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救世主伝説・下

 ストラドはその日のうちに貧しき村を出立する。旅の疲れはあろうが、それ以上に弟子が一刻も早く善い行いをする事を選んだ結果だった。だからストラドは満足していた。それもこれも全ては良かれと思ってのこと。

 日も暮れた荒野をストラドは一人で歩いていた。歩けば夜のうちには隣の大きな町にたどり着くだろう。背丈の短い草しか生えない無の道。一度通った道だから迷う事も無い。しかし、帰り道は異変があった。


「はっはぁぁぁ! こんな所を一人で歩き回っている奴がいるぜぇ!」


 トサカのような髪型をした男が道を通せんぼした。ぞろぞろと他の仲間達も出てきたようだ。


「むむっ、賊か」


 ストラドは短く唸った。まさかこんなところで盗賊に遭遇するとは思ってもいなかったようである。しかし、ここは無法の荒野。誰も道行く者はいない。そこで何が起ころうとも証言する者もいない。それはすなわち神もいないことを指し示す。


「ではわかりきったことだがぁ、身包み置いていってもらおうか!」


 トサカ男はすらりと刃物を抜いてストラドを脅した。


「手にした杖はお渡ししよう。着ている物も望むならばお渡ししよう。私があなた方に渡せる物はこれが全てである」


 それはストラドの本心だった。他に何も持ってはいなかった。


「馬鹿が! んなわけあるかい! 金だ。旅をしているからには路銀くらいは持ち合わせているだろう。そいつも出しな!」


 トサカ男はおちょくられたと感じたようだ。少々苛立ちながら金品を要求していた。ストラドは困った。本当に金は持っていないのだ。それは彼が金を必要としないからだ。カルマを操り、金がなくとも生きていけるような運命干渉を行っていたからに他ならない。それは高等秘蹟の業だった。他人も、或いは当の本人すらも無自覚のうちに行われていた事。それは本来であればこのような盗賊などとは遭遇する事もなくなる業だった。しかし、その日はなぜかストラドは盗賊に掴まってしまったのだった。


「無い物は無い。この杖はお渡ししよう。着ている物もお渡ししよう」


 そういってストラドは服を脱ぎ、杖とともに盗賊へと渡した。


「なんだぁ? 本当に金目のものはねぇぞ? こいつはすでに全裸だし、どこにも隠しようはねぇよなぁ・・・・・・」


 トサカ男は預かった着物を調べるが、どこにも銅貨一枚入っていない。


「さぁ、これであなた方は納得しただろうか?」


 ストラドは両手を広げて敵意がない事を示した。


「この馬鹿やろうが! 俺達を徒労に終わらせやがって! かまわねぇ、このあほを叩き斬っちまえ!」


 トサカ男はいきりたって仲間に命じた。盗賊達は刃物をストラドへと差し向けた。


「これはなんとしたことだ・・・・・・」


 ストラドは己が不運を嘆き神へ祈った。その時である。そこを黒い鎧を着た魔剣を背負った男が通りかかったのである。


「なんだ、てめぇは? こいつはいい。てめぇも金目の物は置いて行きな!」


 トサカ頭の男は不幸にもセヴァンを獲物にしていた。


「・・・・・・・・・・・・あぁ?」


 セヴァンは無視して先を急ごうとする。


「なに無視してくれてんだ? お前ら、こいつをやっちまえ!」


 トサカ頭の男が指示をする。盗賊達はセヴァンを取り囲んだ。


「おい、全裸の男。これであんたは逃げられるだろう。さっさと行きな」


 セヴァンはストラドに向けてそう伝えた。彼はストラドが逃げられるように盗賊を挑発するように移動したようだ。


「いや。このままで結構。彼らには死相が出ている。間もなく死神が彼らを連れ去る事だろう」


 ストラドはあろうことか盗賊達に祈っている。


「・・・・・・・・・・・・」


 セヴァンはそれ以上何も言わなかった。


「なにをしてやがる! やれ、やっちまえ!」


 トサカ男の号令で盗賊達は抜剣してセヴァンへと襲い掛かった。セヴァンは徒手空拳であるが、その手甲、脚甲で盗賊達を殴り、あるいは蹴散らしていく。

 盗賊達のある者は拳で顎を砕かれ、ある者は蹴られて内臓破裂で死んでいく。


「こんなことがあるものか!」


 トサカ男は顔面蒼白になり、くたばった仲間の躯の中で立ちすくむ。


「あるだろうよ、今目の前でな」


 そう言うとセヴァンはチョップでトサカ男の脳天を叩きわった。全てが終わった。盗賊達はあっという間に死体に成り果てた。


「たすかった。礼を言う」


 ストラドは礼を言いながら着物を取り戻して着込んでいた。


「・・・・・・あんた、かなり高位の治癒魔法の使い手だな?」


 セヴァンは即座に相手の実力を見抜いた。ストラドが確実に己よりも位の高い治癒魔法の使い手だと感じとったのだ。


「上級神官の業であれば私にも出来る。その程度の事しかできないが、何かお困りですかな? 命の恩人であるそなたの頼みであれば、できることなら何でもいたそう。そなたには治癒魔法は必要なさそうであるが」

「なら、話は早い。鎮魂聖光爆力(レクイレムフォース)を頼みたい」


 レクイレムフォース。それは鎮魂の力。幽霊となった者を昇天させる力があると言う。かなり腕の立つ神官でなければ使う事は出来ない。


「さようか。心得た。して、その幽霊はどこにおるのだ? すぐに向かおう」


 ストラドは快諾した。彼は人の恩義には報いる男。迷いはなかった。


「この魔剣の力で囚われている。剣を抜けばたちどころに亡者が溢れる。その中の俺の妻子を助けてもらいたい。俺の愚かさで死なせてしまった家族を」


 セヴァンは背中の魔剣に手をかざした。


「むむっ、なんと言う強大な魔力を持った魔剣だ。寒気すら感じるほどに瘴気を感じる」


 ストラドは驚いた。セヴァンの魔剣から放たれる不吉さに圧倒されたのだ。


「準備はいいか? ここなら人もいねぇ。魔剣を開放しても誰にも迷惑はかからねぇだろうからな」

「むぅ。少々想定外だが、よかろう。出来うる事をやろう」


 ストラドは頷き杖を手にした。その様子を見たセヴァンはゆっくりとヴォルテクスブレイドを鞘から抜き放つ。

 途端に異変が起こった。暴風が吹き始め、空が渦巻き分厚い雲が巻き起こる。そして雨が降り始める。異変はそれだけではない。魔剣から放たれる怨霊、亡霊、悪霊達。おびただしい霊魂があたりへと放たれる。霊魂が舞い降りた地面から、ぼこりぼこりと出てきた数々の手。スケルトンやゾンビが大地から現われ、大気を渦巻く怨霊達はゴーストやレイス、スペクターとなって実体化する。

 現われた魔物達は即座に近くの生者へと襲い掛かった。セヴァンは道を切り拓くべく、不死者達を魔剣で切り裂いていく。魔剣は霊体であっても容赦なく真っ二つにした。圧倒的な数の亡霊を圧倒的な暴力の化身が吹き飛ばしていく。

 そんな中、二つの霊魂が空を彷徨い実体化した。腹部を、或いは肩から剣で切り裂かれたような傷を持つ女と娘。それはセヴァンが持っているロケットペンダントの絵にある姿を同じ姿をした二人。その二人が黒く穿たれた両目から血の涙を流して叫び声を上げている。嘆きの亡霊。


「あそこだ! あそこにいる女と娘を天に送り届けてやってくれ。これ以上苦しまぬように!」


 暴風の中でセヴァンは叫んだ。心から、魂からの願いを口にする。それは彼がずっと望んでいた事だった。


「迷える霊達よ。天の国はそなた達を待っておる。心安らかに逝くがよい。レクイレムフォース!」


 ストラドが両手で円環を描き、見事な光輪を生み出した。そしてそれをセヴァンの妻と娘へと投げかける。光輪が亡霊を囲み、天へと上るような光の柱となった。浄化の光。それは全ての魂を救済する力。ストラドは世界でも五指に入るのではないかと言うほどの力を持ってセヴァンの願いに応えた。


「やったか!」


 セヴァンは家族が救われるのを確信した。それほどまでにストラドは見事な力だったのである。夜の空が昼間かと思うほどの光量で放たれた鎮魂の閃光。

 その刹那、セヴァンの持っていた暗黒の魔剣が黒き咆哮を上げた。放たれた悪しき輝きがストラドの光をかき消した。


「なんだと・・・・・・私の力を吹き飛ばされた!」


 ストラドが思わずセヴァンから後退した。恐るべき邪悪な思念を感じ取ったのだ。


「セヴァァァァァン!」


 辺りに響く怨念こもる何者かの声。それはセヴァンの持つ魔剣から響いてきた声だった。黒い霊体が魔剣から放たれ、旋回しながら地面へと舞い降りた。そして土の中からアンデッドナイトが姿を現した。


「ガーラッド!」


 セヴァンは凄まじい殺気と敵意と憎悪を放った。その剣幕にガーラッドと呼ばれたアンデッドナイトはカタカタと口の骨を揺らして笑った。


「無様だなぁセヴァン! お前の妻子を魔剣で殺しておいたのは正解だった。おかげでお前は今のざまだ」


 アンデッドナイトは肉のない口で笑い続ける。


「きさまが、きさまが全てをぶち壊した!」


 セヴァンはヴォルテクスブレイドの切っ先をアンデッドナイトへと向けた。


「おおまぬけめ! 魔剣の真の主にもなれないままに力を解放したな! お前にはその魔剣は使いこなせん! ヴォルテクスブレイドを渡せぇ!」


 アンデッドナイトが朽ちた剣を振りかざす。そしてつむじ風のような凄まじい剣筋で襲い掛かる。

 セヴァンはその剣を見切り、魔剣での反撃を行う。それは竜巻のような猛攻。強烈な剣の応酬は、セヴァンの魔剣がアンデッドナイトの剣をへし折り砕き勝敗が決した。


「ヌゥン!」


 セヴァンの憤怒の一撃。ヴォルテクスブレイドがアンデッドナイトの頭蓋骨を叩き割り砕く。


「がはっ! くっ・・・・・・かかか! その魔剣で殺された者は死ぬに死ねん。俺は必ずまた蘇る。セヴァン。魔剣を拒絶するお前はすでに詰んでいるんだよぉ! 亡霊を支配できていないのがその証拠! またいずれ会おうぞ・・・・・・」


 アンデッドナイトは悔しそうに笑いながら朽ち果てて行った。

 それでも尚も魔剣から放たれる憎悪の霊魂達。次から次へと不死者の魔物達が姿を現して襲い掛かってくる。ヴァンは魔剣の黒きオーラを撒き散らしながら斬り捨てる。


「なんという凄まじい怒りと憎しみと殺意の渦なのだ! 亡霊達もきりがない! もはやこれまでか!」


 ストラドの観念の声。彼はあまりの事態に恐れをなしていた。普通に生きていて、これほどまでにアンデッドに遭遇する事はまずない。

 セヴァンはゆっくりと魔剣を背中の鞘へと戻す。剣が鞘に収まるにつれて、あまたの亡霊達が魔剣へと吸い込まれて消えていく。

 セヴァンの妻子も渦を描きながら魔剣へと吸い込まれてゆく。


「カイネ、アリッサ! 許してくれ! 今の俺ではお前達は助けられない!」


 セヴァンの慟哭が魔剣を中心とした巨大な大渦の音にかき消された。

雨は止み雲が晴れ、全ては何事もなかったかのように、辺りは静けさを取り戻した。

 ストラドは止めていた息を吐き出した。緊張のあまり息を止めていたようだ。


「すまぬ。すまぬ。私ではその魔剣の力は超えられぬ」


 聖者が謝罪をした。彼は己の力不足を嘆いた。魔剣の魔力には遥かに及ばなかったのだ。


「あれほどの力があってもだめか・・・・・・」


 セヴァンは落胆していた。後一歩で念願叶うと思ったが、それは夢幻だったのだ。


「そなたの魔剣への憎しみが亡霊達の糧となり、そなたの妻子が地獄の輪から抜け出そうとするのを阻害した黄泉の波動となったのだ。魔剣を愛持ちて振るうならば、亡霊達は力を失うことだろう」

「愛だとぉ? んなことできるかよ!」


 セヴァンはストラドの発言を理解できなかった。


「その魔剣の力を人の為に使うのだ。さすれば亡霊達は殺意の連環から解き放たれ、そなたの妻子も天に召されようぞ」

「鞘から抜けば亡霊達が生者を殺そうと押し寄せてくる。こんなくそったれな魔剣をどうすれば人の役に立たせられるって言うんだ! あんたには期待外れだった。この話は終わりだ。さらば」


 セヴァンはマントをひるがえすと、苛立ちながらその場を立ち去って行った。その背をストラドは見送る。


「弟子が善い行いをしようと言うのを優先した結果、私はそなたと出逢った。これは善き運命。私には見えるぞ。そなたの愛が勝り、憎しみに打ち勝つ光景が」


 ストラドは指で聖印の形を描き、天へと祈りを捧げた。黒き聖戦士の行く手に光があらんことを。奇蹟の聖者はそう願うのだった。

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