狂乱の道化師と真夜中の演奏・上
軽快なフルートの音色が鳴り響く。踊るのはピエロの仮面をした男。まぁるいぽんぽんが靴先についており、彼が飛び跳ねるたびにたったかたったかと地面を叩く音がする。
子供達が道化師の見世物に釣られて輪を成した。中規模な城塞都市の広場は賑わいを見せていた。娯楽が何も無い社会において、旅する大道芸人の路上芸は何よりの楽しみだった。ゆえに少年少女達は目をきらきら輝かせて道化師の動きに見入っていた。
道化師が大仰な芝居じみた動作で恭しく一礼をする。
「御集まりのみなみなさま。此度はわたくしのようなしがない道化師にご興味頂き、まことにありがとうございます。さて、これから行うのはジャグリングでございます。生と死を繰り返す技をとくとご覧ください!」
そう言うと道化師は宙にりんごとナイフを放り投げていく。それを投げてはキャッチし、キャッチしては投げを繰り返した。りんごが生を現し、ナイフが死を現している、それを見事なジャグリングで行って見せている。
子供達は喝采し拍手を行った。この場にいた大人は道化師の芸に感心しつつも、子供達がジャグリングを真似する事を危惧する。道化師はあっという間に子供達のヒーローとなっていた。
「世の中とはこのように日常と非日常を繰り返すもの。しかし、それだけではありません。人生とは何が起こるかわからない不安定なもの。我々の生活とはこのようなものなのです」
道化師がジャグリングをしながら口上を述べる。そして彼は近くにあった大きな玉の上へと乗った。バランスをとるのが難しい玉の上でジャグリングを行う。時折「おっとっと!」といいながら、バランスを崩した風を装って危うさを演出している。
道化師の芸は中々見事なものであった。見るモノをハラハラさせるところがあり、それでいながら芸としては完成しているので、本当に危ういことはない。あたかもおどけた様子の芝居がかった動きをし、奇抜な道化師衣装と小道具で笑いを演出する。そうそう見かける事は無い高いレベルの技芸を前に、観衆は大興奮に陥っていた。しかしである。
「お前達、そこでなにをやっているーっ! 散らんかーっ!」
楽しみに水を差すような大声。走ってやってきたのは複数の兵士達。彼らはみな槍を持っていた。
「今は近隣の町で道化師による子供の誘拐事件が多発している。子供連れで外を出歩く事は固く禁じられておる! 子供はさっさと家に帰らんか!」
兵士達の怒鳴り声が続く。せっかく楽しい芸を見ていたのに邪魔をされた子供達は、ふてくされながらしぶしぶ帰っていく。大人達も仕方無しに輪から離れて行った。
「これはこれは・・・・・・」
道化師はジャグリングを辞めて呆然としている。
「お前も何をやっているか! 怪しいやつめ、詰め所で問い詰めてくれる!」
兵士達が道化師へと槍先を向ける。どうも雲行きがよろしくなかった。
「わたくしめはただの旅芸人。なんらやましいことはございませんが」
道化師は兵士達に向かって抗議をした。芸をやめさせられては彼のような人は生活をしていけぬのだ。だが、兵士達は道化師の言葉を聞かない。
「話は詰め所で聞くと言っておろうが! おら、きりきり歩けい!」
哀れな道化師は商売道具をその場に置いたまま、兵士達に連行されて行った。
そして道化師へと一時間にも及ぶ聴取が行われる。旅の目的、出身地。身元保証人。様々な事を根掘り葉掘り尋ねられる。
結局怪しい点は何もなく、道化師は解放されるのだった。
「やれやれ・・・・・・ひどい目に遭いましたね」
道化師は元の広場に戻ってきたが、その頃には荷物を誰かに持ち去られた後だった。兵士達が気を利かせて持ち去られないようにするはずがなかった。そこで道化師は肩を落とす。商売道具を失っては彼の死活問題となる。また買いなおすほどの余裕も無い。今日の稼ぎに至っては銅貨一枚稼げていない。彼は手先が器用だったので、すりなどを働けばその日は生きながらえよう。しかし、そんなことはしなかった。彼には己の芸だけで生き抜いてみせると言うプライドがあった。今手元にあるのはりんご三個とナイフ四本。とりあえず食べるものはあるが、食べてしまうわけには行かない。手元にある物だけで芸をして金を稼がねばならなかった。
しかし、公共の場で人を集めて芸をするのは禁じられている。同じ事をしたら、また兵士達が飛んでくることだろう。ここで道化師は一計を案じる。酒場へと出向いたのだ。
荒くれたちが集う夜の酒場は人でにぎわっていた。そこに道化師の仮面を外した男がやってきた。仮面は外しても服装は道化師のままだった。
入り口近くにいた酔っ払いが、道化師の格好でやってきた男を見て笑う。
「ぶわっはっは! おい、みろよ! ピエロの服を着た男がきやがったぜ!」
「あぁ。あの格好で冒険者は無いだろうから、どこかのくいっぱぐれた芸人でもやってきやがったか!」
酔っ払いたちが芸人をあざ笑った。それほどまでに道化師はその場に似つかわしくない格好だったのだ。
「へぇ、あんたら。よく他人を笑えたもんだな。腕によほど自信がおありかい?」
道化師は昼間子供達に芸を見せた時とは異なる口調で切り出した。
「あたぼうよ! お前みたいなヤツよりよほどましだぜ!」
「そうかい。俺はこれでもナイフの投擲には自信があるんだ。何なら勝負するかい?」
道化師はギラリと四本のナイフを取り出して指に挟んだ。
「おい、お前! ピエロに喧嘩売られてんじゃねーよ、だっせぇなぁ!」
酔っ払いの片割れがもう一人を笑った。
「ふひっ! さすがにこんなイカレタ格好のやつには負けねぇって! おい、やろうじゃねぇかピエロ野郎!」
酔っ払いがふらりと立ち上がった。すでにかなり飲んでいるようだ。この分ではナイフの投擲などまともに出来るとも思えなかった。
「ふっ、いいだろう。負けたほうが銀貨五枚を払う。それでいいか?」
道化師はそう言うと道化師の仮面をつけた。もはや彼の表情はわからないが、道化師の仮面は笑っている。
「いいだろう、やってやるぜ!」
酔っ払いはこうして勝負の場に乗ってきた。自分が負けるなどとはこれっぽっちも思っていない。
こうなると周りの客達も面白がって盛り上がり始める。酒場の中央が空けられ、壁にダーツ用の木の的が掛けられる。やいのやいのと声援が掛けられる。どちらが勝つかと賭も始まった。
「なら、俺からいこう。お前の相手ならばここからの投擲で十分だ」
そう言いながら道化師は的に向かって軽やかにナイフを投擲する。ナイフはひゅんひゅんと回転しながら的の中央に突き刺さった。
「なにぃ? やるじゃねぇか! だが、おれだって!」
酔っ払いは道化師の力を見くびっていた。本当に投擲がうまいとは思ってもいなかったのだ。だが、あんなやつにできるならば俺にだって出来るだろうと考えて挑戦する。放たれたナイフは弧を描いて的を外れ、壁に激突してからからと音を立てて転がった。
「ふっふっふ! 銀貨五枚いただきましょうか?」
道化師は丁寧に最高の敬意を払う礼をした。それは挑発。
「ええい、たまたまだ。こんちくしょう! もう一勝負!」
酔っ払いは銀貨五枚を払いながらリベンジを申し出る。道化師は仮面の下でほくそ笑んだ。
「よろしいでしょう。私は更に遠くから投擲して見せましょう。そらっ!」
道化師は先ほどよりも更に離れてナイフを投擲する。ナイフは的を外すことなく中央に突き刺さった。
「なんだって?」
酔っ払いは面食らった。
「あぁ、あなたは先ほどの場所からで結構にございますよ?」
道化師はあえて丁寧な口調で相手をコケにした。
「なめやがって! おらっ! ・・・・・・あぁっ」
いきり立った酔っ払いが先ほどと同じ場所からナイフを投擲するも、それは先ほどより的から逸れて壁へとぶつかった。もはや勝負にはなっていない。
「ふふふ。わたくしめの勝ちのようでございますな!」
道化師が勝ち誇った。彼はまだ十分の一の力も出していない事だろう。
「ちくしょうが!」
酔っ払いは悪態をついて銀貨五枚を払った。
「さて、もう一勝負してみましょうか?」
ピエロは笑う。仮面が笑う。その仮面の下でも笑う。
「ううっ・・・・・・俺はやめておくぜ」
流石に酔っ払いは相手の実力が相当なものであることに気がつき、勝負から降りた。このまま続けていてもカモられるだけだ。
道化師は少しだけ反省した。相手を挑発するのに意識を割き過ぎて、自分の実力を隠しておく事を忘れたからだ。普段の自分とは違うパフォーマンスは難しいなと感じていた。そう。これは彼が緊急時のために金を稼ぐべく行ったパフォーマンスなのだ。だから大胆不敵に構えて相手を挑発している。血の気のはやる冒険者ならば勝負に乗ってくるだろうと思っていたのだ。現実には彼らは彼我の実力差を測れるから冒険者として生き延びていられるのだが。
「さてさて、皆々様。腕に自信がおありの方はいらっしゃいませんか? 今宵はわたくしめがお相手いたしましょう。よもや、道化師にも劣る腰抜けぞろいの集まる酒場ではありますまい?」
ブレイブパフォーマンス。海千山千の猛者が集まる冒険者の酒場での腕自慢。こうなるとさすがに冒険者達も負けじと立ち上がった。名乗り出てくる強者達。道化師はそれを次々と迎え討っていく。
すべては道化師の男が仕組んだとおりの展開となった。彼は一度も勝負に負けることなく連戦連勝し続けていく。そうこうしている内に銀貨100枚を稼ぎ出した。しばらくは路銀にも困らず、路上芸で使う道具を買う金も貯まった。目的を果たしたようだった。
「ちっ、こいつはやるやつだ・・・・・・」
誰かがそう呟いた。道化師の実力は知られた。もう同じ手段では金稼ぎは出来ない。一回こっきりの金稼ぎの仕方なのだ。だから道化師は最後の手段として用いたのであるが。
「さてさて、今宵はわたくしめの勝利という事でよろしいですかな? それでは皆さまごきげんよう・・・・・・」
道化師もここが潮時と立ち去ろうとした。その時である。




