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救世主伝説・上

 あるところに一人の男がいた。彼の名をストラドと言う。ストラドは強大な治癒魔法の使い手だった。彼に治せぬ傷は無く、癒せぬ病は無い。腕の立つ治癒魔法の使い手の噂くらいなら物珍しくも無いものであるが、彼にはもう一つの噂があった。それは無償で奉仕してくれるというのだ。普通、どんな治癒魔法の使い手の神官でも、傷や病を治せばそれ相応の御布施を求める。しかし、ストラドは癒しの奇蹟を無償で施すのだ。彼の噂は瞬く間に広がった。いわく、伝説の救済者である聖シュトラウスの再来であると。

 ストラドは貧しい村で一軒の家を訪れていた。彼は寝たきりの老人の背に手を当てる。そうするとたちどころに温かい光を放ち、老人の病を癒してしまった。


「おお、腰の痛みが引いていく。あれほど辛かった腰痛が嘘のようだ・・・・・・ありがとうごぜぇますだ」


 老人は涙を流してストラドに感謝した。


「あなたの病はこれで癒えた。だが、無理をなさらぬ事だ。これからは渇根を煎じた湯を服用すると良い。あれは血行を良くして体を温めてくれるだろう」


 ストラドは老人に語った。そうすると老人の孫が反応した。


「しかし、先生。渇根は高くて買えませぬ。特に貧しいこの村では薬もろくにおいていないでしょう。どうして祖父が煎薬を服する事ができましょう」


 孫の言う事ももっともだった。そこはあまりにも貧困がひどい村だったので、怪我や病は放置するしか他無かったのである。


「渇根は岩肌険しい山の上にある。この村の近くに見える連峰にも間違いなく渇根はあるだろう。必要なだけそれを服用し、余った物は街まで売りにいきなさい。それであなたがたの生活の足しになるであろう」


 ストラドはよどみなく孫の疑問に答えた。


「ありがとうございます、先生。祖父の事だけでなく、生活の心配までしていただいて。これで我が家は潤う事になりましょう」


 孫はストラドに深々と礼をした。


「その話は広く村の者に広めなさい。あなた方だけが栄えては他の者に妬まれる。それはいずれ災いを呼ぶことだろう。それよりも隣人達とともに栄え、徒党を組んで渇根を採取し、この村の名産にまで昇華してしまいなさい。商人達は個人ではなく組織立って売りにくる者には買い叩くまねはしない。それどころか安定供給される物には高い値段をつけて流通させたがるものだ」


 ストラドは孫へと様々な事を教えた。ストラドは頭が良く、とても気が利き、人への配慮が出来る男だった。ゆえに人々は彼を先生と呼び讃えた。怪我や病の治療を無料で施すだけで築き上げた名声ではなかった。


「先生。今日は感謝の証の為、どうか我が家にお泊まりください」


 孫はひれ伏しストラドに頭を下げた。


「その件ならば心配無用。すでに先約がある。今日はこれからその家に向かおうとしていたのだ。それでは私は失礼する」


 ストラドは立ち上がった。彼の立ち姿に老人は涙を流しながら手を合わせ、孫は頭を下げ続けた。

 ストラドの歩く先にはいつも人だかりができる。彼の姿を一目見ようと人が集まるのだ。それほどまでに彼の名声は高かった。ぼろぼろの藁葺きの屋根の家々が連なる通りをストラドが歩く。そんな彼の姿を見た人々は皆一様に彼に手を合わせる。まるで神を見たかのように。

 ストラドは村はずれの家へと向かった。そこはストラドの弟子がいる家だった。すでに家の前には弟子が出ていた。


「先生! ようこそ遥々いらっしゃいました! まさかこんな何も無い村においで下さるとは光栄でございます!」

「お前が呼んだからこそ私は来たのだ」


 そう言うとストラドと弟子は肩を抱き、御互いの背を叩き合った。


「先生に置かれましてはご健勝のようでなによりでございます。ささ、狭いところではございますがお上がりください」


 ストラドは弟子の招きで家へと上がった。その家の中は貧しい村の中にあっては異質で、煌びやかな丁度品や装飾品にあふれていた。ストラドはそれを目に留める。


「弟子よ。これはなんとしたことだ。お前の家はこれほどまでに贅をこらしてあるのか」


 ストラドは弟子を咎めた。


「これも全ては先生に教わった治癒魔法の力によるもの。救いの御業を施した方から善意でいただいた物なのです!」


 弟子は師の心も知らずに自慢げに己の成果を語った。


「それでお前はこれら金品を受け取ったというのか。なんとしたことだ。人の善意ほど重いものは無い。お前は自らの行いの報いを受けた。その重みでお前は今まさに沈もうとしている」


 ストラドは嘆いた。だが、彼の言動が如何なる意味を持つのかは弟子にはわからなかった。


「何か問題がありましょうか? 彼らはよしと言い、良かれと思って行いました。私は彼らが善意から差し出してくれているのを確認し、これを良しとし受け取りました。そこにどのような問題がありましょうか?」


 弟子はまったく師の考えがわからなかった。


「善い行いほど人知れず行われなければならないものは無い。善き行いの報いは現世などで受けるものではなく、天の国で報いられなければ、それは虚しいものに終わるだろう。お前はいずれ現世を去るのだから」


 そう言うとストラドは心から弟子を嘆いた。


「それは聖シュトラウスの諫言でしょうか?」


 弟子はウームと唸る。


「さよう。聖シュトラウスはおっしゃった。天の国でこそ栄えあれと。彼のいう事はいちいちもっともである。そこに学ばねばお前に如何なる救済があろうや」


 ストラドの言葉に弟子は考える。


「聖シュトラウスは自らを救済者ではないと言っていました。真の救世主であるかの者にくらべれば、私は取るに足らない葦に過ぎないと。真なる救世主がいるのならばそのお方の言葉を聞かなければわからないのでは無いでしょうか?」

「弟子よ。私は聖シュトラウスが救世主と呼んだ存在の詳細については知らぬ。しかし、聖シュトラウスが大勢の者を救った事は確かである事は知っている。だがお前はまったく知らぬ存在の方に救いを求めるのか?」

「おお、先生。私が間違っておりました! まこと人を救った話が残っているのは聖シュトラウスのみ。私は彼が言っていた真の救世主については存じませぬ。なぜに私がその存在から学べる事がありましょうや」


 弟子は自らの発言を恥じた。


「聖シュトラウスは自らを低くするような発言をなさる。たかぶる者は低くされるから気をつけなさいとおっしゃられている。その事に学ぶならば、聖シュトラウスは自らを誰かよりも低きに置いて話をなさっておいでなのかもしれない」

「おお、先生。私の不勉強でございました。まこと、まこと確かにそのように言っていたと後世に伝わっておりまする。なぜに自分はそこに思い至らなかったのか。先生。先生のおかげで自分の目は覚めました。贅を尽くした品々は、村の人々に分け与えましょう!」


 弟子は大いに感嘆して反省した。しかし、それを聞いたストラドは唸った。


「ううむ。それはいかん。村の者全てに与えられるならいざ知らず、それはできまい。だが、それでも人々に分け与えたならば、あの者には与えたのになぜに自分には与えられなかったのかと不満を持つ者が現われよう。そうなっては禍根を残す」


 ストラドは即座に人々がどう思うのかを弟子に語って聞かせた。弟子は師の話を聞いて大いに納得した。


「それはそうでございます! 自分はまったく思い至りませんでした! では先生。一体どうするのがよろしいでしょうか?」

「品々は売って金とし、この村の共同基金として用いなさい。使い方は共同体で話し合って行われるのだ。用途はその場その場の参加者達が決めるのだ。お前は村の為に出資したに過ぎない。こうする事でどこにも角は立たず、お前は必要な徳を積み、村は潤う事になる。今すぐそうしなさい」


 ストラドの言葉に弟子は頷き、金品を集めては外への馬車へと詰め込んだ。


「先生。自分がこれらを街まで売りさばきに行ったら、誰があなた様をもてなしましょうか?」

「弟子よ。お前が善い行いをしようと言うのに、私がお前を邪魔するわけにはいかない。今日はこのまま出立する。私のことは気にかけるな。では、さらばだ」


 ストラドはそう言うと立ち上がり、家を出て行った。そうして弟子も言われたとおりにぜいたく品を持って隣町まで売りに行くのであった。


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