手折られし最強の剣・上
ある時一人の男が配下の暗殺者を呼び寄せた。男は麻薬王と呼ばれる大柄で傲岸不遜な男。召喚に応じたのは黒いフードを被った男。人相は悪く、何人もの人を殺していそうな顔つきをしていた。そんな男を呼び寄せた麻薬王もまた、若かりし頃はその腕力で道を切り拓いた男だけあって荘厳な雰囲気を持っていた。麻薬王は赤いぶどう酒で満たされた杯を手にしている。
「ゴバディ様、お呼びでしょうか」
そう言って暗殺者はひざまずいた。彼にとって麻薬王は唯一無二の主君である。
「ザックォ。お前に頼みがある」
ゴバディと呼ばれた麻薬王はそう言って一枚の似顔絵を出す。・・・・・・その絵の中に黒いインキによって丸で囲まれたセヴァンの姿があった。
「この男を始末すればよろしいので?」
暗殺者ザックォは即座に返答した。彼の仕事は暗殺業。それ以外でゴバディからザックォに声が掛かる事は無い。それは自明の理。わかりきっていたことであった。
「そうだがまぁ待て。俺は奴の命には微塵も興味は無い。あるのは奴が背負っている魔剣だ」
そういうとゴバディはもう一枚の絵を取り出した。そこにはセヴァンの後姿が映っている。禍々しいオーラを放つ魔剣と、それを収める神気溢れるような雰囲気の見事な鞘。それは絵越しでもわかる凄まじさを見せるアーティファクト。
「ふむ。これはまた一癖ありそうないちもつですな」
暗殺者の目にも一目でわかる威容な気配を漂わせているのだ。
「お前にはこいつを奪ってもらいたい。その名はヴォルテクスブレイド。ラストヴィン王国に伝わる究極の魔剣だ。こいつで斬り殺した者は亡霊として使役できるという。ラストヴィン王国の生き残りの証言では、かの国はヴォルテクスブレイドを手にした者の手で滅ぼされたという。あの武勇秀でた聖戦士団で有名なラストヴィン王国が滅ぼされたというのだ。ならばこの剣は正真正銘の本物だろう。実に素晴らしい。俺はこの大陸の覇者を目指す。そのためにもこの魔剣が必要なのだ」
ゴバディはセヴァンが背負う魔剣を物ほしそうな目で見た。
「はっはっは! ご冗談を! ゴバディ様であれば、かような魔剣など無くとも大陸を制されるに違いありますまい」
ザックォは笑った。ゴバディがただの酔狂で魔剣を欲していると思ったのだ。だが、事情は異なるようだ。
「おだててくれるではないか、ザックォよ。しかし、国を滅ぼすならばそれ相応の力が必要なのだ。今の持ち主は元ラストヴィン王国第十三聖戦士団の団長であるセヴァンと言う男だ。凄腕の剣の腕前と豪腕で知られている。だが、どういうわけかセヴァンは魔剣を抜かぬという。そんな奴に持たせたまま宝の持ちぐされをさせるには惜しい逸品。俺はどうあってもヴォルテクスブレイドが欲しいのだ。わかるな、ザックォ?」
ゴバディはシガレットケースから葉巻を取り出すと、先端に火をつけて煙をぷはぁと吐いた。
「主の意向、心得ました。しかし、げせませぬ。なにもわたくしが赴かずとも、手下の十人にでも襲わせて奪えばよろしいのに」
ザックォは納得できぬと主に尋ね返す。彼の任務は主に暗殺。一国の主や貴族、大富豪を対象にして確実に成果を上げてきた男。ただ物盗りを望む程度の相手に出向くというのは、彼のプライドが許さなかったらしい。
「十人か。それでは話になるまいて。手下二十人に襲わせて皆殺しにされたのだからな」
ゴバディはくるりとザックォに背を向けた。そのため、ザックォからは主の表情は読み取れない。
「ふぅむ。それほどまでの手だれというわけですな」
ここでザックォの目の色が変わった。どうやらつまらぬ相手と言うわけではないようだったからである。
「そうだ。そこで俺の配下最強の男を差し向ける事にした。すなわちお前だ。お前に命を狙われて生き延びた者はいない」
ゴバディはザックォに絶対なる信頼を置いていた。今までゴバディが殺せと言った者を、この暗殺者が逃した事は無いのだ。
「承知いたしました。一度放たれた短剣は、必ずや相手の喉下に突き刺さっている事でしょう」
ザックォは恭しくひざまずいたまま、頭を垂れた。
「頼んだぞ、アサシン・ザックォよ」
麻薬王は背を向けたまま命を下す。ザックォはその背に勝利を誓い、その場を後にした。
麻薬王ゴバディから密名を受けたのが一時間ほど前の出来事だった。ザックォはアジトの酒場にいた。そこで情報収集を行うのだ。セヴァンの居場所がわからねば話にならないからだ。幸いにして手下二十人が殺された事件は組織内では有名な話であり、事情に通じた者はすぐにみつかったのだ。
麻薬王の息がかかった酒場にザックォは訪れていた。この酒場は娼婦も多い。そんな酒と女目当てのならず者どもが集まる悪の巣窟。
そこでザックォは傷だらけの顔の男と会話している。男は情報屋をやっているらしい。組織にまつわる情報も彼が一手に受け持っているという。
「ザックォの旦那。話は聞きやしたぜ。なんでもあの黒き聖戦士のセヴァンを狙うって話じゃないですか!」
情報屋は興奮した様子で語りだした。流石にこの何でも屋のごとき情報通の手に掛かれば、ザックォの正体もすぐにわかるようだ。そのことにザックォは良い顔はしなかった。暗殺者は顔や名が売れるようでは半人前だからだ。
「そうだ。ゴバディ様の命令により、俺が奴をやる事になった」
「そうですかい! ではついにやつも年貢の納め時のようですな。生ける伝説の暗殺者に命を狙われるとあらば、生き残るすべもないでしょうからな。ささっ、こちらの酒をどうぞ。これは信頼のあかしでございやす」
情報屋はそう言うとザックォに酒を差し出した。
「いや、結構」
ザックォは差し出された酒には口をつけずにそう答えた。
「さいですか。それで俺にご用とは?」
流石に情報屋は自分を弁えている。己に用があるとは知りたい事があるという事なのだから。
「セヴァンの居場所を知りたい」
ザックォは短く答えた。
「奴の居場所ですかい。それならば三軒茶屋の向かいの宿に泊まっていやすぜ。旦那ぁ。なんなら御手伝いしましょうかい? 手下を何人か奴に張り付かせましょう」
情報屋がザックォに申し出た。それは手柄を独り占めされたくないという情報屋の計算も含まれていた。
「いや、不要。下手に相手に気取られても困る。腕の立つ奴が相手ならばなおさらだ。仕事は一人で遂行する」
ザックォは情報屋に断りを入れた。ザックォは主以外の誰にも心を開いていない。この裏社会では心を許せばつけ入れられる。だから暗殺者は孤高の存在であるのだ。その上で仕事をしくじった事も無い。必ず任務は遂行する。それが彼の唯一の功績。
「そうですかい。それは残念だ。まぁ、それでも旦那は仕事を成功させるでしょうがね。ですが、ひとつ気にかかることが。依然奴を襲った時は不意打ちで仕掛けたらしいんですがね。それがどういうわけか相手には見透かされていたらしいんですよ。物見をやっていた奴の証言ですがね。それで相手の化け物は、なんと斬りかかる剣を引っ掴んで奪って、その剣であっという間に二十人を切り伏せたらしいんですよ。近づいたら勝ち目はありませんぜ」
情報屋は早口でそうまくし立てた。興奮するとしゃべるのが早くなるやつのようだった。
「・・・・・・気になる点は二つあったではないか。一つは不意打ちが通じぬところ。これは二十人で取り囲めば、勘のいい奴には気が付かれるだけの話。味方にドジな野郎がいたのだろう。二つ目は斬りかかる剣をも掴むという事は、話に聞いていた以上の豪腕ぶり。近接戦では勝ち目は無いのは確かなようだ」
ザックォは相手の話は半分に聞いておいた。だが、参考にはなる。彼の戦闘スタイルはそれらの問題をクリアした上で十分に機能するので問題は無かった。
「へっへっへ。お役に立てたなら何よりなんですがね。あぁ、無事仕事を成し遂げた時には、ゴバディ様にぜひともよろしく言っていただければ・・・・・・」
情報屋の本音が漏れる。すべては上役に取り入る為の手段。だが、それが普通だった。
「あぁ、わかったわかった」
ザックォはおざなりに返事をした。実際に成果を上げようが、この情報屋の事など忘れている事だろう。それもまた、ここでは普通だった。
結局、ザックォは店で出された飲み物には口をつけなかった。それはもちろん毒を盛られるのを恐れての事。彼を妬む者が、どこで何をするのかはわかったものではないのだ。そんなことに注意しなければいけないほどに、この組織ではそんな事も当たり前にまかり通る。
ザックォはアジトの酒場を出た。必要な情報は得た。後は備えて、やるだけの事である。




