 セヴァンは黙ったままだ。ホーイットは無事役割を果たせた事を安堵している。相手は哀れにも騙された事に事に気がついていない。


「お前がご大層な魔剣を持っていると言う野郎か! そいつを置いていってもらおうか。そうすれば命は助けてやろう!」


 頭領が尊大な言葉を吐きかける。そして巨大な鉄槌を構えた。ズドンと言う音と共に鉄槌は地面の上に置かれる。頭領の強力な筋力だから振り回せる大鉄槌だ。こいつなら並の剣士が相手ならば、構えた剣ごと吹き飛ばせる。


「・・・・・・」


 セヴァンはただ無言のままだった。その様子を見た盗賊団の男達は「へっへっへ」と笑いながら剣を抜いた。


「なるほど。命は惜しくねぇのか。野郎ども、やっちまいな!」


 頭領の号令で盗賊団が動いた。薄汚い男達が黒い鎧の男を取り囲む。ホーイットは剣を抜いたは良いが、後ろで見物している事にした。後は仲間達がやってくれる事だろう。

 盗賊の一人がセヴァンの背後から斬りかかる。

 セヴァンの蹴りが盗賊の一人に炸裂した。蹴られた男は剣を取り落としてごろごろと転がっていく。セヴァンはその剣を拾い上げた。


「・・・・・・」


 セヴァンは無言のままに周囲へと圧力をかけてくる。


「何をやっている! お前ら、一気にたたみかけちまえ!」


 頭領の怒号。その一言に盗賊団は一気に黒い鎧の男へと襲いかかった。勝負は一瞬でつくかに思われた。しかし、である。セヴァンは盗賊団をあるいは切り伏せ、あるいは殴り殺し、あるいは蹴り殺していく。強烈な斬撃は盗賊団の着ている皮鎧などお構いなしに切り裂き、その拳の一撃は顔面を陥没させる一撃となり、脚甲の蹴りは蹴られた者の骨をへし砕き吹き飛ばす。絶大な身体能力が盗賊団を蹂躙する。並の男ではなかった。黒い暴風のように黒い鎧とそのマントが回転する。全方位から襲撃しているにもかかわらず、平然と撃退していく。


「こ、この化け物め!」


 盗賊団の男の一人が弓に矢を番えて放った。しかし、セヴァンは手甲で守られた手でその矢をつかみ取り、そして矢を放った男へと投げ返す。矢は放った男の目に突き刺さり、盗賊の男は絶命した。

 その間にも黒き暴風は盗賊団の男達を粉砕していく。

 ホーイットは恐怖におののいた。仲間達が風に飛ばされた案山子のように吹き飛んでいく。相手は化け物だったのだ。

 ドンという音と共に、盗賊団の頭領が鉄槌を構えた。


「腕は立つようだな。だが、その程度で俺の鉄槌は受けられまい! 食らえ!」


 セヴァンめがけて振り下ろされる大鉄槌! 頭領の鉄槌がセヴァンを捉えたかにみえた。しかしなんと黒い鎧の男はがっちりと大鉄槌を掴んだ。そしてぐいっと相手を引き寄せる。頭領はその強力な膂力に相手の方へとよろめいた。一撃、二撃、三撃。セヴァンの拳が頭領にたたき込まれた。頭領が激しく吹き飛ぶ。そこをめがけてセヴァンは大鉄槌を投げ返した。どごっと言う音。大鉄槌は頭領の頭のあった場所へとめり込んでいる。間違いなく即死だ。


「あっあぁぁぁぁ!」


 ホーイットは腰を抜かして立てなくなった。恐怖のあまり失禁している。


「予定通り、こいつらの懸賞金は俺がもらって良いんだろう」


 セヴァンの声が響く。どうやら最初からホーイットが懸賞金のかかっている盗賊団の一員である事を知っていたようだ。それもそうだろう。ホーイットはけちな盗賊と自分で名乗っていたのだから。

セヴァンはホーイットの眼前に立っている。


「いやぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇえ!」


 ホーイットは無様に泣き叫んだ。そして涙目に命乞いをする。


「お前にはペンダントの件で世話になったな。一度限り見逃そう。行け」


 黒い鎧の男があごでしゃくる。


「ひいいぃいいっ! おたすけぇぇぇぇ!」


 ホーイットは這いつくばって逃げ出した。それはもう必死に逃げ出した。ホーイットはどこまでも走った。必死で必死で走った。こうして彼は彼自身の大事な命はなくさずに済んだようだ。

生き残ったのはホーイットただ一人。仲間は全滅した。彼は走りながら今日限りで盗賊稼業から足を洗おうと思った。自分のようなやつは何をやってもだめなのだと。

こうして生き延びたホーイットはその後、地方の農園の作業員となり余生を静かに過ごしたという。


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